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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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文は堂々と

「子ども扱いされるのは嫌って顔ね」


「え?」


「康太に何か言われたのね?同じようなことを言われたってところかしら?」


まるで見てきたかのような文の言葉に、神加はわずかに顔を赤くしてしまう。子供じみた我儘、いや、実際子供のわがままのようなものだ。


子供であるがゆえに、子供に見られたくはない。そんなことを考え、そして、康太に言い放っていたのだから。


図星を突かれ、自分の考えを完璧に読まれ、神加は返す言葉がなかった。


「・・・そっか・・・そうだよね。神加ちゃんは康太のことが大好きだったもんね」


文の言葉を聞いて、神加は目を見開いてしまう。


そして、つい口に出してしまった。


「だった・・・じゃないです」


そして、その言葉を口にした瞬間に後悔の念が襲い掛かっていた。


いうつもりはなかった、言わないと決めていた言葉が、不意に出てしまったことから、神加は強く動揺していた。


過去形などではなく、今もなお、康太のことが好きなのだと。


兄としてではなく、一人の男性として、好きなのだと。


そのようなことを、この人物の目の前で言うつもりはなかった。他でもない。好きになった、その人物の妻である人の前で。


「・・・そっか。神加ちゃんは、康太が好きなのね」


「・・・」


返事を返すことはできなかった。今更、どう言い訳をしたところで意味はない。文はそこまで馬鹿でも、鈍くもないのだ。


「ずっと悩んでたのね?ごめんね、気づけなくて」


「・・・お姉ちゃんは悪くないです・・・あたしが・・・」


文は悪くはない。だが神加も悪くはないのだ。


だがすでに、康太は文を選んだ。そして、文はもうすでに康太の子を孕んでいる。


その子供も、あと一カ月もすれば生まれるというところまで来ている。


今更、今更こんなことを言ってもどうしようもない。本当に、もう今更なのだ。


「神加ちゃんは、康太をあきらめるの?」


「・・・は・・・?」


「神加ちゃんは、康太をあきらめられるの?」


その言葉は、神加にとっては挑発のように受け取れた。いや、挑発にすらならない、もはやいやがらせのような言葉にも聞こえた。


自分の大好きな姉が言うような言葉ではないとさえ思ってしまった。


「どうしろっていうの・・・!兄貴はもうお姉ちゃんを選んで、お姉ちゃんはもう兄貴の子を身ごもって・・・!それであたしに、何ができるっていうの!?もう・・・もう、全部終わってるじゃん・・・もう、あたしが入る余地なんて・・・ないじゃん・・・」


つい声を大きくしてしまったことに気付き、すぐに声を小さくしたが、それでも神加は自分が動揺しているということに気付いていた。


そして、いつの間にかその目からは涙が流れてしまっている。


どうしようもない、もはやどうすることもできない。


それを理解しているからこそ、神加は、こうしてどうにもならない気持ちを、ため込むことしかできずにいるのだ。


「どうして神加ちゃんが入る余地がないの?」


「・・・へ?」


文が神加の頬に手を当て、流れてしまっている涙をふく。そして優しく微笑む。


「どうして神加ちゃんは、私がいるとダメなの?私と、この子がいるとどうしようもないの?」


「・・・だってそんなの・・・普通じゃないですか・・・結婚したら、普通その人は、ずっと、その人だけを・・・」


「そうね。日本ではそうね。他の国でも、たいていが一夫一妻制だし。でも神加ちゃん、忘れたの?私たちは魔術師なのよ?法に縛られない。魔術師なのよ?」


法に縛られない。それは、魔術師を縛る法そのものがないからこそだ。そして、それは普段の生活にも当てはまる。


「一般人の人を洗脳して結婚した人だっているのよ?何も一人の男に対して、二人の妻がいたって、別にいいんじゃないの?表では、ちょっとややこしくなるかもしれないけど」


「・・・兄貴を・・・譲ってくれるっていうんですか?」


「いやよ?私は、絶対に康太を譲らない。絶対に譲ってあげない」


文の矛盾した言葉に、神加は少しむっとなってしまうが、その言葉を言った文の顔が、とても優しそうで、とてもうれしそうで。神加はその顔を見て、毒気を抜かれてしまっていた。


「いい?神加ちゃんが自分を磨いて、康太にアプローチをするのは自由なの。それで康太が神加ちゃんになびくことだってあり得るじゃない?」


「・・・それは・・・」


ありえなくはないだろう。少なくとも、絶対にないとは言い切れない。


「でも、私はそれを許さない。私は私を磨いて、ずっと康太に私を見てもらうよう努力する。そして神加ちゃんは、康太を振り向かせようと努力する。いわば、そうね・・・私たちはライバルなのよ。一人の男を奪い合う、恋のライバル」


恋。すでに終わってしまっているかのように見える、すでにゴールラインを超えてしまっているかのように見える状況から、さらに何かが起きるのであるという、そんなライバル宣言。


