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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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水の龍

水属性におけるトゥトゥは、もはや協会内でも右に出る者はいないほどの実力者になっている。


水に特化した術師。それは微細で緻密な操作も、膨大で強大な操作もすべて可能とする水の動かし方にある。


その一端を自分に伝授してくれたものの、まだ水の扱いを完璧にできているわけではないことは神加自身も理解していた。


だからこそ、神加はトゥトゥとは戦いたくなかった。


「トゥトゥさん!やめてください!」


「防戦一方か?ならさっさと止まれ。痛くないように気絶させてやるから」


「シノ!このままじゃ!」


「わかってる!」


詩織の危惧通り、周囲は水で満ちてきている。このままではトゥトゥの戦いやすい環境が出来上がるばかりで、神加たちが不利になるのは明確だった。


このままやられれば、依頼は失敗となる。やられたという大義名分があれば、確かに支部長に対する圧力や罰も弱くなるかもしれない。


だがこのまま黙ってやられるほど、神加も詩織も物分かりが良くない。


何よりトゥトゥは何かを理解したようだった。何かを理解して、康太がいるこの先に行かせないようにしているように見える。


それを理解するよりも早く離脱するなど、二人にはできなかった。


「トゥトゥさん、仕方ないんですね?」


「・・・あぁそうだ。仕方がないことだ。お前はここを通りたい。俺はここを通すわけにはいかない。それだけだ。シンプルだろ?」


確かに単純だ。だがその背景が、その理由が単純ではないのだ。


単純ではないからこそ、神加は、詩織はここを通らなければいけないと感じた。今この目の前の精霊術師は、神加たちが子供だからこそ守ろうとしているように思える。


余計な面倒ごとから遠ざけようとしているように思える。だがだからこそそんなことを許容できなかった。


「じゃあ・・・仕方ないですね・・・!」


襲い掛かる水を、神加は大量の炎で焼き尽くしていく。蒸発し、気化していくのを、同時に発動した風の魔術によって遠くにまき散らしながらさらに火力を上げていく。


「押し通らせてもらいます!怪我しても恨まないでくださいよ!」


「上等だ。かかってこい、二人とも」


トゥトゥはさらに大量の水を、神加は大量の炎を顕現して互いを止めようとする。


詩織はやや距離を取りながら、射撃系魔術を放ちトゥトゥを攻撃しようとするが、大量の水によってそれらはほとんどが無力化されてしまう。


徹底的に相性が悪い。そんなことを考えている中で、トゥトゥは何やら無線機で連絡を取り始めていた。


「そうだ、シノ・ティアモ、パッチー・アトリ。この両名を捕縛する。無駄に怪我をさせるなよ?そんなことをしたら隊長から何をされるかわからないからな」


その発言を聞いて、この場に部隊の人間が押し寄せてくるであろうことを予想した神加と詩織は寒気を感じていた。


連絡を即座に止めるべきだったのだ。この周りにいるのは部隊の人間。トゥトゥが戦闘を開始した時点で部隊の人間すべてが敵になることを想定しておくべきだったのだ。


もう遅い。だがまだ間に合う。


神加は即座に電撃を放ち、トゥトゥの持っている無線機を破壊しようとする。だがトゥトゥも当然防御しようと、水の盾を顕現させていた。


そして、その盾が顕現した瞬間、神加はトゥトゥの持っている無線機を遠隔動作の魔術で掴むと強引に奪い取り水の盾の中に放り投げた。


水の中に浸り、さらに神加の電撃によって無線機は完全に破壊されてしまっていた。これでこれ以上の通信は不可能になったということである。


「おい、これ結構高かったんだぞ」


「ごめんなさい、でもこれ以上連絡されるのは困るので」


そう言いながら神加は自らの体を包んでいるウィルを分離させる。


「ウィル、アトリについていって。万が一の場合はアトリを守るの」


神加が小さく『シャドウ』と唱えると、ウィルは先ほどまで神加が纏っていた鎧と同じ状態に変化する。


シャドウ。それはウィルを康太が使っていた時からの戦闘形態の一つだ。ウィル自ら動くことによって、一時的な分身となる。


当然魔術自体は使えないため戦闘能力はそこまで高くはないが、それでも十年以上、ウィルは戦いに身を置いていたのだ。


その戦闘における経験値は高い。


並の魔術師ならば攻略には苦労するだろう。


「アトリ!部隊の人間の目をごまかして!ウィルを連れて駆け回って囮になって!」


「了解、ここにいても役に立てなさそうだし・・・シノは大丈夫なの!?」


「・・・大丈夫・・・って言いたいけど・・・あの人相手だときついかも・・・最悪本気を出す」


「後始末が大変になるよ?」


「仕方ないわよ。あの人相手に手加減できるとは思わないもの」


神加はもう覚悟を決めていた。そしてその覚悟を感じ取ったのか、詩織はもはや何も言うまいと、ウィルの手を掴んで飛翔を始めていた。


「アトリ、一応アドバイスだ。囮になるなら、逃げ続けるだけではだめだ。適度に反撃して、相手に敵であると認識させて、意識を散らせろ」


「・・・ありがとうございます。そうさせてもらいます!」


詩織が高速でこの場を離れたことによって、この場所には神加とトゥトゥだけになる。


