彼女の得意分野
「仲間を紹介するよ、右からノー・コーウッド、チョウ・ロー、ワン・マッツ、マット・ドゥだ」
それぞれ紹介されるたびに会釈するが、それぞれは口を開こうとはしなかった。
索敵によって神加は軽く調べてみると、日本人ではないような白人の人種もいることがわかる。
多国籍の本部の部隊のものではないかと神加と詩織は考えていた。
その考えはおおよそ当たっている。唯一日本語を話すことができるキハムが対応しているからまだよいが、それ以外の者が連携をとることができるとは思えなかった。
「初めまして、私はパッチー・アトリ。こっちのがシノ・ティアモです」
「よろしくお願いします」
相手が敵対行動をとる前から警戒しすぎるのは良くない。特に相手がこちらに警戒させまいとしている段階で敵であると見抜いていることを気づかれてはいけない。
相手に不意打ちをさせるにしろ、不意を打つにしろ、今の段階では騙されたままでいる方がよいだろうということは神加も詩織も理解できていた。
味方であるはずがない。というか味方だとは思えない。現段階では仕掛けるつもりはないようだが、どこかのタイミングで必ず攻撃を仕掛けてくるであろうことは容易に想像できた。
「それで支部長、そろそろ行動を開始したいんですけど」
「予定の時刻よりはだいぶ早いけど・・・まぁ早めに行って待っていたほうがいいのかもしれないね」
「えぇ、なんかあった時に間に合うように。現地への移動は門を使って、そのあとは飛んでいこうと思います」
「了解したよ。彼らが飛べるかどうかは・・・」
「問題ないですよ。しっかりついていきます」
スロウの言葉に神加と詩織は目を細める。ついてこられるだけの魔術を有しているということなのだろうが、わずかに詩織が対抗心を燃やしているような感じが神加には感じ取れた。
「じゃあ行きましょうか。はぐれても気づかなかったらごめんなさい」
「アトリ、あんまり飛ばさないでよ?あたしだってついていくの大変なんだから」
そう言いながら二人が支部長室を出るのに続いてスロウたちも後に続いていった。
支部長室から出て後を突いてくる六人に気を配りながら、神加は小さな声で詩織に話しかける。
「あんた振り切るつもり?たぶんだけど、あの人たち本部の魔術師っぽいわよ?」
「関係ない関係ない。ついてこられないなら所詮そこまで。足手まといにしかならないからちょうどいいんじゃない?敵は減らしておいたほうがいいでしょ」
「あとで何言われるか・・・まぁ囮扱いできれば最高なんだけどね」
「敵がどんなタイプかもわからないしね、慎重に行ったほうがいいとは思うけど・・・悪いけど頑張ってついてきてね」
「頑張るけど、あんまり速すぎると本気出さなきゃいけなくなるじゃん。っていうか門からそこまではなれてないよ?」
「いいのいいの。とりあえず全力で移動して敵の存在を確認したい。早いうちに話をつけたほうが楽でしょ?」
「かもね。わかった。頑張るからさっさと行こう」
門をくぐり、現地に移動した時点で神加と詩織はとりあえず周囲を確認していく。
少なくとも現時点では周辺に魔術師の存在は確認できない。ここから移動した先におそらく何かがいるのだろう。
だが現時点ではそれを知る由もなかった。
周辺は比較的平地が続いており、目的地に至るにつれて丘や山が増えているような形になっている。地図と現地の状況と方角を確認して、詩織は地面に矢印を欠いてその方向を向くと軽く準備運動を始めていた。
「それじゃあ移動を開始しますけど・・・スロウさん、ちゃんとついてきてくださいね。ついてこられなかったら置いていっちゃいますから」
詩織のなかなか挑発的な言葉に、スロウは笑いながら大げさに手を振る。
「大丈夫、君たちにしっかりついていくから。そのくらいのことはできると思うよ?」
「ならいいですけど・・・シノ、細かい場所は移動しながら教えてね」
「速度を落とすつもりはないってことね・・・わかったわかった。イヤホンついてる?外れないように注意してよ?」
「わかってるって。これないと話もできないもんね」
神加はウィルの鎧を若干変化させ、流線型にしていく。速度が重視されるために空気抵抗も馬鹿にならないのだ。
特に詩織の速度についていくとなると、神加も相当に頑張らなければ置いていかれる可能性が高い。
「温度よし湿度よし方角よし周辺よし、風速三メートル北風影響軽微、装備各種点検異常なし、いつでも行けるよ。シノ、カウントダウンする?」
「要らないでしょ。さっさと行きましょ」
「了解。それじゃ行こっか!」
大きく体をのけぞらせ、最後の準備運動を終えると詩織は屈みこみ、何やら力をためるようなポーズをとる。
次の瞬間、詩織の姿がその場から消える。同時に周囲に強い風が巻き起こった。
そしてそれに続くように神加もまた炎を噴出させながら上空めがけて急上昇して行く。周囲の一般人に見られることのないようにしっかりと隠匿しながら高速で移動を始めていた。
やや反応が遅れたスロウたちも急いで追おうとするが、詩織はそれを振り切るように、いや、意図的に振り切ろうと速度をかなり上げていた。
敵どころか味方さえも置いていきかねない速度。スロウたちが驚愕したのは言うまでもないだろう。




