積み重ねた人徳
『なるほど、電話してきたのはそういうことか・・・随分と協会もごたごたしてるんだな』
深夜に近い時間帯だというのに、晴は何の問題もなく電話に出てくれていた。
土御門晴。日本における魔術協会以外に存在する魔術師の組織としては最大規模を誇る四法都連盟、その中核を担う四つの家である土御門家の中でトップクラスの実力を誇る魔術師だ。
かつて小百合や康太、真理に戦闘技能などを指導され、高い実力に加え現在もなお小百合達一族との交流がある。
時折兄妹である明と一緒に小百合の店にやってきて世間話や、土御門が卸している材料や商品の話をしに来たりする。
「はい・・・今回の依頼であたしたちは動くことができなくて・・・内部に頼むとたぶん妨害が入るかと思って、晴さんにお電話しました」
『それで俺に電話してきたってことか。いい考えじゃんか。だいぶ状況判断が的確になってきたな』
「ありがとうございます」
かつて神加は身内の依頼で晴と一緒に行動したこともある。当時はまだまだ未熟で晴にたくさん迷惑をかけたのを覚えている。
『でも気になるな・・・神加ちゃんや詩織ちゃんを連れ出す・・・ちなみにだけど、二人には誰か護衛はつくのか?』
「いいえ、味方っていう名目の敵がついてくるということになっています。なのであたしと詩織だけですね」
『そっちもそっちで危ないんじゃないか?二人が狙われてるっていう可能性だってあるだろ?』
「さすがにそれはないと思いますよ?相手は支部長に圧力をかけてきてます。そこまでするだけの理由があたしたちにあるとは思えません」
神加はあまり認識していないが、神加の才能、特性を考えれば理由がないとは言えない。
だがその理由に関しても知っている者はかなり限られる。神加の体質を知っている者はほとんど身内だけだ。そんな情報を誰かが知ることができるというのは考えにくかった。
そういうことを考えると、神加や詩織が直接狙われる可能性は低い。
『なるほど・・・最悪俺と明を二手に分けることも考えたけど・・・店の防衛に入ったほうがよさそうだな。っていうかこの話、八篠先輩・・・あー・・・康太先輩には伝えたのか?』
八篠先輩といってから、今は文も八篠という姓に変わっていることを思い出したからか、下の名前に呼び変える。
神加はまだこのことを康太に伝えていない。というか伝えるつもりは神加にはなかった。
「いえ・・・兄貴には・・・」
『伝えておいたほうがいいと思うぞ?あの人はすごい人だ。頼りになるし、場合によっては部隊を動かしてもらうことも考えておいたほうがいい。あの人の持ってる武力はかなり高いぞ?こういう状況なら間違いなく力になってくれる』
「それは・・・そうなん・・・ですけど・・・」
歯切れの悪い神加の言葉に、晴はどうしたのだろうかと電話の向こう側でいぶかしんでいると、唐突に神加の耳に届く形態にわずかにノイズが走る。
いや、ノイズというよりは口論というべきだろうか。
そしてその口論が終わったとたんに、受話器の向こう側から聞こえる声が変わる。
『もしもし神加ちゃん?明ですよ』
「あ、明さん。お世話になってます。神加です」
『なんか大変なことになってるんだって?話は何となく聞いてた。先輩に話をしない理由も、何となく察したよ』
「あ・・・ありがとう・・・ございます」
『晴はそういうとこ鈍いからね、乙女の悩みはわからないよね。気にしなくてもいいよ。うっさい!今神加ちゃんと話してるの!』
携帯を奪われたことを抗議しているのか、遠くから晴の声が聞こえてくるが、明はもう完全にこの携帯を自分のもののように扱うつもりのようだった。
そして悩み、というか康太に相談しない理由を何となく察されてしまった神加は非常に複雑な気分だった。
その背景を知っているからというのもあるだろう、その状態を理解されているからということもあって非常にむずがゆい感覚だった。
『でも神加ちゃん、本当に危なくなったら先輩を頼らないと危ないってこともわかってるよね?』
「・・・はい、わかってるつもりです」
『詩織ちゃんも神加ちゃんも普通に強いから、たいていの敵なら相手にもならないけど、それでも危ないってことは頭に入れておくこと。どうしようもなかったら言って。私からほんわかと先輩に伝えておくから』
「それは・・・はい・・・その時はお願いします」
このように気を使ってくれるというのは非常にありがたい反面、申し訳なくもあった。
この二人はこんな風に気安く話しかけてくれるが、四法都連盟の中ではかなりの立場にいる人間だ。
まだ二十代半ばだというのに、戦闘能力は四つの家の一つ、土御門の中でもトップクラス、各家との対抗戦などがあった時も一切周りを寄せ付けなかったというほどの実力者だ。
そんな二人を簡単に味方につけられるというのは、おそらく小百合が今まで積み重ねた人徳というものなのだろう。
あの小百合に人徳があるといわれると少し複雑な気分でもあったが、実際力になってくれる人物がいるのだ。これを人徳と言わずしてなんというのか。




