被害者はどちらか
「あいつもあいつでなかなか濃い毎日を送っているようだからな、価値観が変わってきてもおかしくないだろう。特に今までのそれとはまったく真逆の方面に引っ張られているわけだからな」
「・・・まぁ・・・それはそうかもしれませんけど・・・ちょっとその変化が強すぎるように思えるんです」
「言いたいことはわかるがあいつの師匠は私だ。あいつの指導方針は私が決める。何よりあいつがどうなりたいかはあいつが決めるべきだ。あいつはむしろ今のままでいいと思っている節さえあるが?」
小百合にこういわれては文としては返す言葉がない。実際こうして行動を共にしてはいるものの一応文は部外者なのだ。
確かに康太と同盟を結んでいるが康太の魔術師としての道に口出しできるような立場ではないのである。
もちろん康太が望むのであればそう言う立場を無視してでも意見するつもりはあるが、康太自身まだまだ未熟であるために少しでも成長したいと思っているところだ。多くを吸収するためなら多少の荒事に関わるのはむしろ仕方がないと思っている節さえある。
それを糧にしてでも成長したいと思っている以上文からすればもはやこれ以上何か口出しできる状況ではないのだ。
「ライリーベル、お前は今一般人の視点からビーの異常性について指摘しているが魔術師としてあいつは異常か?」
「それは・・・魔術師としてはまだ普通にもなっていないと思います」
「そうだ、あいつは今普通の一般人から魔術師に変わっている最中だ。その過程で一般人の視点からして異常に思えるような行動や考えをしても不思議はないだろう。それが魔術師というものだ」
お前だってそのくらいわかっているだろうという小百合の言葉に文は不承不承ながら納得するほかなかった。
康太の変化の早さ、というより順応の早さは目を見張るものがある。もともと魔術を覚えるのも早いため、物覚えが早い方だという解釈もできる。順応の早さもそれに近しいものがあるのかもしれない。
一般人から見て異常でも魔術師から見ればまだ康太は普通以下だ。そう言う意味では康太は至極普通の人間であるという風に見れなくもない。その変化は今のところ劇的なものではなく日常的な積み重ねによって生まれているものなのだから。
ある意味魔術との出会いが最も衝撃的かつ劇的なものだったかもしれないが、それでも康太の変化は魔術師的に見ればそこまで『異常』と言えるようなレベルではないように思える。
「どうしたんだ二人とも?俺なんかついてるか?」
「いや気にするな、お前のポンコツっぷりに対して話していただけのことだ」
「え・・・?なに俺またなんかやらかしたの?」
「・・・気にしない方がいいわよ・・・どうやら来たみたいだし」
康太が二人の話を気にかけていると、周囲に数人の魔術師が現れる。康太と文はその人物、いや魔術師たちを見たことがある。正確にはあの仮面と外套を見たことがある。
そう、魔術協会専属の魔術師たちだ。
問題が起きた時にその解決と事後処理を行うための魔術師たち。康太たちのような野良魔術師と違い公務員的な立場であるというその数人が現れたことで康太たちは気を引き締めていた。
「また貴女ですかデブリス・クラリス。いい加減面倒事のど真ん中にいるのはやめていただきたいのですが」
「私の周りに面倒事がやってくるのが悪い。私自身は平穏な毎日を送りたいと思っているんだがな、ままならないものだ」
一体どの口がそんなことをと康太と文、そして真理の三人は心の中で突っ込んだがそんなことはお構いなしに周囲にいた魔術師たちは真理の魔術によって拘束されている魔術師を取り囲む。
「確認しました、これより拘束及び尋問を開始します。デブリス・クラリス、ジョア・T・アモン、ブライトビー、ライリーベル、今回の件に関しては後々支部長に報告していただくことになるかと思われます。その点どうかご理解を」
「わかっている。と言っても私たちは旅行中に絡まれたに等しいがな。今回は百%被害者だ」
今回はという事はそれ以外で起こした面倒事の中には被害者ではないものも含まれるのだろうなと康太と文は辟易し、真理はその後始末をさせられたときの記憶がよみがえっているのかため息をついていた。
この人が普通に過ごすなんてまず無理だろうと三人は、いやこの場にいる小百合以外は確信していた。そしてその確信は恐らく当たっている。
「あと私達・・・というか私の弟子がいろいろとやらかしてしまってな。その後始末を頼みたい。近くに廃車寸前の車があっただろう。それと近くで倒れている木も適当に片付けておいてくれ」
「・・・なるほど、この師匠にしてこの弟子有りという事ですか。承りました。この近辺の後片付けはやっておきましょう。今回は随分とお手柄だったようですからね」
「手柄を立てたのは私の弟子二人だ。私はほとんど何もしていないに等しい」
小百合の言葉に康太と真理は嬉しいのか恥ずかしいのか仮面越しに頬を掻いていた。小百合がこんな風に自分たちのことを褒めてくれたことなど何度あっただろうか。
今回は一般人への被害も出ているために魔術の隠匿という意味では早期発見につながりかなりお手柄になるようだった。
もしかしたらまた評価が上がるかもしれないなと康太は少しだけ楽しみにしていたがこの場で全く褒められていない文は若干不満そうだった。