事情聴取
「よし、大まかな事情は察したぞ」
拳を振るう鈍い音がしてから数分後、若干返り血を浴びながら小百合は康太たちの下に戻ってきていた。
小百合の拳部分に血が特に集中していたのを見てきっとたくさん殴ったんだろうなという事を察した康太と文は気の毒そうに魔術師の方を見ていた。
「とりあえず話によると拉致していた人間はかなりの数に上るらしい。軽く五十人はいるそうだ。もうすでに協会には連絡してある。さっさと保護と対応をしてもらう」
「そんなに・・・それじゃあ大ごとになる一歩手前だったのかもしれませんね・・・」
「かもしれんな。どちらにしろここで止められたのは僥倖というべきか」
心にもないことを言っている小百合に康太と文は内心呆れていた。本当は車の借りを返したかっただけだろうと突っ込みたいところだがそんなことをしたらあの返り血の付いた拳が自分達めがけて振るわれることになるかもしれない。それはさすがに遠慮したかった。
「それで、あいつが師匠を狙った理由は?」
「それが妙でな・・・私は覚えていないというのにあいつは私のことを知っていたらしい・・・まったくどこであったのか私も知りたいところだ」
その言葉に康太と文は今回の事態に発展したその理由を理解した。要するに小百合が気付かないうちにいつの間にか敵を作っていたという事だ。
本当に今回は小百合の一件に巻き込まれただけなのだなと康太も文もため息をついてしまう。
「あいつはこの後どうなるんですか?」
視線を向けた先には真理によって未だに水攻めを受けている魔術師の姿がある。徹底的に弱らせるためには相手への攻撃を止めてはいけない、回復させてはいけないというのはわかる。だが文はそれを見てもういいんじゃないかとさえ思えてしまうのだ。
「協会の人間に引き渡せば今回の件は終了だ。あいつは多分協会の人間に尋問を受けることになるだろうな・・・一般人を大量に使っていたんだ、恐らく相当重い罰を受けさせられるだろう」
「・・・それって・・・最悪死刑とかそう言う事ですか?」
「そこまではいかん。そもそも殺したら殺したで後々面倒だからな。この場合はそうだな・・・体に術式を埋め込まれると言えばわかりやすいか?」
体に術式を埋め込まれる。康太はその行動の意味を理解していた。というか昔やられたことがあるのだ。康太の舌にかつて埋め込まれていた術式。方陣術。あれが発動するところは結局見れなかったが、あれと似たようなものかもしれない。
「あぁなるほど、魔力を練れないようにするってことですね?」
「そう言う事だ。魔術師として生きることができなくすると言ったほうが正確だな」
「方陣術ってそんなこともできるんですか?」
「難しくはない、なにせ方陣術はその陣に特定の魔力を流し込んで条件さえそろえば勝手に発動するからな。条件さえ決めてしまえば魔力を練れないようにするのは簡単だ」
「まぁ体に直接術式埋め込むってかなり危険だけどね。もし何らかのはずみで術式が壊れたら直接体に影響があるわけだし」
文の説明に康太は小百合の方を凝視する。あって最初にやられたのが自己紹介と舌に方陣術を埋め込む作業だった。
もし文のいうようなことが起きていたとしたら自分の体、特に舌が無くなっていたかもしれない。相変わらず知らないうちに死ぬような目にあわされていたという事実を突き付けられるのは慣れないものだ。
「とにかくあいつの今後に関して私たちがどうこうすることはもうない。もう十分八つ当たりはした。あとは協会が勝手に何とかするだろう」
「せめてオブラートに包んでくださいよ・・・八つ当たりとかめっちゃ私怨混じってるじゃないですか」
「というか今回の場合師匠の私怨オンリーだったような気もするけどな・・・」
康太のいうように今回小百合がこの件に関わろうとした、というかこの魔術師を叩き潰そうとしたのは自分の車を汚されたからという理由だ。
そう考えると私怨が混じるというより私怨しかないという表現の方が的確だろう。
このような態度が小百合のデフォルトなのだ。これでは敵が増えるのも仕方のないことだと思わざるを得ない。
「ていうかこの辺り一帯どうしましょうか・・・?かなり派手にやっちゃったんですけど・・・」
「そのあたりも協会が何とかするだろう・・・お前にしては随分と派手にやらかしたな。いい傾向だ」
「これっていい傾向なんですか?」
今回康太が戦った中で被害を出したのは車一つに樹木一つ。今までの被害の中では最も大きくなおかつ目立つものだ。
特に車に関しては鉄球による損傷がかなり大きい。火災になっていないのは不幸中の幸いだっただろうがあのまま放置しておくと流石に目立つかもしれない。
早いところ魔術協会の人間が来てくれないといろいろと面倒なことになるだろう。
「・・・ていうかクラリスさん・・・ビーの教育方針変えたほうがいいと思いますよ・・・?」
「ん?なぜだ?非常にいい方向に行っていると思うが?」
「どこがですか・・・あんなの見ても平然としているなんておかしいですよ。ビーは二月までただの一般人だったんでしょう?」
あんなのというのは延々と水攻めを受けさせられている哀れな魔術師の事だ。その表情もそうだが体にも大きな傷が目立つ。確かに二月までただの一般人だった康太が見るにはいささか刺激が強いように見える。
実際文だってやや視線を逸らせたいのだ。普通なら顔を背けるレベルの状態であるのに康太はそんなそぶりが全くない。図太いというかなんというか、普通ではなくなってきているのは確かだ。