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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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拷問 合流

一体どれだけ真理による責め苦が続いただろうか。もはや魔術師は息をするのも苦しそうな状況である。


康太は一連の動作を見ながら一つ一つの動作に感動していた。相手の状況をよく確認して一つ一つの動作で相手を誘導し自分の思い通りにコントロールする。


ここまで精密な意識の誘導ができるというのはさすがというほかに表現の仕方が思い浮かばなかった。それほどの技術であるというのが理解できたのである。


最初の一手からすでに真理は相手をコントロールしていた。風を作り出して周囲の木々を揺らすことでまずは聴覚を誘導する。そして周囲の風に紛れて火の球を形成することで相手の視線と意識を誘導する。


こうすることで相手はこれから炎による攻撃がやってくるだろうと身構えた。その体を使って回避するところまで見せたがその時点でもう遅かった。


真理は土属性の魔術を用いて足を固定させた。もうこうなってしまえば相手は身動きも取れない。魔術での攻撃を行い真理を怯ませようとしたがそれもすでに読んでいた彼女は相手の集中を削ぐ作業に移った。


そして相手の集中を阻害した後四肢の動きを潰し、今度はその意識を刈り取りに来た。いや正確に言えば戦おうとする意志そのものを削り取りに行ったという方が正しい。


なにせ延々と繰り返される苦痛、そしていつまで続くかもわからないような淡々とした真理の声。この二つは魔術師の心を折るには十分すぎた。


すでに魔術師は完全に脱力してしまっている。魔力を練るのもやめて考える事すら放棄しているかのようだ。


「いいですか?このような状態にして初めて私たちは勝利する一歩手前に立てるのです。これくらい追い詰めるまでは危険に身をさらしてはいけませんよ?」


「は・・・はい・・・わかりました」


延々と繰り返された拷問に近いそれを見ているうちに康太はすでにだいぶ回復していた。


魔力はまだ完全には戻っていないが体はまともに動くようになってきている。つまりそれだけの長い間真理は徹底的に相手を苛め抜いたのである。


真理は交戦する前に叩き潰すという表現を使った。師匠である小百合も、そしてその弟子である康太もよく使う表現だ。この表現は気に入っているし実際その通りにできればいいなと思うばかりだが、真理のこの一連の動作はややその表現どおりではないように思える。


叩き潰すではなく磨り潰すと言ったほうが正確なような気がするのだ。


徹底的に相手を追い詰め弱らせ、体だけではなく精神まで摩耗させていくさまはまさに磨り潰すという表現が似合っている。


やはり彼女もまた小百合の弟子なのだなと理解した康太は真理に向けて尊敬のまなざしを向けていた。


「すごいですね姉さん、相手を完封したじゃないですか」


「ふふ・・・ビーがしっかり弱らせておいてくれたおかげですよ。相手の体だけではなくちゃんと精神も摩耗させてくれていたおかげで随分楽ができました」


さすが私の弟弟子ですと、真理は自分より背の高い康太の頭を撫でようと僅かに背伸びして手を伸ばす。


康太も撫でられること自体は嫌いではないのか、やや身を屈めてされるがままになっていた。


「でもすごいですよね、完全に相手の動きを先読みしてましたけど・・・あれどうやるんですか?」


「ビーも経験を積めばできるようになりますよ。まだできないのは当たり前です。まずは相手の体のどの部位を優先して攻撃するべきかを学ぶべきですね」


「はい!まずは足ですかね?」


「そうですね、人間にとって足を潰されることは移動を封じられるのと同じことです。もっとも効果的なのは膝を破壊することですね。そうすることでまともに立つことも難しくなりますから」


淡々と破壊するべき部位を述べる真理に対して康太はそれを興味深そうに聞いていた。


実際自分にはまだ相手の動きを先読みして魔術を発動するなどという芸当はできそうにない。


何より先読みしたところでどのような魔術を使えばいいのか全く分からないのだ。


相手が移動しようとしているならまだ偏差射撃のように攻撃すればいいが、魔術を発動しようとしていた場合はっきり言ってできることなどないに等しい。


真理のように相手の集中を乱すことができる魔術があれば良いのだろうが、康太にはそんな魔術は今のところない。


その為康太がまず学ぶべきなのは破壊する部位の優先順位だ。


部位破壊などのあるゲームでよくある話だが、ある程度早いうちに破壊しておくと後々楽になる部位というのは総じて存在する。


魔術師の戦いではそれは足なのだ。


移動するにしても立ち上がるにしても、足を負傷しているとその場から動くことができなくなる。かろうじて動くことができたとしてもその動きは普段のそれに比べると非常に緩慢なものになるだろう。


まともな機動力がないのであれば魔術で狙い撃ちするくらいは訳ないのだ。


「今回戦ってみて相手が足を守っているというのはかなり理解できたのではないですか?当てるのが難しかったでしょう?」


「はい、急所と足だけはとにかく守ろうとしてて、後半になってようやく当てられたんです」


「それだけ脚部の重要度は高いという事です。中には足がなくとも自由に動ける魔術師もいますがとりあえず潰しておいて損はありません。これからの訓練では相手の足への攻撃を意識してやってみましょうね」


