再会と、ほんのすこしのサプライズ
「あ、こっちにいた。神加さん、詩織さん、来ましたよ」
階段を下りて地下にやってきたのは真理だった。神加に頼まれていた通り小百合とこの店の護衛ということでやってきたのだろう。
約束の時間まであと三十分ほどあるが、そのあたりは社会人特有というべきか。とにかくやってきてくれたことは素直に嬉しかった。
「姉さん、今日はすいません、無理を言ってしまって」
「構いませんよ。かわいい弟弟子のお願いを聞けるのですから。それに事情が事情です。この場所を大事にしてくれるのはとても嬉しいですよ」
真理は鎧姿の神加と戦闘準備を万全にした詩織を見て状況を大まか正確に理解したのだろう。
あらかじめ事情を聞いてはいたが、電話越しではそこまで緊急性があるように思えなかったこの状況も、この二人の状態を見ていると明らかに意識して戦闘を行おうとしている節がある。
なるほどなかなか面倒な状況になっているのだなと真理は納得していた。
「ちなみにこの場所の防衛は私と師匠だけですか?」
「いいえ、土御門の晴さんと明さんにもお願いをしています。協会側にあまり頼りすぎると・・・面倒なことになりかねないので」
「なるほど、良い判断ではありますが危険な手段ですね。最悪、協会と四法都連盟を巻き込んだ大きな抗争に発展する可能性もある一手です」
「えぇ、ですからここにあのお二人がいれば、協会の人間も易々とは手を出せないかと思いまして」
「・・・なかなかえげつない手を取りますね、良い傾向です」
もし仮に本部の人間、あるいはほかの支部の人間がこの場所を狙っていたとして、この場所に土御門の双子がいた場合どうなるか。
単に協会に所属している魔術師の拠点を攻めたということであれば何も問題もない。単なる魔術師同士の小競り合いで終わる可能性は高いが、その場所に外部の人間がいた場合話は変わってくる。
外部の人間に手を出せば、それは当然組織間の問題へと発展する。今まで穏便に築いてきた友好な関係を崩しかねない。
相手がどのような地位の人間かはわからないが、少なくともこの場所に手を出しにくくするという意味では土御門の双子に頼んだのは最適解に近いといえるだろう。
そして立場というだけの話ではなく、土御門の双子は戦闘能力も高い。万が一攻められても問題なく対処は可能だ。
「さすがにそれだけの人員がいれば多少は問題ないでしょう。私もひとつ頑張らせていただきますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
神加が深々と頭を下げる中、真理は優しくその頭をなでる。
「神加さん、気を付けてください。あなたたちの方が危ない気がするんです」
神加の装備を見てか、あるいは小百合と同じく何かの勘か、真理は神加の方を心配しているようだった。
「師匠にも言われました。私たちの手に余る敵がいると」
「・・・もし危なかったら呼んでください。すぐに駆け付けますよ」
小百合も同じような危惧を感じていたという事実に、真理はさらに神加への不安が強くなったのか、神加の肩を掴んでしっかりと目を見つめ、真剣な眼差しでそう告げていた。
小百合の勘は当たる。はっきり言ってそれは予知のレベルに至るほどの精度だ。
あくまで大まかな感覚でしかないうえに、知り得ることもかなり雑だ。だがその的中率はほぼ百パーセントに近い。
そんな小百合と、真理が感じ取った不安と神加への危険の予感。外れてほしいと思うところだが、ここまで何かがあると感じ取ってしまうと、それも無理だろうと悟ってしまうのである。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。いざとなったら、本気を出しますから」
「ですがそれは師匠に禁じられているはずでは・・・」
「逃げるために使うだけです。それくらいなら許してくれますよ」
神加の本気。それがいったい何を意味するのか真理は知っている。
かつて訓練中に本気を出した神加と戦ったことがある真理からすれば、その強さは理解できる。
あれはもはや天災だ。一人の魔術師が扱っていいレベルを大きく超えている。神加にはそれだけのポテンシャルがあるのだ。
だがそれを出すには、あまりにも神加の制御能力、処理能力が足りな過ぎるため小百合から使用禁止を言い含められているのだ。
とはいえ、命の危険に瀕している状態でそのようなことを言っていられるだけの余裕はない。
いざとなれば禁止を破ってでも、神加は本気を出すつもりだった。
「まぁ・・・それならば逃げることは可能でしょう・・・万が一の時は依頼よりも自分の命を最優先にするんですよ?依頼は失敗しても構わないんです」
「えっと・・・今回の依頼、一応支部長の首がかかってるそうなんですが・・・」
「それでもです。別に首になっても構いません。あの方なら支部長に再任されることでしょう。というかあの人以外にこの支部をまとめられる人が今のところいないんです。気にすることはありません」
