兄の拳
神化状態は康太が人ならざる者としての本来の姿を見せた時の姿だ。電撃と同化し、自らの存在そのものの表層を変化させている。
この状態の康太はできることが増える。それが先に康太が移動して見せた瞬間移動だ。
電撃が放たれ。その電撃の流れに乗って瞬間移動する。法則がわかれば移動先を予測することも不可能ではないが、もともと高い機動力に加えてさらに瞬間移動までされるとはっきり言って目で追いきることは難しい。
神加は一度だけ、訓練の時にこの状態の康太と戦ったことがある。その時は何が起きたのかわけがわからず、一方的にやられるだけだった。
高速で動き続け、それだけならまだ何とか目で追うこともできるのに唐突に全く別の場所に現れるのだ。
小百合などは問題なく対処できているが、神加にはまだ対処は難しかった。
「まだ手加減は続いてるよ。槍も剣も、お前相手には使わない。これだけで十分だ」
先ほどまでの攻防で神加のおおよその実力を把握したのだろう。康太は小さくため息をついて鎖鎌を周囲に展開させていく。ところどころを分解し、細かな部品にすることでさらに数多く、さらに複雑に操っていく。
「シノ、今回はあきらめろ。お前が俺に勝つのは・・・あと三年くらい早い」
「・・・あとちょっとじゃん・・・三年なんてあと少しじゃん」
「そうだ。もともとお前の素質の方が才能があるんだ。努力もしてる。俺を追い抜くのも時間の問題だ」
康太は自分が才能に満ちていると思ったことはなかった。それはずっと師匠である小百合からも言われ続けたことだ。そして自分自身思い続けてきたことでもあった。
対して神加は才能にあふれている。勉強も運動も魔術もそれ以外も、すべての才能に恵まれている。
そんな彼女が康太に追いつけない理屈はない。今康太の方が勝っているのは単純に経験の差だけだ。
その経験も、おそらく三年もすれば埋められてしまうだろう。
康太はそれだけ神加を高く評価していた。だが神加は、その反応こそ、子供として扱われているという風に感じていた。
「三年くらい・・・越えられる・・・!ここで!今!」
「・・・さすがにそれは無理だ。俺の十余年はそこまで軽くないぞ」
康太が魔術師になって、すでに十年以上。康太は小百合の指導の下、戦い続けてきた。
魔術師になって、人ではなくなって、部隊の隊長になって、それからずっと、ずっと、ずっと戦い続けてきたのだ。
周りの魔術師たちが別のことに目を向けている間も、周りの魔術師たちが平和を謳歌している間も、周りの魔術師たちが新たなことに挑戦している間も、ずっと、ずっと戦い続けてきたのだ。
その十年は、その十年以上の年月は、神加が考えている以上に重く、分厚いものだ。
神加はそれを理解できていない。理解できるはずがないのだ。
才能があれば乗り越えられるものもある。努力があれば辿り着けるところもある。だがそれでもまだ足りない。
康太の立っている場所に至るには、まだ、あとほんの数年が、神加には足りない。
神加は再び電撃を放つ。今度は自らの近くによれないように、その近くには別の射撃系魔術を待機させた状態で攻撃を開始する。
康太は再び電撃の膜を展開し、同時に鎖を操り始める。
神加の攻撃に対して康太は非常に緩やかな動きをとっていた。得意の機動力を活かさず、あえて正面から神加と向き合うつもりでいるようだった。
「この・・・!」
「電撃の操り方は見事なもんだ。けど、操るだけじゃ相手に当てられない。電撃だけじゃ相手を攻略できない。そういう時、他の属性もうまく使っていかないと、自分の首を絞めるぞ」
「・・・!」
「せっかくたくさんの属性を使えるのに、それじゃ宝の持ち腐れだ。自分の優位性を活かせ。相手の得意を封じろ。そうやって戦うんだ。お前にはそれができるんだ」
そう言い終えると、康太は腰を落として明らかな突撃態勢をとる。
向かってくる。そう判断した神加は即座に迎撃態勢をとる。刀を構え、いつでも康太が突っ込んできていいように。
そして背後に回られてもいいように、自分の背後には射撃系魔術を作り出し、いつでも反撃できるように構えていた。
噴出の魔術によって加速した康太めがけて、神加は電撃と射撃系魔術を一斉に放つ。
だがそれらすべてが捻じ曲げられたかのように康太からそれていく。やはり距離のある射撃系魔術では康太に対しては牽制にもならないかと、神加は即座に大量の射撃系魔術を待機状態にさせると、康太が接近してきた段階で射出する。
瞬間、康太の体が眩く発光する。電撃を含んだ攻撃を放ったのだと気付くと同時に、神加は背後と上空めがけて射撃系魔術を連続で放つ。
高威力の弾丸が放たれる中、神加はどこに康太がいるのかを索敵で確認しようとした。
そして、驚愕する。
康太は神加の目の前まで迫っていた。
「相手の手札を確認して戦うのはいい。けど、相手がその手段を使わないこともあるってことを覚えておけ」
いくつかの鎧が破損する中、康太は神加の体に拳を、そして蹴りをめり込ませていく。
気絶させるにはこれが一番手っ取り早いと理解しているからか、康太はここに関しては一切手加減をしなかった。
神加は康太の手によって、ゆっくりと意識を失うことになる。




