大人と子供
「今回・・・あたしは利用されただけってことですか・・・?」
「言葉を偽らずに言うのであれば、その通りだな。お前の戦闘能力をいいように利用された。覚えておけ、強い奴っていうのは、それだけ判断力を求められる。その力を持ってるだけで、その力を利用したいってやつは山ほどいる。立ち回るにはその力を隠すか、あるいは制御できない力だと思い知らせるしかないんだよ」
隠すか制御できないと思わせるか。前者が真理のような立ち回りだとすれば、後者は小百合や康太のような立ち回りだ。
そういった立ち回りをまだ神加はしていない。神加がしているのはまだ魔術師で言うところの下積みの段階だ。
依頼を選り好みできるはずもなく、その知名度も低い。
同世代の一般的な魔術師に比べれば高い知名度と戦闘能力を持っているが、まだその程度の魔術師でしかないのだ。
「今回のことで、本部がどう判断したかはわからないが、お前ひとりでは康太を倒す事はできないということが把握されただろう」
「また同じようなことが起きると?今度は姉さんまで巻き込んだり・・・」
「それはない」
はっきりと、そして確信をもって倉敷はリンゴをかみ砕く。
「康太を怒らせるとどうなるか、本部だってわかってる。二度目はない。二度目はあいつが許さない」
二度目を許すつもりはない。おそらく今こうしている間にも康太は動いているだろう。そういう意味では康太の言っていた何とかするという言葉が嘘偽りではないということがよくわかる。
そして、それを絶対の信頼として部下であり相棒である倉敷に抱かせているということが、康太のカリスマを物語っていた。
「あたしは・・・どうするべきなんでしょうか・・・」
「さぁな。そのあたりはお前の師匠とでも話しあえ。康太を超えたいと思うもよし、別の道を歩むもよし。そこは俺らが決めることじゃない」
自分で皮をむいたリンゴを食べ終えると、倉敷は不意に扉の向こうに意識を向けていた。
そして立ち上がり、扉を開けるとそこには聞き耳を立てていたのだろうか、文が立っていた。
「あ・・・ばれた」
神加が気配も感じ取れなかったものを、倉敷は感じ取っていた。それは長年一緒に戦ったが故の感性だろうか。どちらにせよ、そこには妙な体勢でいる文が恥ずかしそうに笑っている。
「お前な・・・身重の癖に変なことしてんじゃねえよ」
「大丈夫よ。そのあたりの体調管理はしっかりしてるから。神加ちゃんは?」
「起きてるよ。俺は外で待ってる」
「ありがと、悪いわね、付き合ってもらっちゃって」
「いいよ。またな神加」
それだけ言い残して倉敷は部屋を出ていく。そして倉敷と入れ替わりになるようにして文が病室に入ってきた。
「こっぴどくやられたみたいね。痛いところはない?」
「大丈夫です。兄貴に程よく手加減されました・・・」
「ったくあいつ・・・神加ちゃんに傷ができたらどうするのよって話よね。それならいっそのこと負けてあげればよかったのに」
文が今回の事情を知っているかどうかは知らない。もし仮に康太が神加に負けていたらどうなっていたか。
きっと、康太を殺すための手段として、神加が第一候補に挙がることになっていただろう。
それは、良い事とは言えない。少なくとも神加にとって、最悪の未来といってもいいだろう。
そういう意味では、神加は負けてよかったのかもしれないと考えていた。だが同時に、負けたくなかったと、そうも思ってしまうのだ。
「・・・神加ちゃん?」
「え?あ、はい?」
「まだ意識がはっきりしてないのかしらね?目はちゃんと見えてる?」
「大丈夫です、ばっちり、とはいいがたいですけど・・・ちなみに、どうして・・・?」
どうして文がここにいるのか。その疑問を神加が抱くと同時に、文は笑って見せた。
「検査入院が終わったらいきなり神加ちゃんが担ぎ込まれてくるんだもの、びっくりしちゃったわよ。それで退院後にお見舞いに来たってわけ。倉敷は私の護衛よ」
どうやら倉敷は文が見舞いに来るということもあって文の護衛についていたようだった。そして文が席を外した時にちょうど神加が目を覚ましたのだろう。
タイミングとしてはなかなかに絶妙な場面だったのかもしれない。
神加は心配をかけたということを申し訳なくも思い、今回の依頼の背景を思い出してなおのこと申し訳なく思っていた。
万が一、神加が康太に勝っていたらどうなっていたか。
そして自分が康太にいったい何をしたのか。何をさせられそうになっていたのか。文が知ったら一体どんな風に想うだろうかと考え、神加は悔しそうに歯噛みする。
「・・・随分としてやられたって顔ね」
「え?あ、ごめんなさい・・・」
「謝ることはないわ。そういう悔しい思いをして、少しずつ成長していけばいいのよ。神加ちゃんはまだまだ子供なんだから」
子供。その言葉に神加は反応してしまう。康太も神加は子供だといっていた。そしてここにいる文もまた同じことを言う。
自分は、もう少し大人だと思っていたが、実際はそうではないことを思い知らされて、神加は悔しくて仕方がなかった。




