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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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彼女の考え

「っていうわけです・・・私も、いろんな人に相談して、ちょっとぐちゃぐちゃしてきましたけど・・・」


「なるほど。アリスの術式を・・・それで生きる理由と、死にたくない理由・・・ね」


話された悩みのないように、文は『アリスのやつ余計なことを』と内心舌打ちしたが、実際アリスが何かをしたわけではないようだし、文句を言うのは別の機会にするべきだなと文は小さく息をつく。


高校生は多感な時期だ。いろんなことを考え、そして悩む。


その答えが出る時もあれば答えが出ない時だってある。考える意味がある悩みもあれば、意味のない悩みだってあるのだ。


その中で神加が抱えているこの悩みは、考える意味もあり、今後の神加の人生に大きな影響を与えかねないものだ。


適当な返答はするべきではないと文は判断していた。


「今まで誰に相談したの?」


「奏さんと春奈さんです」


「なるほど、比較的まともな人たちね。奏さんや師匠はなんて言ってたの?」


「・・・自分のやりたいことを見つけなさいって。人としても、魔術師としても」


奏からは人としてのやりたいことを、春奈は魔術師としてのやりたいことを見つけなさいといわれた。


実際それが一番必要なことだというのは理解していた。やりたいことがあって、それに向かって行動していると生きる理由とか死にたくない理由とかそういったものは考えなくなるのだ。


考える暇がなくなるといえばいいだろうか。


二人は悩ませないように神加に対してそのような助言をしたのだろうかと、文は少し考えてしまう。


「それで、お姉ちゃんはもっといいアドバイスができるだろうって、春奈さんが」


「師匠・・・来る前からハードルを上げないでほしいんだけどなぁ・・・まぁ・・・うん、アドバイスって言ったらいいかどうかはわからないけどね」


文は一瞬自分の腹に視線を移し、それから神加の方を見る。


「私からの個人的な意見だけどね、私はやっぱり、生きてほしいの」


「生きるって・・・アリスの術式を使えってことですか?」


「ううん、そういうことじゃなくてね・・・目的とか、やりたいこととか、そういうことはどうでもいいの。ただ、ただ生きてほしい。死ぬ理由とか、死にたくない理由だとか、そういうことを考えないでほしい」


それは母親だからこそ言える言葉であるように思えた。


どんな状態でもいい。どんな気持でもいい。どんな環境でもいい。親として、子供には生きていてほしいのだ。


神加にはその気持ちがわからない。神加が物心がつくころには、彼女の両親はすでに死んでしまっている。


母親が子供に向けるべき愛情を、神加は覚えていないのだ。


与えられた愛情は、すべて康太や文や小百合などから注がれたものばかり。本当の親の愛を、神加は知らないのだ。


「魔術師である以上、いろいろとあるわ。怪我をすることもあるし、危ないこともすると思うの。でもね、生きていてくれれば、私はそれ以上は望まない。別に功績をあげなくたって、目的がなくたっていいの」


そう言いながら文は神加の頭をなでるのをやめ、その両頬を優しく手で包む。


「いい?別に目的なんてなくたっていいの。思い付きだっていいし、気まぐれだっていい。悩んでもいいし、早々に決断してもいい。それでも、生きてほしいの」


「・・・生き続けることと、生きることは、違うの?」


「んー・・・私も、まだそのあたりがよくわからないけどね。でもね、生きることと死ぬことを天秤にかけることはないのよ。貴女の言い方だと、もう生きることをあきらめているように聞こえるもの」


その言葉に、神加は心臓の鼓動が強く脈打つのを感じ取っていた。


自分でも自覚していなかった、自覚できていなかったことを言い当てられた。図星を言い当てられ、神加は少し動揺していた。


気付かされたというべきだろうか、教えられたというべきだろうか。神加が隠してきた、心のどこかで考えていたことを、神加自身自覚させられていた。


生きる理由がない。


それは生き物にとって致命的であり、全く必要のないものでもあった。


生きる理由など本来生き物には必要ないものだ。ただ生きている、それが当たり前であって、生きる理由がなければ生きられないなどという生き物はいない。


だが人間はそうではない。特に、生きることと死ぬことを天秤にかけてしまうような人種にとっては。


生きる理由がなくなってしまえば、死ぬ理由の方が勝ることもある。死ぬ理由と死にたくない理由、生きたい理由と生きたくない理由。そういうものを天秤にかけている人間にとっては、それらが明確にない状態は非常に不安定な状態といえるだろう。


文は神加が不安定になっていることを感じ取っていた。かつて康太がそうだった時のように、神加が悩み、不安定になっていることを感じとり、何とかできないかと考えたのだ。


「神加、覚えておきなさい。貴女は生きていいの。私はあなたに生きていてほしい。生きる理由だとか、目的だとか、そういうことに縛られないでほしい。貴女は自由でいていいのよ」


文の言葉は優しく、そしてゆっくりと神加の中に浸透していく。

神加はその言葉に、少しだけ動揺し、そしてゆっくりとその言葉を反芻し理解していった。


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