神加は炎を、トゥトゥは水をそれぞれ顕現させ、正面からの戦闘が始まっていた。


神加が最も得意とする属性は炎である。大量の炎を顕現すれば、当然少量の水ならば蒸発、多量の水だろうと時間をかければ問題なく蒸発しきることができる。


問題なのはその火力だ。熱量を高くすれば当然その分周囲への影響は大きなものになる。


つまり味方がいる状況ではあまり使えないのだ。


だがすでに詩織は囮として遠くへ逃がした。この場には自分とトゥトゥしかいない。それならば問題なく高出力の炎を出すことが可能だ。


しかし単純に水の塊とぶつかれば、いくら高熱の炎であろうと蒸発させきるのに時間がかかってしまう。

そこで神加は一つの手段を講じていた。


神加は自らの装備の中からいくつかの鉄球を取り出すとトゥトゥが展開している大量の水の中に投擲していく。


念動力によって操られた鉄球は水の中に突っ込んでいき、そして神加が合図をすると同時に爆散した。

そして細かくなった水の塊を神加の強力な炎が一気に蒸発させていく。


熱量の変化をしやすい細かい状態にしてから蒸発させる。単純ではあるが非常に適切な対応だ。


トゥトゥは仮面越しに舌打ちをしながら恨めしそうに神加を睨む。


「・・・兄妹そろって似たような術を使いやがって・・・」


「そりゃ同じ術ですから!あなたと真正面からやるつもりはありませんよ!」


「あぁ・・・そういうところもお前の兄貴にそっくりだよ」


神加が使ったのは康太も使っている熱蓄積と熱量転化の合わせ技である。水中の中で衝撃波を放った鉄球は大量にあった水を散り散りに爆散させた。


トゥトゥからすれば、康太との手合わせをしていた時に何度かやられた手だ。だが、康太ができたのはここまで。康太の素質では細かくはじけ飛んだ水を蒸発させきることはできなかった。


だが神加の素質ならば問題なく蒸発させきることが可能だ。もとより、素質面と才能面では康太よりも神加の方が数段優れているのだ。この結果は半ば当然というべきだろう。


「ちょっと考えを改める必要がありそうだな・・・ビーとベルを足して二で割ったような・・・いや、二で割らないような性質の魔術師か・・・くっそ、面倒くさいな」


トゥトゥは頭の中で神加の脅威度を大きく変更していた。自分が指導した幼い魔術師の面影は忘れたほうがいいだろうと、彼は過去一緒に水の術を発動させていたあの頃の神加を忘れ、今目の前にいるのが最悪にして最高の魔術師であると認識していた。


「このまま押し込んでやります!降参するなら早いうち、にっ!?」


爆散させた水でできた道を炎によってさらに広げ、勢いよく前進しようとした神加の眼前を、高速でうねる濁流が通り過ぎた。


それがいったいなんであるのか、神加はよく知っていた。


水龍。それはトゥトゥの代名詞でもある術だ。彼がもつ術の中で最も高威力かつ、最も速度の高い術でもある。


一種の切札でもあるそれを今切ってきた。それがどういう意味を持っているのか、わからない神加ではなかった。


「降参?バカなことを言うな。魔術師一人程度で俺に勝てると思っているなら考えが甘いぞ。伊達にあいつと一緒に戦い続けたわけじゃねえんだよ」


荒々しい言葉になると同時に、もう一つの水龍が神加めがけて襲い掛かる。高速で襲い掛かる水の流れを回避するのはそこまで難しくはない。だがこの攻撃のいやらしいところは回避する以外に対処する方法がないことなのだ。


水というのは流れ続けるもの。仮に障壁で防御しようと、防御した部分を避けるようにした水が別方向から襲い掛かる。


そしてこれだけの高速で動き回っている水は、仮に高熱量の炎をぶつけたところで意味がない。その炎を突き破るように襲い掛かってくるのだ。


焼け石に水、というのはまた意味が違うのだが似たようなものだ。津波を蒸発させるのにアルコールランプを使ったところで意味がないのと同じ、圧倒的に炎そのもののに熱量と速度が足りない。


常にあの水龍の動きと同じ程度の速度でまとわりつくような炎でもない限り、あの炎は消しきることはできない。


それが一つだけの水流であったのならば、きっと不可能ではないのだろう。


だが水龍はすでに二つある。互いにタイミングを変えて、時には同時に神加めがけて襲い掛かってきていた。


「どうした、逃げるだけか。威勢がいい割には随分と腰が引けた戦い方をするな」


「今は!作戦を!考えてるんです!」


水龍を回避しながら神加はどうしたものかと考えを巡らせる。回避は不可能ではない。神加が回避できるのは小百合の訓練によるものと、神加がトゥトゥに水の動かし方を習っているからというのが大きい。


どういう風に動かせば最も威力が出るか、どういう風に動かせば最も速度が出るか、どういう風に動かせば最も避けにくいか。


そういった考えを神加はすでに知っている。


だからこそ避けられるが避けにくいことには変わりない。


それもそのはずだ。トゥトゥはこの術によって多くの魔術師たちを倒してきたのだ。一朝一夕で敗れるようなものではない。


「じゃあそろそろおかわりといこうか。こんだけ避けられてちゃ話が先に進まないんでな」


そう言ってトゥトゥは手元に新しい水龍を作り出していた。三つ同時。さすがにこれを避けきる自信はないと神加はどうにかしなければと頭を悩ませていた。


どうすればいいのか、どうするべきなのか。


そう考えた時に、神加は目を閉じてからため息をつく。


本気を出すしかないと、神加はあきらめた。


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