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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
一話「幸か不幸か」
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彼の行く末

「あの師匠・・・なんかアドバイスないですか?」


「アドバイス?」


「はい・・・感覚はつかめたんですけど・・・どうやって操ればいいのか・・・」


康太の言葉に小百合は自分の時のことを思い出しているのだろうか、口元に手を当ててどうしたものだろうなと悩み始めていた。


この修業はいわば魔術師になる第一歩の重要なものだ、変な癖をつけるわけにもいかないなと小百合はかなり本気で考えているようだった。傍から見てもその悩みっぷりがわかるほどである。


「そうだな・・・今お前が覚えた感覚というのはどういうものだ?言ってみろ」


「えっと・・・なんか体の・・・血管とか神経とか、そう言うものに熱い液体を無理やり流し込まれてるみたいな・・・そんな感じがしました」


この感覚はゲヘルの釜によって人間がもつ魔術師として必要な機能を強制的に動かしたことで得たものだ。つまりあくまでこれはマナを取り込み、魔力に変え、魔力を放出するという感覚でしかない。


今問題なのはそれを操ることだ。その為にどのようにすればいいのか康太は行き詰っているのである。


「それなら少しずつでいい、その感覚を鮮明にしていけ。実際にはどのような液体が流れているか、どこに向けて流れているか、そしてその液体はどこから来ているのか。それを頭の中で思い浮かべろ」


「思い浮かべるだけでいいんですか?」


「まずはそこから始めろという事だ。何も最初からできるとは思っていない。少しずつでいいからやってみろ」


初めてやったものを最初からできる人間などいない。最初は誰だって失敗するものだ。小百合は康太に成果を急がせなかった。


まずは一歩一歩、確実に確認していく必要があるのだ。


魔力の生成と操作というのは魔術師にとって最低限必要なことでもあり、同時に魔術師になってからもっとも行う事柄でもある。


つまりこれを修得するという事は魔術師としての道程の第一歩を踏み出すことでもある。


第一歩からつまずくなどという事はよくあることだ。だがその一歩を踏み出してしまえばあとは歩き続けるだけ。


その一歩をどれだけ早く踏み出せるのか、小百合が見ているのはそこだった。


小百合のアドバイスを受け、康太はもう一度釜の中の湯に手を浸けていた。


自分の体の中に何か異物が入っていく感覚が走っていく。感覚が最も多いのは右腕の部分だ。右手を釜に入れているからだろうか、魔術師としての三つの機能は右腕だけが作用しているような状態であるらしい。


だが圧迫感が最も強いのは右腕でも、徐々にそれは体の中心へと向かっているように思えた。


康太はとりあえず言われた通りイメージを鮮明にしていくことにした。


この圧迫感のある熱い液体が流し込まれているようなイメージをどんどん明確なものへと変えていく。


まずはわかりやすい流れの向きから確認することにする。まるで血液の流れに逆らわずに血管の中を通っているような感覚だ。脳から伝達される信号を阻害することなく神経を伝っているようなそんな感覚。


全身に行き渡るために最も都合がよく、効率がいい流れになっている気がする。

どのような液体が流されているのかというところを考えようとすると、やはり熱い液体という印象が強い。自分が手を突っ込んでいるのが湯であるからそう感じるのかもしれない。


だが風呂の湯より少し熱い気がする。火傷をするほどではないが、長時間浸かっていると湯あたりしてしまうような熱さだ。


そしてこの液体のような感覚が一体どこから来ているのか。


始まりは皮膚からだ。という事はこの感覚の始まりは皮膚であり、そこから体内へと移動していっている。


そうやって熱い液体の流れを追っていると、体の奥で徐々にではあるがその熱い液体が冷めていくような感覚を覚える。


まるで体温そのものになじんでいるかのような感覚だ。無理のない、自分の体温そのものに、体そのものに変わっているような感覚がする。


そして外気にさらされ、その温度は外へと逃げていく。温度は冷めているのに唐突に気体になって放出されているような不思議な喪失感を覚えた。


徐々に徐々にその感覚を明確にしていく中、小百合は康太の手を取って釜の中から引き揚げさせた。


「イメージはできているな、目を閉じてそのイメージを頭の中で思い浮かべろ。最初は右腕だけでいい、できるなら全身で同じことが起こっているようなイメージを頭の中で作り出せ」


