精霊を使役する者
「みんな!力を貸して!」
神加の叫びとともに周囲の精霊たちが一斉に神加のもとへと集まっていく。
『いーよ』
『やろー』
『いっけー』
『ちからをかすよ』
『まかせて』
数々の精霊たちが神加に力を貸していく中、神加の中にいる精霊たちもまた、神加に力を貸すべく自らの存在をより強いものへと高めていく。
『行くぞ、準備は良いな?』
『さぁ、見せつけてやろうぜぇ』
『あなたの成長を、あなたの力を見せる時です』
「・・・うん・・・行くよ!」
全ての精霊たちが力を貸し、神加の体内に魔力と精霊たちが満ちていくと、神加の周囲に強烈な光と熱量を帯びた球体が発生し、強烈な風が周囲に振りまかれていく。
そして神加の体そのものにも変化があった。それは神加の体の周りに、羽衣のようなものが発生しているのである。
これは神加の魔術によって生み出されたものだ。オレンジ色のそれがいったい何でできているのか、一見しても理解はできないだろう。
「・・・出たな・・・ようやく本気か」
トゥトゥは神加の本気の状態を知っていた。神加と訓練をしているとき何度か見たことがあるのである。
神加の体質、精霊をいくつも入れていられるというその性質も知っているために、神加の今の状態がありとあらゆる属性の、ありとあらゆる魔力を大量に内包しているということを即座に理解していた。
「これが出る前にケリをつけたかったんだけどな・・・そういうわけにもいかないか」
神加の周りにある球体と、神加の体にまとわりつく羽衣、それの危険性もトゥトゥはよく理解していた。
理解しているからこそこの状況になる前に勝負をつけたかった。こうなってしまった以上、トゥトゥも本気を出さざるを得なくなってしまったのだから。
もはや両者が激突して、互いに無傷でいるのは難しいだろう。康太に謝ることになるかもしれないなと思いながら、トゥトゥは内心ため息をついて展開している二つの水流をさらに加速し、同時に手元から三つ目の水龍を放った。
当然、神加は放たれた水流を余裕を持って躱す。そこに襲い掛かる二つの水龍に、神加は空中に存在する二つの球体を真正面からぶつけていた。
瞬間、周囲に勢いよく水蒸気が発生する。その勢いはもはや水蒸気爆発のそれに近い。
超高温の熱量を持った物質に、多量の水を接触させることにより発生するものだ。神加が発生させている球体は単純な炎の熱量をさらに高めているものだ。だがそれは常人によって発揮できる限界を優に超えている。
当然といえば当然だろう。神加は自らの素質の限界すらも超えた状態にあるのだ。多くの精霊たちを味方につけ、本来であれば人間には絶対に出せないレベルの出力の魔術を扱っているのである。
発生した水蒸気爆発によって水龍の半分がはじけ飛び、残りの半分は蒸発してしまっていた。トゥトゥがそれを見て舌打ちしながら、薄く笑みを作っていた。
素質の差、出力の差。これはもはや生まれつきのものだ。覆しようがない。いくら技術や戦略を練ろうと、素質の前には、才能の前には屈服するほかないのだ。
水蒸気が晴れていく中、神加は自ら作り出した障壁によって身を守っていた。
「ったく・・・もうちょっとお淑やかに育てばよかったものを・・・」
そう言いながらも、それが無理なことだというのはトゥトゥも理解していた。あの小百合の弟子で、あの康太の弟弟子だ。お淑やかに育つはずがないというのは半ばわかっていたことだ。
だがだからこそ、わかっていたからこそ、ここで止めなければならないと、トゥトゥは強く思っていた。
「・・・本部の思い通りになんてさせるかよ・・・!」
自分が止めるしかないのだと、トゥトゥは全力を傾ける。
「トゥトゥさん!もうやめてください!これ以上やったら・・・!」
神加は今の自分の今の状態を正確に理解していた。
倉敷の属性は水。多量の水を使ったところで一気に蒸発、そして水蒸気爆発によって爆散させられ、トゥトゥの攻撃を完全に無力化できるということが証明できてしまったのだ。
もはや戦況は圧倒的に神加に有利に動いているといっていいだろう。トゥトゥだってそのことはよくわかっていた。
だがだからこそ、引けなかった。
「随分と悠長なことを言っているんだな。お前はもう勝ったつもりか?まだ俺は立っているし、怪我一つ負っていないのに?」
「それは・・・」
事実その通りだが、神加はそれが負け惜しみのようにしか聞こえなかった。
ここからどのようにすればトゥトゥが勝てるのか、想像もできなかったというのが正しいだろう。
どんな術を使おうと、どんな状況を作ろうと、トゥトゥが勝てる見込みはほぼゼロに近い。それはトゥトゥ自身理解している。
そして、勝てる見込みが、ゼロではないことを、トゥトゥは知っている。
「覚えておけよシノ。勝ちを確信した時が、一番危ういんだってことを」
トゥトゥが大きく手を開き、思い切り拍手をした瞬間に、それは起きた。
一つ、また一つ。そして二つ、四つ、八つ、十六、どんどんと数を増やしていくその雫がいったいなんであるのか、神加はわかっていた。