それは圧倒的優位な立場にいるものからの宣戦布告だった。だがそれでも、文は真面目にその言葉を言っているように見えた。


少なくとも、挑発や嘲笑のためにそのような言葉を言っているようには、神加には見えなかった。


「もう、お姉ちゃんは兄貴と結婚してるのに?」


「そうよ」


「もう、お姉ちゃんには兄貴の子がいるのに?」


「そうよ」


「まだ、あたしは、兄貴が好きでいいの?」


「そうよ」


迷わず、まったく揺れずに、文はそう言い切った。


もう結婚しているというのに、もうすでに子をなしているというのに、それでもまだ、文は神加を恋のライバルだといった。


そのことが、神加にとってはどうしようもなく動揺を誘った。


もうあきらめていたことが、もうあきらめようと努力していたことが、まだ何とかなるのではないか。そんな風に想えてしまったのだ。


「でも、兄貴は・・・あたしを子供としか見てくれてない・・・まだ、あたしは大人じゃないから・・・あたしが・・・魅力がないから・・・」


「・・・神加ちゃん、私と神加ちゃんの女としての違いって何だと思う?」


「・・・胸の大きさ?」


「それもあるわね。他には?」


「・・・年齢」


「そう、他には?」


「・・・かっこよさ」


「かっこいいかは・・・ちょっとあれだけど・・・他には?」


文は格好いいといわれて少し複雑なのか、苦笑しながら頬を書いている。


神加は思い浮かぶことを頭に思い浮かべるが、女としての違いがいくつもあるようには思えなかった。


「ね?神加ちゃんと私の違いはたったそれだけなのよ。はっきり言って、ないようなものなの」


「でも、年齢は・・・」


「そうね。確かに神加ちゃんはまだ子供だけど、そんなのは些細な問題よ。言ったでしょ?私たちは魔術師なのよ?仮に、康太と出会う順番が逆だったなら・・・康太は神加ちゃんを好きになっていたかもしれない」


「そんなの・・・」


そんなことはありえない。そう言おうとして、神加は口をつぐんでしまっていた。それは他でもない、神加がずっと夢で思い浮かべていた光景だったからだ。


康太が文ではなく、自分に微笑みかけてくれる、自分だけを好きでいてくれる。そんな夢を、何度見ただろうか。


「神加ちゃん、神加ちゃんは康太をあきらめられる?」


「・・・」


神加は答えなかった。だがその代わりに、小さく首を横に振った。


そしてそれを見て、文は嬉しそうに微笑み、神加の頬を強くつかむ。


「なら努力しなさい。あたしはいつだって受けて立つわ。迎え撃つつもり満々で神加ちゃんを待ってる。いつでもかかってきなさい」


満面の笑みで、文は笑う。


それは余裕の笑みなどではない。本当に、神加が好きだからこそ、神加の幸せを願っている。そんな笑みだ。


神加にとって、これほど心強く、そして恐ろしい言葉もない。


大好きな姉が、最も尊敬する女性が、自分をライバルだといい、自分の敵であると正面から宣言しに来たのだから。


「でも・・・兄貴はどうやったら振り向いてくれるかな・・・?」


「あー・・・それに関しては・・・ちょっと大変かも・・・私の時もあいつを振り向かせるのすっごい苦労したし・・・」


先ほどの笑みが嘘のように、文は苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。昔一体何があったのかは知らないが、少なくとも文も大変な想いをしたようだった。


「あいつ変なところは鋭いくせに、こういうことはとことん鈍いっていうか・・・そもそもそういう風に思考をしたことがないのか・・・どっちにしろ、神加ちゃんがアタックするならかなり強引に行かなきゃだめよ」


「強引って・・・例えば?」


「一緒にお風呂に入るとか」


文の言葉に、神加はその光景を想像して顔を真っ赤にしてしまう。


「ま、まって!まってよ!無理!そんなの絶対無理!」


「でもあいつそのくらいしないとたぶん神加ちゃんを女としてみないわよ?まだ小学生中学生くらいに思ってるくらいだもの」


「それは・・・でも・・・」


実際一年前まで神加は中学生だったのだ。そういう意味では何もおかしくないのだが、神加はそこまでいきなり覚悟を決められない。


好きな人に裸をさらけ出せるほど、神加はまだ覚悟が決まっていない。


そして話をして、神加が元気であることを確認して満足したのか、文は立ち上がる。


「それじゃあね神加ちゃん。いつでも、かかってらっしゃい」


そうして病室から出て行ってから『ほら倉敷!帰るわよ!』という声が扉の向こう側から聞こえてくる。

まだ赤い顔と、少し高まる鼓動を感じながら、神加は自分がどうすればいいのか悩んでいた。


だがその悩みは、決して悪いものではなかった。どちらかというと、吹っ切れたような、そんなすがすがしい悩みだった。


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