本気を出したか否か
「よっし!突破ぁ!」
トゥトゥを蹴り飛ばした後で、神加は小さくガッツポーズする。
そしてすぐに力なく倒れたトゥトゥのもとに駆け寄って安否の確認をする。全体重を乗せての一撃が顔面に入ったために意識があるかも怪しいが、とりあえず最低限の回復程度はさせておかないと危険だと判断したのである。
「トゥトゥさん・・・?起きてます・・・?」
「・・・起きてるよ・・・くそったれ・・・鼻がめっちゃ痛い」
未だ意識はあるようだが体は動かないようで、トゥトゥは外れかけた仮面の下で思い切り眉間にしわを寄せている。
その目や耳からはわずかに血が流れている。それが魔力の過剰摂取によるものであるということを神加はすぐに理解できた。
「トゥトゥさん・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫とは言えないな・・・だいぶ無理した・・・お前相手ならまだ勝てると思ったんだがな・・・見積もりが甘かった・・・」
そう言いながらトゥトゥは思い切り舌打ちする。神加に負けたのが悔しいのだろう。教えていた小さな子供にいつの間にか負けるほどに時間が経ったのだと、同時に感慨深そうにもしていたが。
「でもトゥトゥさん、今日は波乗りしなかったじゃないですか。あれをやってたらいくらでも勝ち筋はあったのに・・・」
トゥトゥの本来の戦い方は高速で移動する水に乗って自らも高速移動しながら水による攻撃を行うことだ。
だが今回トゥトゥは一切そういった戦い方をしなかった。
神加の言うように、その戦い方をすればいくらでも勝ち筋を見いだせたはずなのにそれをしなかった。
神加はそれが不思議でしょうがなかった。
「阿呆が・・・俺は今回防衛側で戦ってたんだぞ。俺がうろちょろしてたら、お前が目的地に先に行く可能性もあっただろうが」
「あ・・・なるほど・・・守りに徹してたってことですか」
「それもいいわけだ。純粋にお前に負けた。それだけだ。それ以外の結果はない」
そう言いながらトゥトゥは降り続ける雨の中大きくため息をつく。
魔力を過剰摂取した影響からか、意識も朦朧とし始めているのだろう。この状態のトゥトゥをそのままにしておくのは危険だが、神加は先に進みたい気持ちもあった。
「トゥトゥさん、これかけておきます。雨くらいはしのげると思うんで」
そう言いながら神加は近くにあった枝と自分が羽織っていた外套を使って簡単な屋根を作る。いくつかの装備を失うが、トゥトゥの体には代えられない。
「悪いな・・・俺は・・・少し寝る・・・さすがに無理しすぎた・・・」
「・・・そのまま死んだりしないですよね?」
「・・・するわけないだろ。このくらいの修羅場なら何度だって超えてきた。今回だって同じだ・・・」
そう言いながらトゥトゥはゆっくりと目を閉じて息を整えていく。雨に濡れることはなくなったとはいえ、それでも周囲に水があふれているこの状況ではあまり良い環境とは言えない。
神加は即座に土属性の魔術を発動させ、トゥトゥのいる地面を隆起させ、水がこれ以上入ってこないようにした。
「それじゃトゥトゥさん、行ってきます」
「・・・あぁ・・・シノ・・・一つだけ、最後に一つ、アドバイスだ」
「・・・なんですか?」
「・・・あのバカを一発殴ってこい」
「それアドバイスじゃないですよね?」
「何言ってんだ。完璧かつ最適なアドバイスだ。これを守ってりゃ・・・たぶん、お前にとっていい方向に進む」
そう言いながらトゥトゥはゆっくりと眠りにつく。神加は心配になって数分間その様子を確認したが、とりあえず息が止まるということも、そのまま永眠するということもなさそうだった。
「みんな、この人をお願い。絶対に死なせないでほしいの」
『わかったー』
『まかせてー』
『まもってるよ』
周囲の精霊たちにトゥトゥのことを頼むと、神加は索敵をして近くに居ると思われる康太を探す。
すると倉敷がいた場所のすぐ近くに、地下へと続く入り口があることに気付いた。
どうやらその場所は地表ではなく地下にあるらしい。
魔術師でなければ気づけないほどに巧妙に隠された、というかむしろ埋められていたその場所を掘り出すと、神加はその中に進んでいく。
地下の通路自体は非常に整備されていた。空気も澄んでいる。少なくとも窒息するような心配はなさそうだった。
コンクリートを打ったままのわずかに傾斜の付いた通路、さすがに電気などの類はないが、ところどころに通気口のようなものが作られている。
それらは地表に通じており、なおかつ雨などが入ってこないように工夫されているようだった。
随分と手の込んだことだ。だがこれだけのことをする理由がこの先にあるのだろうと神加は考えていた。
そして神加が進み続けると、広い空間がそこには広がっていた。
直径五十メートル程度の部屋だ。学校の体育館より少し小さい程度の空間。これほどの空間を作り出すのに一体どれだけ時間がかかったのかと考えている中、その奥の方、部屋の最奥にある大扉の手前に、その人物はいた。