目覚めと被害
まどろみの中、神加が次に目を覚ました時に目に入ったのは白い天井だった。
一体どうなったのか、自分がなぜここにいるのか、そもそもここがどこなのか。記憶の混濁から、神加は自分の今の状況を把握しようと頭を回転させ始めていた。
だが如何せん寝起きだからか、頭がうまく働かない。混濁していた意識と、絡まって読み取れない記憶を少しずつ紐解いていくように、ゆっくりと一つ一つ事柄を考えていく。
「ようやく起きたか」
そして記憶を完全にひも解くよりも早く、神加に声がかけられた。その声を神加は知っている。
「あ・・・トゥ・・・倉敷さん・・・」
そこにいたのはトゥトゥエル・バーツこと、倉敷和久だった。鼻には絆創膏のようなものをつけており、神加の横になっているベッドのすぐ近くに椅子を置き、その場でリンゴの皮を剥いていた。
「あたしは・・・」
「まだ体は起こさないほうがいい。あのバカ、結構強く打ち付けたみたいだからな。検査結果では異状はないが、強く頭を打っている。あと一日は安静にしておけ」
そう言いながら剥き終わったリンゴを机の上に置くと自分で食べ始める。自分のために剥いてくれたのではないのだなと、神加は少しだけ苦笑してしまっていた。
「あの・・・あたしはどうして・・・ここは・・・?」
「・・・混乱してるな。一つずつ確認していこう。お前はどこまで覚えてる?」
倉敷の言葉に、神加は一つ一つ確認するように、ここに来る前のことを思い出していく。
「確か・・・支部長の依頼を受けて・・・その時に、トールさん・・・船越さんに会って・・・そうだ、倉敷さんとも戦って・・・その後・・・そうだ・・・!兄貴と・・・!」
神加が体を勢いよく起こそうとしたところを、倉敷に止められる。まだ安静にしていなければならないということだろう。倉敷は神加をここから動かすつもりはないようだった。
「思い出してきたみたいだな。まだ横になっていろ。あと落ち着け」
「じゃあ・・・ここは」
「病院だ。文がいるのと同じな。魔術師がたくさんいるから気持ち悪いかもしれないが、そのあたりは我慢しろ」
どうやら気絶させられた後、神加はこの病院に搬入されたらしい。
気絶した状態であるためにあまり動かさず、安静にしておいたほうが良いと判断されたのだろう。
普段の訓練で何度も気絶させられている身からすれば、今更という気もするが、そのあたりは兄弟子や他の部隊の人間の気遣いであると神加は感じていた。
そんな中、神加は倉敷の鼻につけられている絆創膏のようなものに目が行く。
「あの・・・倉敷さん・・・大丈夫ですか?」
「俺か?鼻の骨が折れた程度だ。日常生活に支障はない。滅茶苦茶痛いけどな」
そう言いながら倉敷は神加を睨む。自分がやったことであるために、神加は苦笑しながら謝ることしかできなかった。
だが倉敷は別にそのことについて責めるつもりはなかった。何せ状況によっては立場が逆になることも考えられたし、そもそも負けた自分が悪いのだからと、精霊術師らしく考えているようだった。
「そういえば、詩織は?無事なんですか?」
「あの後、うちの部隊の人間が捕まえたそうだ。怪我もない。ただ最後まで暴れてて取り押さえるまでに五人程負傷した。学生相手に何やってんだって、康太のやつは呆れてたけどな・・・俺自身がお前に負けてるからそこまで強くは言えないしな」
一緒に行動していた詩織が無事であるということを知って神加は安堵の息をつく。ただ、逃げに徹している詩織を捕まえて見せるとは、さすがに康太の部隊の人間の練度はけた違いだ。
少なくとも詩織の速度に対応できる人間が複数いたということになる。ウィルも一緒にいたというのに、ほぼ無傷で取り押さえることができるほどの練度があるというのは、驚嘆に値する。
とはいえ、詩織が最後まで暴れていたというのも、単純に取り押さえられるときにじたばたしたという程度のものだろう。
時間を稼ぎ、少しでも囮になろうとしてくれたということがその報告からわかる。今度何かご馳走してやらなければならないなと、神加は考えていた。
「むしろ、詩織よりもウィルの捕縛に苦戦したくらいだ。うちの連中も、あれを見るのは久々だったからかかなりやられたらしい。いい教訓になっただろうよ」
「はぁ・・・」
どうやら詩織よりもウィルの方が部隊に対して与えた被害は甚大だったようだ。
喜んでいいのか不明だが、少なくともその話をする倉敷の楽しそうな顔を見る限り、悪い結果とは言えないようである。
「・・・それで・・・倉敷さん・・・話を聞かせてくれませんか?まだ・・・聞かせてくれませんか・・・?」
倉敷は短い沈黙の後、小さくため息をついて腕を組む。どうしたものかと考えているのだろう。
あそこまで頑なになって話さなかったのだ。今から話してどうなるというものでもない。
そもそも、話して何かが変わるわけでもないのだ。神加に話して神加に危険が及ぶ可能性は低いが、神加自身が首を突っ込む可能性もある。
この少女の性格上、首を突っ込むのだろうなと、倉敷は悩んでいた。
だが、同時に神加が知りたいと考えていて、必死になって行動して、兄である康太に戦いを挑むまで頑なになったのだ。
「これ以上黙っているのは、逆効果だな・・・お前が勝手に変なことをしかねない」
「じゃあ」
「・・・俺が知ってることを話そう。といっても、俺もすべてを知っているわけではないということはわかってくれ。俺らも一時期は後手に回ってたんだ」
倉敷はそう言いながら、周りの人間に気を配り始める。とはいえ精霊術師である倉敷には人払いなどの魔術は使えない。そこで神加がこの部屋限定で人払いを発動させた。
といっても、この部屋は個室のようで神加と倉敷以外に人はいない。話を聞かれることもないだろうがと、神加は今更ながら個室を与えられていることに気付き苦笑していた。