「はい!頑張ります!」


近くでグロッキー状態になっている魔術師を前にのんきにこれからの訓練の内容を話している二人に小百合と文が追いつくまであと十分程度かかりそうだった。


「・・・うわぁ・・・何やってんのよ・・・」


小百合が車を修理して康太たちの位置情報のある場所にやってくると、同行していた文は思わずそんな言葉を吐き出してしまっていた。


仮面をつけているためにその表情は見えないが、見えなくても明らかに彼女が眉間にしわを寄せているのがわかるほどの声音だった。


「なにって・・・反省会?」

「今回の戦いに関しての反省点をまとめているところですよ。ベルさんもやりますか?」


「私には拷問してるようにしか見えないんだけど」


康太と真理は十字架の土の拘束具に繋がれている魔術師のそばでここを攻撃すればよかったとかどのような攻撃をすればよかったとかを延々と話し合っていた。


そしてその間にも魔術師の呼吸をまともにさせないように定期的に水の魔術を発動したり適度に体にダメージを与えたりと真理のフォローには一分の隙もない。


文が拷問しているように見えたのも無理のない光景である。


「成果は上々だったらしいな・・・ビーが多少負傷したくらいか?」


「えぇ・・・ちょっと火傷と打撲を・・・」


「もうすでに大体治してありますよ。火傷に関しては少々範囲が広いので戻ってからちゃんと治しますが」


相手の水蒸気の攻撃で康太は僅かにやけどを負っていた。その火傷はそこまで重大なものではないにせよその範囲が広く一度に治すことができなかったのだ。


一度に広範囲の火傷を一気に治すというのはいろいろと面倒なのだ。と言っても別荘に戻って一日二日もすれば真理の実力なら完全に治せてしまうが。


「さて・・・では私はこいつにいろいろと話を聞くことにしよう。ビーはライリーベルと一緒に離れていろ。大人の話し合いをしなけりゃいかん」


仮面をつけているというのにその表情が満面の笑みであるという事をその場にいる全員が理解することができる。


なにせ彼女は握り拳を作りながら楽しそうな声を出しているのだ。これから相手をいたぶる気満々といった感じである。


「師匠、一応言っておきますけど殺しちゃだめですからね?」


「わかっている・・・お前こそ今回は随分と念入りに弱らせたじゃないか。何か思うところでもあったか?」


「いえ・・・その・・・ちょっと腹が立ちまして・・・」


真理が腹を立てた理由が康太がボロボロにされたというものだったというのは小百合も理解していないだろう。


だが真理がやる気を出してここまでやったのは珍しかったのか小百合としても不思議そうに憔悴している魔術師を眺めていた。


康太と文はそんな二人の様子を眺めながら徐々に距離をとっていた。


康太は持っていた槍を地面に突き刺してその場に座り込む。ある程度回復したとはいえダメージそのものはまだ残っているのだ。座りたいと思うのも仕方ないというものだろう。


「・・・ていうかビー、あんたあれ見て何にも思わないわけ?」


「あれって・・・あの魔術師か?」


「そうよ・・・あんだけボロボロなのに何でのんきに話してたのよ」


「えー・・・?だってあいつ敵だろ?敵に情けはかけない方がいいじゃんか。むしろあそこまでできる姉さんの手腕を気にするべきだろ」


康太の言葉に文は戦慄していた。


魔術師というのは基本的に敵の事はあまり気にかけない。死ななければそれでいい程度の気持ちで攻撃をするのが魔術師だ。いや人によっては殺しても構わないという風に攻撃する者もいるだろう。


それが魔術師として長く生きてきた人間ならまだこの考えをするのも分かる。だが康太は今年の二月から魔術師になったばかりの人間だ。魔術師としての考え方など持ち合わせていないような素人に等しい存在だ。


そんな彼が目の前で拷問に近い一方的な光景を見て何も感じず、むしろそれを行っている兄弟子の技術に見惚れていたなど、異常極まる。


康太が実際に直接対峙していて、相手に対するボルテージが溜まっていたからというのも理由の一つなのかもしれない。


対峙して攻撃し攻撃され、相手に恨みのようなものを抱えていたからこそ何も感じなかったのかもしれない。


だがそれでも、ただの一般人だった人間が数か月でここまで変化することに文は強い不安を覚えていた。


このままいったら康太がどうなってしまうのか、そしてどこまで異常になっていくのかが全く分からなかったのだ。


「それよりそっちはどうだったんだよ?随分こっち来るの時間かかってたけど」


「あー・・・それはまぁその・・・相手の魔術師にクラリスさんの車が止められちゃってね・・・あの人曰くエンジンに細工されたとか言ってたけど・・・」


「・・・あー・・・だからあの人妙に殺気立ってるのか・・・」


車を汚されただけであそこまでの怒りを燃やしていた。エンジンに細工をされて車を止められたという事は恐らく修復にもだいぶ時間がかかっただろう。


もしかしたら先程まで動いたのは応急修理かもしれない。彼女が殺気立っているという状況では可能な限り近づきたくなかった。


変に近づいて巻き添えを喰らうようなことはしたくない。


子育て中のクマに接近するようなものだ。はっきり言って危険以外の言葉が見当たらない。


あの魔術師も不憫だなと思いながら康太は大きく息を吐いていた。その溜息の数秒後に小百合の拳が魔術師の顔面をとらえることになる。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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