兄弟子
神加の兄弟子、ブライトビー。その姿を見たのは神加も実は久しぶりだった。
蜂をモチーフにした仮面に、黒い外套。そしてところどころにちりばめられた装備。そしてその体を覆うように赤黒い鎧を身にまとっている。
あれはウィルではない。康太がウィルの鎧を真似て作らせたものだった。つまり康太は今普通に鎧を着ている状態なのである。
そんな状態でも、神加にはその姿が見えていた。
普通の人間には見ることができない、康太が見せようとしないとみることができないその姿。
電撃と同化し、頭部からは羽が生え、一部分は尾のように形を変えた頭髪。そしてその両足は完全に人のものではない。
どう見ても人間のそれではないその姿を見て、神加は目を細める。
「兄貴」
「・・・シノか。連絡は受けてたが・・・アトリはどうした」
「囮になってくれてる。部隊のみんなの目を引くために」
「なるほど、ウィルも一緒に連れて行ったか。それで」
言葉を区切ると、康太はゆっくりと立ち上がった。だが近づいてくることはない。広い空間で、これだけ広さがある中で、二人の距離は遠い。
「何しに来た?弁当でも届けに来てくれたんなら嬉しいんだが」
弁当を届けに来たのであればどれほどよかっただろうかと、神加は歯噛みする。
この依頼を完遂する。だがその前に確認しなければいけないことがいくつもある。
「そういう兄貴は?私は支部長からの依頼で、これを届けに来た」
神加はそういって封筒を一枚とりだす。それが今回の依頼の内容だ。嘘偽りない。
それを理解したからか、康太は小さく息をついて背後にある扉を一瞬見る。
「・・・本部からの依頼で、ここから先にだれも通すなと言われてる。期間は明日の昼までだ。この先に、それをもっていくってことか?」
「そう、情報では、そうなってる」
「・・・支部長なら俺らがここにいることは知ってるはず・・・そうか、そういうことか。またずいぶんと・・・」
「兄貴、教えて。何がどうなってるの?あたしは、あたしと兄貴をどこか遠くに遠ざけて、その間に師匠と店を襲撃するものと思ってたんだけど」
「師匠と店を?なんで?」
「いやわからないけど!でもそうとしか考えられなかったんだもん!しょうがないじゃん!」
「・・・ひょっとしてあれか、店に誰か応援を呼んだりしたのか?」
「・・・呼んだ・・・姉さんと、土御門の・・・」
「あの二人か・・・なるほど、一応いろいろと考えてたってことか・・・で、トゥトゥも倒してここまで来たと」
ここからトゥトゥが倒れている場所まではまだ距離があるはずだ。康太の索敵がどの程度なのか正確には把握していないが、普通の索敵では届かない程度の距離はある。はったりかどうかはさておき、康太には確信があるようだった。
「どうしてそう思うの?」
「お前の髪が濡れてる。雨の予報はなかったから、トゥトゥが攻撃したんだろう。ついでに言うと、あいつが一度攻撃した奴をそのままで放置して逃げるとかありえない」
「・・・あたしが相手でも?」
「お前が相手だからだ。あいつは、お前を止めようとしたんじゃないか?」
まるであの場を見てきたかのような言葉に、神加は苛立ちを覚えていた。何かを知っているのだ。理解しているのだ。だからこそ、トゥトゥがとった行動が理解できるし、その場にいなくても把握できる。
神加が知らない背景を、康太たちは知っている。
「教えて、あたしは今何をさせられてるの?これはそんなにやばいものなの?」
「・・・それは別に大したものじゃないだろうな。本部の思惑はもっと別のところにある。それをお前が知る必要は」
「あるよ!あたしだってこうして巻き込まれてるんだから!知る必要あるに決まってるでしょ!?」
神加の叫びに、康太は目を細めて小さくため息をつく。
そんな必要はないのだと、康太はわかっているのだ。神加も、薄々そんな必要がないことは理解している。
だがそれでも、理解できていても、納得できないことというものはあるのだ。
「兄貴・・・兄貴が何か関係してるんでしょ?教えてくれたっていいじゃん!今どうなってて、何が起きてて、本部が何を考えてるのか!」
「・・・だから言ってるだろ。それをお前が知る必要はない。これは俺らの、俺の問題だ。お前は・・・支部長を含め、お前らは体よく利用されただけ。あとは俺がうまく処理しておくから、今日は大人しく帰れ」
康太の言葉に、ほんのわずかに安堵してしまう自分に、神加は歯噛みしていた。
康太が何とかしてくれる。それがどれだけ心強いことであるか、神加はこれまでの人生でよく理解していた。
誰が相手だろうと、康太は毅然として対応してきた。それが大人だろうと、魔術師だろうと、支部であろうと、本部であろうとそれは変わらない。
きっと今回も、きっと何とかしてしまうのだろう。神加が何もしなくても。おそらくこのまま帰ったとしても、きっと康太がうまく事を収めるのだろう。
「・・・やだ・・・」
だが、それを神加は許容できなかった。何もかも見ないふりをして、すべてを康太に預けるなんてことは、もうできなかった。したくなかった。
康太に子ども扱いされるのは、もう嫌だった。康太にだけは、もう子ども扱いされたくなかった。