雨。空高くから降り注ぐ水の雫。
それがトゥトゥによって生み出されたであろうことも、そしてこの雨が状況を変えるということもわかっていた。
「お前がバンバン燃やしてくれたおかげで雨を作りやすかったぞ。相手だけじゃなく、周りをよく見て動かないとこういうことになる」
神加が作り出した強力な炎が連続して放たれたせいで、周囲には多くの上昇気流が発生していた。
それを利用してトゥトゥは雨雲を作り出し、雨を降らせたのである。
相手の手段さえも利用して自分の有利な状況を作り出す。戦い慣れているだけあって状況の変化のさせ方がうまいなと、神加は内心舌打ちしていた。
「・・・でもこの程度の雨なら、まだ私の方が有利ですよ・・・!」
精霊たちと協力することによって、神加の体内にある膨大な魔力と、それを発揮できるだけの状態が続いている今、まだ神加の方が有利と言わざるを得ない。
いくら大量の水を用意しても、神加の術式をもってすれば一瞬で蒸発させ吹き飛ばすことができるのだから。
「ごもっともだ。だからそうだな、ちょっと卑怯な手に出させてもらおうか」
トゥトゥの言葉が紡がれるたびに、降り注ぐ雨が強くなっていく。最初は雫程度、傘もいらない程度の雨だったのが、徐々に強くなり本ぶりに、そしてやがて豪雨へと変化していく。
神加は意図的に火力を上げ、周囲の水を一気に蒸発させていった。気化する際の音が常に神加の周りで生じる中、トゥトゥはあえて攻撃をしてはこなかった。
「シノ、お前の全力は強い。けど力押しだけじゃ勝てないってことは覚えておけ」
「もう勝ったつもりですか?私はまだ怪我一つしてないんですけど?」
「さっきのお返しか?でもまさにその通りだな。俺はお前を怪我一つさせるつもりはないからな」
そんなことをしたらお前の兄貴に殴られると苦笑しながら、トゥトゥはゆっくりと両腕を上げていく。
まるで指揮者のようだった。音楽を奏でる、音楽を操る指揮者。だがそこに楽器はない。あるのは水だけだ。
周囲の水すべてが、倉敷の腕の動きに呼応するかのように持ち上がっていく。
カーテン上に展開している水の膜が神加を包んでいく中、神加はいったいこれが何なのだろうかと不思議そうにしていた。
閉じ込めるにしても、閉じ込めたところで意味がない。神加の突破力と火力をもってすればこの程度は容易に切り抜けられる。
『・・・!やばい!早く脱出しろ!』
最初に反応したのは精霊の中の一体だった。だがその意味をよく理解できなかった神加は反応が遅れた。
一応精霊の指示に従い突破しようと水の膜めがけて突っ込む。
「もう遅い」
全力で突っ込んだ神加は、水の膜に叩きつけられた。突き抜けることはなく、叩きつけられたのである。
目の前にあるのはただの水だというのに、突破できなかった。一体どういうことなのかと神加は混乱する。
神加の混乱をよそに、神加の周りの空間はどんどん水で満たされていき、ついには出入り口が完全にふさがれてしまっていた。
「水くらいすぐに蒸発させて・・・」
『やめておいたほうがいいぜぇ・・・今蒸発させたら、蒸気の逃げ場がない。火傷するぞ』
いつの間にかすでに神加を覆う水はただの膜ではなく、大量の塊へと変貌していた。周囲に存在する大量の水をトゥトゥがすべて操っているのである。
水蒸気爆発で吹き飛ばすこともできるだろうが、すべてを吹き飛ばすことはできない。必ず蒸気が神加の方にも襲い掛かってくる。
障壁で防御するにしても、蒸気が冷めるまで障壁を維持していなければならない。そんな状態を長く続ければトゥトゥの思うつぼだった。
かといってこの中で下手に弱い火力での炎を使えば酸欠になってしまう。
普通ならば水の中を強引に突破するのだが、何故か高い弾力を持った水のせいで突破することができない。
地味だが嫌な能力だった。トゥトゥの唯一の欠点であった物理的突破に対する脆弱性がすでに補完されてしまったのだ。
「さてどうする?水の牢獄の中で窒息するもよし、自棄になって突撃するもよし、好きにしろ。もっとも、そのままでいるほど俺は優しくないぞ」
トゥトゥの手が動くと同時に、徐々に水の牢獄が狭まっていく。
作られた当初は直径十メートルほどあった空間が、どんどんと縮まり、神加の活動できる空間が狭まっていく。
「やば・・・どうしよ・・・」
「ここで引き返せ。お前がこれ以上踏み込むことはないだろ」
「・・・踏み込むとか、何を言ってるのかさっぱりです・・・!なんでここまでするんですか!」
依頼だから、とはトゥトゥは言わなかった。代わりに言わなければいけないことがあった。
それは、神加に対してのヒントのようなものだった。
「本部の思い通りにはさせない。それが答えだ」
「本部の・・・?」
この依頼の背後に本部がいるというのは何となく察していた。だが神加をここで止めることが本部の思惑を砕くことにつながるのだろうかと、神加は首をかしげてしまう。
だがそんなやり取りをしている間にも、水の牢獄は狭まっていく。神加に残された時間は残りわずかだった。