小百合の言葉通り、康太は目を閉じてゆっくりと先程作り上げたイメージを頭の中に思い浮かべる。


今自分は湯に体を浸けていない、つまり熱い湯のイメージから始めなければいけないだろう。魔力の生成に必要なマナは大気中にも存在するという。つまり今自分は先程思い浮かべた熱い湯に常に浸かっているようなものなのだ。


全身が湯の中にいるようなイメージを思い浮かべ、まるで皮膚呼吸のようにそれらを取り込んでいく。


そして皮膚から体内へとしみこんだ熱い液体を血管や神経を通して体の奥へ、奥へと移動させていく。移動させながら熱を冷まし、自分の体と一体化させ、気体に変えてから体の外へ。


一連のイメージを形にしていく中、小百合は康太の動向に注意し続けていた。


釜に手を浸け、イメージを反芻し、釜から手を抜いた状態でイメージを形にしていく。


そんな行動を一体どれくらい繰り返しただろうか、釜から手を抜いた状態でイメージを頭の中に浮かべていくと、体に違和感が生じる。


いや、違和感というのは少し語弊がある。自分が思い浮かべたイメージがまるで体に実際に起こっているような、頭の中と体が一致しているような感覚がするのだ。


頭の中にあった感覚が徐々に体全体に行き渡っていく。自分の認識と意識が重なっていく。やがてそれが自分が起こしていることだというのがわかると康太は目を開けていた。


「・・・三時間と二十八分か・・・思ったよりずっと早かったな」


「・・・えっと・・・うまくできてるん・・・ですか?」


「まだ不安定、なおかつコントロールもうまくできていないだろうが、最初はそんなものだ。だがお前は自分で既に魔力を生成し始めている。大したものだ」


まさか今日の内にできるとは思っていなかったと、小百合自身康太の物覚えの速さに驚いているようだった。


本当ならもっと時間をかけて覚えさせるつもりだったのだろうか、予想より数段速く康太が魔力の生成を身に付けたことで小百合は満足そうに笑っている。


「えと・・・じゃあこれで魔術の習得に進めるんですか?」


「バカか、お前はまだ魔力の生成をようやくできるようになったばかりだぞ。しかもたどたどしい。もっと手際よく、なおかつどのような状況においてもできるくらいになるまでは魔術は教えられん」


覚えが早いという事でほめられたかと思えばバカにされてしまった。確かに小百合の言う通りだ。魔術に必要な魔力を何時でも作れるようにしておかなければ魔術師にはなることはできないだろう。


