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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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彼女の茨の道

「よ!退院おめでとう!」


後日、神加は退院していた。そして退院して病院から出てきたところで待っていたのは自家用車で迎えに来ている康太だった。


明らかに適当に選んだと思われるポロシャツにジーパンという、いかにも普通な服装に、神加は目を細めてしまう。


康太の外見は昔からほとんど変わっていない。これで二十代後半に差し掛かろうとしているのだから驚きである。


加害者と被害者がこの場にいる状態で、神加は先日の文との会話を思い出し、どんな表情をすればいいのかわからなかった。


「なんでいるの?」


「退院の手続きとかをしに来たんだよ。ちょうど暇だったからな。ほれ乗った乗った」


康太が助手席を開けるのを見て、神加は嫌そうな顔をする。だが文にもしっかりと言われたのだ。ここはしっかりしなければならない。


いつまでもつまらない意地を張っている場合ではないと判断し、神加は康太の車の助手席に乗り込んだ。


ゆっくりと走り出す車の振動を体で感じながら、神加は一瞬だけ運転している康太を横目で見てすぐに顔を背ける。


「それじゃ行くぞ。店に帰ればいいか?それともどっか寄ってくか?」


「・・・このまま帰る。帰ってシャワーとか浴びたい。そういえばウィルは?」


「あぁ、大丈夫。お前を気絶させた後俺が回収した。ついでに装備とかもな。店に全部置いてあるぞ」


「・・・あっそ」


「師匠は笑ってたぞ。やばい相手だと思ってたのが、実は俺らが相手だったって聞いて。晴や明は苦笑いしてたけど」


「・・・ふぅん」


ついそっけない態度をとってしまう。本当だったら、もっと別の対応をしたいのに、康太を前にするとどうしても感情がコントロールできない。


今は顔が赤くなっているのをばれないように、窓の外に顔を向けて話をしている状態だった。


「とりあえず報告だけしておくぞ。大まか、後始末は終わった。いろいろと面倒をかけて悪かったな」


「・・・大丈夫だったの?相手は本部だったんでしょ?」


「本部だったけど、まぁ別に気にするようなことじゃない。でかい借りができたと思えばいいだけだって。お前が気にすることじゃない」


まるでお前はまだ子供だから気にするなと言われているようだった。実際その通りなのだろう。

だが神加はその子ども扱いをされたくないのだ。


といっても、康太には伝わっていないだろうが。


「むしろあれだ、うちの損害として一番でかいのは倉敷のやつが鼻を骨折したことだな。あいつが負傷するとかいつぶりだって感じだった。うちの連中がだいぶびっくりしてたぞ」


「倉敷さんは強かったよ。本気を出さなきゃ危なかったし・・・あの人最後まで本気出してくれなかった」


「あー・・・そこは仕方がないだろうな。依頼の性質と、相手がほかでもない、お前だったんだ。こればっかりはあいつも運が悪いとあきらめるしかないな」


今回の依頼が防衛ではなく攻略であれば、また少し話は違っていたのだろう。今回の相手が神加ではなく別の誰かであれば結果は変わっていただろう。


だが、今回の状況は防衛で、相手は神加だった。倉敷にとって悪条件がいくつも積み重なっていた。

そんな状態で勝っても、神加はうれしくはなかった。


「でも誇っていいぞ。あいつは切札を使ったって言ってた。それで勝ったんだ。あいつに切札を使わせられる奴なんてなかなかいない」


「・・・あの水が硬くなったやつ?」


「あぁ。あれは昔倉敷が報酬でもらった術式でな。ぶっちゃけやばい部類だ。俺はあいつがあれを実戦で使ったところはほとんど見たことがない」


「へぇ・・・そうなんだ」


それだけの切札を使わせたという事実。確かに少しうれしいが、それでもやはり手を抜かれていたことに変わりはない。


神加からすれば非常に複雑な気分だった。目の前に手加減したままで自分を倒した相手もいるのだ。素直に喜べるはずもない。


「お前と詩織にとってはいい経験になっただろ?圧倒的強者と相対した時の戦闘について。といってもほとんど身内戦みたいなものだったから、経験としては微妙かもしれないけどな」


「・・・結局、手も足も出なかったじゃん」


「でも、勝とうとした。そうだろ?」


「・・・」


「勝とうとすることが大事なんだ。強い相手から逃げようとすることも大事だけど、あの場でお前らはまだ勝とうとしてた。そういう気迫はなかなか持てるもんじゃない。随分と立派に成長したもんだな」


康太は運転しながら、本当にうれしそうに笑う。その顔を横目で見て、神加は再び顔を赤くしていた。


康太の近くに居ればいるほど、強く再認識してしまうのだ。自分が、康太のことを好きなのだということを。


そうして、話をしているうちに、神加と康太を乗せた車は小百合の店に到着する。


神加はゆっくりと助手席から降りると、康太の乗っている車の方を見る。


「それじゃあな。車置いたら俺も師匠に挨拶しに行くから」


店の近くに駐車場はないため、適当なコインパーキングにでも止めに行くのだろう。だが神加はこのまま康太を行かせてしまったら、何も変わらないと確信していた。


文にあれほど背中を押してもらったのに、何も変わらないのではあまりにも不甲斐ない。神加は大きく深呼吸して、覚悟を決めると、助手席の開いた窓から手を突っ込んで、康太の胸ぐらをつかむ。


康太の顔と神加の顔の距離が限りなくゼロに近づく。神加の目はまっすぐに康太の目を映していた。


「兄貴!」


「え?なに!?」


「・・・か・・・覚悟してよね・・・」


真っ赤な顔でそういってから、神加は康太の胸ぐらから手を離すと足早に店の中に入っていってしまった。


「・・・え?・・・え・・・!?なにが・・・!?」


完全に状況を理解できない康太は目を白黒させていた。当然神加の言葉の意味も理解できていない。


だが神加は、ある種晴れ晴れとした気持ちで歩いていた。


ここから始まるのだと。ここから始めていけばよいのだと、生き生きとした顔で店の中に戻っていく。


天野神加。彼女の途方もない、茨の道とも思える恋路はまだ始まったばかりである。


これにて番外編その1、神加編を終了します。


明日から、超短いですがもう一話、番外編を書かせていただきます。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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