人の進退をこんなにもあっさりと気にするなと言い放つ真理はやはり小百合の弟子なのだなと思ってしまう。
さすがは我が兄弟子と神加は苦笑してしまっていた。
「ちわーっす。来ましたよー」
「こんばんは。お邪魔します」
店の方から聞こえる声に、神加と真理と詩織は階段を駆け上がり居間の方までやってきていた。
そこにいたのは土御門晴と明だった。
小百合の店にはもはや通いなれているからか、勝手知ったる様子で居間の方に上がっていた。
丁寧に整えられた靴と、魔術師として必要な装備を身につけている二人は一流といえるだけの風格をすでに有しているように見えた。
少なくとも神加にはこの二人がとても大人なように見えた。魔術師の外套の下に着こんでいる服装も大人びており、自分たちと比べると数段は上等なものであるということがわかる。
「晴さん、明さん、来てくれてありがとうございます」
「なんの、小百合さんのピンチとあれば駆けつけないのは嘘ってものだからな。まぁあの人がピンチになるところは想像できないけど」
「なんにせよ、困っているなら助けたいっていうのはあるわ。神加ちゃんの頼みならいくらでも駆けつけるわよ」
晴と明が神加に対して胸を張る中、晴と明の姿を見た真理は久しぶりの土御門の双子の姿に微笑む。
「お二人ともまた少し逞しくなりましたね。見違えましたよ?」
「真理さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「いえいえ、私などはどんどんと自分の体が老いているのを感じていますよ。皆さんのように若い方には負けます」
真理もそこまで歳をとっているというわけではないのだが、やはり未だ二十代の二人を前にするとそう感じてしまうのかもしれない。
そういう皮肉のつもりなのかどうかはわからないが、どちらにせよ真理からすれば嬉しい再会のようだった。
「なんだ・・・こいつらまで。何かあるのか?」
なんの事情も知らない小百合が居間に上がってきたことで、この場の緊張感が若干上がるが、それでもまず土御門の二人は挨拶を優先させた。
「お久しぶりです小百合さん。この土御門晴、少し用事がありまして立ち寄らせていただきました。お元気そうで何よりです」
「お久しぶりです小百合さん。この土御門明、この辺りにやってくる用事があったので立ち寄らせていただきました。お元気そうで何よりです」
似通った双子ならではの挨拶に小百合は辟易しながら、とりあえずいつも通りちゃぶ台の前に座り込む。そして神加は即座に茶を淹れ、全員に配っていった。
「お前たちもずいぶんと老けたな。もう二十代半ばだったか?」
「はい。社会人としてはまだまだ未熟ですが、魔術師としてはようやく一端になれたんじゃないかと自負しています」
「それは何より。明の姓はまだ土御門か・・・いつ嫁ぐ?」
「今のところまだ相手が・・・このままだとまずいかなってちょっと悩んでます。晴はもう結婚したんですけどね・・・」
「そうです聞いてくださいよ!実はつい先日病院で子供ができたってわかったんです!」
「本当ですか!すごいじゃないですか!お祝いしなきゃ」
「まだ男の子か女の子はわかりませんか?」
「さすがにできたばかりなので。三週間だそうです」
「それは本当にめでたいですね。今度土御門にお祝いをもっていきましょう」
まさかのサプライズにはしゃぎながらも、その光景を眺める小百合は目を細めてわずかに笑っているように見えた。
自分を取り囲む若い世代がはしゃいでいるのを見て思うところがあったのか、それはわからないが少なくともこの空間が気に食わないということはないようで、何も言わずに茶をすすり、その光景を眺めていた。
「晴さんのお子さんだとすごい子になりそうですね・・・才能とか継いでたらすごいことになりますよ」
「それは高望みしすぎだって。魔術師になれるかどうかもわからない。けど・・・正直子供には魔術師にはなってほしくないなって思っちゃうんだよなぁ・・・」
自分自身が魔術師として生きてきたからか、その世界の狭さも、その息苦しさも知っている晴としては、子供にはそういった血生臭い世界を見せずにのびのびと過ごしてほしいと考えているようだった。
まだ生まれる前から気の早いことだと全員が思うが、誰もその考えを否定することはなかった。
その考えが正しいということも、親としては当然の考えであるということも理解しているがゆえの反応だろう。
少なくとも、この場にいる全員が魔術に関する血生臭いことを経験している。いずれ生まれるかもしれない自分の子供にそんな経験をさせたいかと言われれば、ほとんどのものが否と答えるだろう。
「名前は?名前はどうするんですか?」
「はは・・・どうしようかな。っていうかうちの親戚連中も名付け親になりたいって結構言ってきててさ、俺がつけられるかもわからないんだよ」
土御門という大きな家となればそういったところはかなりしがらみがあるだろう。だがそのしがらみも晴は悪いものではないと思っているようだった。
苦笑しながらも、その顔からはうれしさがにじみ出ている。