満足に息継ぎもできない人間が水泳の大会に出られるわけもないように、まずは基礎を固める必要があるのだ。


しっかりと魔術を修得するには、まず魔力の生成を万全にしなければならないという事である。


「体の感覚はまだ残っているな?」


「はい、まだ行けます」


「よし。まずはお前の貯蔵庫を満タンにするところまでやってみろ。たぶん満タンになるときに何かしらの感覚の変化があるはずだ。それまで魔力の放出はするな」


小百合の言う通り康太は目を閉じて再びマナを取り込み始めた。


皮膚から血管や神経を介して体内へ。奥へ奥へと徐々に熱を冷ましながら運んでいく。


そしてその体内に満ちたものを体の中で保持する。体外へと逃げるのを押しとどめ、体のどこかに貯めておかなければならない。


どこがいいだろうかと考えた時に、一番イメージしやすかったのは心臓だった。


血液などが必ず通る体の中心と言ってもいい場所。康太はそこに魔力を蓄えるイメージを作り出していった。


心臓に魔力を蓄え、その間にも皮膚からどんどんとマナを取り込んでいく。どれくらい時間が経っただろうか、徹底的にマナを取り込んでいくと唐突に体に変調が起こる。


体の内側から何かが湧き上がっていくような、いや喉の奥から何かが無理矢理出てこようとするような嘔吐感が襲い掛かったのだ。


唐突な感覚の変化に康太はすぐに頭の中のイメージを消して口元を手で抑える。


「・・・五十分弱か・・・案外長いな・・・」


「う・・・ぇ・・・?」


「お前の魔力の装填にかかる時間だ・・・これは少し予想外だった」


魔力の装填、魔力の補充に五十分もかかったのかと康太は吐き気を何とか抑えようと体を動かしている。だが一向に吐き気は収まらない。


「あの・・・すっごい気持ち悪いんですけど・・・」


「魔力を放出しろ、貯蔵庫以上に魔力を溜めようとした反動がきているんだ。しっかりと魔力を放出するイメージを思い浮かべろ」


小百合の言う通り、とりあえず頭の中でイメージを固めていく。体の中にある液体はすでに自分の体温と同じ気体へと変化している。それを徐々に外気へと放出していく。


そのイメージを固めて反芻していくと数秒してすぐに吐き気は無くなっていった。


「お前の場合、供給口は小さく魔力の補充に時間はかかるが、放出口が大きいからすぐに楽になっただろう?」


「えぇ・・・これが俺の特性みたいなものなんですか?」


「あぁそうだ・・・とはいえまさか一時間近くかかるとは思っていなかった・・・魔術師としては欠陥品だな」


欠陥品と言われ康太は若干傷ついていた。素質がC-と言われた時点でそこまで優秀な部類ではないとは思っていたが、欠陥品とまで言われるとは思っていなかった。


だがそうなってくると優秀な部類とはどういうものなのだろうかと気になってしまう。


「あの、普通の魔術師ならどれくらいで魔力を補給できるんですか?」


「普通の魔術師なら一分もかからん。優秀な魔術師なら五秒弱で補給できる。お前は貯蔵庫と放出口が優秀な代わりに供給口が圧倒的なまでにポンコツだ」


欠陥品の次はポンコツ。まさかここまでこき下ろされることになるとは思っていなかっただけに康太は項垂れてしまう。


そんな様子の康太を見て小百合は薄く笑っていた。


「だがそれでこそだ。それでこそ私の弟子にふさわしい。いいか、素質というのはあくまで魔術を扱う上での目安でしかない。魔術を上手く扱えるかどうかは当人の努力とセンスにかかっている。そう言う意味ではお前はまだ優秀な部類だ」


「・・・はぁ・・・褒められてるんだか・・・貶されてるんだか・・・よくわかりませんね」


今にわかるさと小百合は言いながら康太の頭を撫でてくる。中学三年にもなって頭を撫でられることになるとはと康太は少し恥ずかしくなっていた。







その日の夜、康太は自分の家で再び魔力装填の修業を行っていた。


あの後の検査も含めて魔力の補給や放出の訓練を行った結果、康太が空っぽの状態から魔力を満タンになるまで補充するのに必要な時間は五十六分と三十二秒ということがわかった。


小百合曰く欠陥品、なおかつポンコツの結果らしい。だがそれでも彼女は満足なようだった。


何故それでもいいのか、それでこそなのかは康太にはわからなかった。


何故自分の部屋で魔力装填の修行をしているかというと、これから一週間、徹底的に魔力装填の修業を行うように小百合に宿題を出されたのだ。


起きた時にすぐに魔力を空にして再び満タンにするまで魔力を溜めていく。満タンになったらまた空にしてまた溜める。それを延々と繰り返すようにと。


家にいる時も、学校に通っている間も、授業を受けている時も、風呂に入っている時も、どんな時でも魔力を操ることを忘れないようにとのことだった。


その間にも小百合の所に通う事を義務付けられ、その間にいろいろと魔術の知識を蓄えるという事だった。


とはいっても結局やることと言えばとにかく魔力を延々と溜めては放出するを繰り返すだけだ。しかも一回の装填に康太は五十分近くかかってしまうのだ。魔力を放出する時間よりも補充するために時間が必要になってくる。


この訓練をするコツは二通り。一つは変調が訪れるまで魔力を溜め、それ以上は絶対にマナを取り込まないこと。もう一つは魔力が空になる感覚を早めにおぼえる事。


以前ゲヘルの釜にいれられた際、めまいのような症状を覚えたことがあるが、小百合曰くそれは魔力が空になっても魔力を放出しようとしたために、自らの生命力を魔力に強引に変換している状態なのだとか。


生命力を魔力に変換するというのは魔術師の間でもそれなりに行われる緊急手段だというが、康太の場合放出口が大きすぎるために一度に大量の生命力を変換してしまいめまいを起こすのだという。


しかもそのまま変換し続ければ意識を失い、最悪死に至るらしい。


そうならないためにも、まずは魔力が空っぽになっている感覚を覚えることが先決らしい。


大事なのはイメージを固める事。自分の中にある魔力が空になる感覚を覚えることが最も重要なのだという。


そうなってくると浮かべるイメージは普通に水を溜めるためのタンクだろう。目盛りが刻まれていてパッと見でどれくらい溜まっているかがわかるタンクだ。

外部から取り込んだ熱い液体を冷ましながら体内に運び、そのタンクへと移して気体へと変える。


どんどん固まっていくイメージの中で何度目かわからない吐き気を覚え、康太はとりあえず魔力を放出していくことにした。


魔力を練るだけでも下手すれば死ぬ。それが魔術師としての小百合からの最初の教えだった。


魔術を扱うものが最初にぶつかる壁、それが魔力の扱いなのだという。


魔力の扱いは魔術の基礎でありもっとも重要な点でもある。それをおろそかにすれば一流どころか三流にもなれないというのが小百合の考えだった。


あんな無茶苦茶な行動をしているくせに考えは至極普通なんだなと思いながら康太はとにかく魔力の放出と補充を繰り返していた。


一回の補充に時間がかかるという事もあり、補給に関してはもはや別の作業をしながらでもできるような気がしてくる。


だが一週間はしっかりと集中するようにと徹底して釘を刺されているのだ。


魔術に必要な魔力は、大気中に存在するマナから作られる。


大気中に含まれるマナを体内に入れ、魔力に変えて貯め込み、それを放出する。

何度も何度も繰り返す中、いつの間にか自分が汗だくであることに気付いた。


もしかしたら体のよくわからないどこかの器官をずっと酷使し続けているのかもしれない。あるいはただ単に集中し続けていたからこそ汗をかいただけだろうか。


どちらにしてもこれほど汗をかくのは少々異常だ。


こういう異常な状態が起きると今までの日常からかけ離れた場所に自分がいるのだと実感してしまう。


妙なものを見て、妙な事故に巻き込まれそうになったかと思えば妙な人に脅されて、半ば強引に魔術師の弟子になってしまった。


今までの人生でこれほどハチャメチャで無茶苦茶な内容があっただろうか。


少なくとも康太の記憶にここまでの奇想天外な状況は存在しなかった。


だからこそだろうか、今まで勉強して部活をして友人と遊んで、そう言う事をしていた日常と違うところに踏み込んだことが少しだけ楽しく感じていた。


まるで漫画やアニメのような、魔法に近いような存在との会遇。だが決して魔法のような都合の良いものではないという魔術との出会い。


八篠康太十五歳性別男。


中学卒業間近。高校受験をすでに終了し、あとは中学の少しの時間を過ごすばかりのこの時期に、彼は魔術師に弟子入りした。


魔術師として明らかな欠陥を抱えた彼がそうなったきっかけは、偏に彼の運にある。


偶然彼は師匠である小百合の攻撃を避けてしまった。それも二度も。それがきっかけとなって彼は今魔術師としての道を歩み始めている。


それが果たして彼がもつ運がそうしたのかは不明である。運が良かったのか、それとも悪かったのか。それはまだわからない。


彼がもつものは強運か、それとも凶運か。


一つだけ確かなのは、少なくとも彼は『普通の人生』とは少し外れたところを歩き始めたという事だけである。


ブックマーク件数100件、200件突破したので三回分投稿


前作に加えて突破が早すぎる・・・!


これからもお楽しみいただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
[一言] 供給口2、貯蔵庫8、放出口7って比率はその通りでも、実際には供給口が2で一般レベルって線もあるのかな
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