抱え込む癖
「・・・お姉ちゃんは・・・」
「ん?」
「お姉ちゃんは・・・どうして兄貴を選んだんです?お姉ちゃんは美人だし、頭もいいし、兄貴以外の人なんて、いくらでもいたんじゃ・・・」
それを口にしていた時にはすでに神加は答えがわかっていた。文がどう答えるかなんてわかっていたのだ。
それでも聞かずにはいられなかった。自分の兄のような人物と結婚した理由を、結ばれた理由を神加は知らない。
でもわかっていたのだ。康太をなぜ選んだのか。神加自身が、その理由をよく知っている。
「それは・・・少し違うかな」
「違う?」
「うん、私が康太を選んだんじゃないの。康太が私を選んでくれたの」
「・・・兄貴が・・・?」
「そう。康太がいろいろ選択肢がある中から、私を選んでくれたのよ。自分のことで手一杯だったかもしれないけど、それでも、私と一緒にいてくれるってことを選んでくれたの」
文が選んだのか、康太が選んだのか。そのどちらでもあるのではないのかと神加は内心首をかしげてしまっていた。
そうでなければ結婚などできない。互いが互いを選ばなければ結婚などできるはずがない。
なのに、文は康太のことを自分が選び取ったのだとは言わなかった。
「さっきいくらでもいたんじゃないかって言ってたけど、私には康太以外の選択肢はなかったのよ。っていうか、私は康太以外を見ることができなかった。康太と一緒にいるとドキドキして、顔もまともに見れないって時期もあったわ。康太の一挙一動にやきもきしたり・・・恥ずかしいけどね」
そう言いながら文は少し顔を赤くしている。当時のことを思い出して恥ずかしがっているのだろう。
その気持ちを、神加はよく理解できた。それが理解できてしまった。
「あいつは確かに抜けてるし、適当だけど、でも・・・私はあいつのことが好き。一緒に生きて、叶うなら・・・」
文はそれから先を言わなかった。いったい何を願うのか神加には分らなかったが、すでに文はそれをあきらめているように見える。
「兄貴はお見舞いに来たんですか?」
「えぇ、いつまでもいたんじゃ邪魔だからって追い出したわ。仕事だってあるのに張り付こうとするのよ」
康太は今仕事をしている。当然といえば当然だ。康太も文も社会人なのだ。文の場合は一時的に産休を取っているが、それでも当たり前のように働き、当たり前のように生活していた。
当然、康太は魔術師としても活動している。割と頻繁に活動しているため、今もなお魔術師として衰えはない。
文のことを心配しているからこそ、康太もこの病室に張り付こうとしたのだろう。だがそれでは生活ができなくなる。
それを理解しているから文は康太を追い出し、康太も追い出されたのだろう。
「もう、名前は決めたんですか?」
「まだちょっと悩んでるのよ。女の子だからかわいい名前がいいと思うんだけど、あんまり変な名前も嫌だからね。そのあたりは康太と相談しながら決めるわ」
文と康太の子。どのような名前にするにせよ、この子には多くの者が関心を集めるだろう。特に魔術師の素質を持っていた場合はそれが強くなる。
何せこの子が魔術師の素質を持っていたら、自動的にアリスの弟子になることがすでに確約されているのだ。
アリスがどのような指導をするのかはさておき、少なくとも優秀な魔術師に育つであろうことは想像に難くない。
文の腹の中にいる子供のことを考えながら、神加は渋い顔をしていた。
この子が生まれた時、あと一か月後、自分はいったいどんな顔をしているのだろうかと、想像できなかったのだ。
めでたいことに変わりはない。祝いたい気持ちだってある。なのにどうしてこんなにも複雑な気分になるのか。
神加自身その答えはわかっていた。わかっているからこそ口にできない。そしてわかっているからこそ、この気持ちを何とかしなければいけないと考えていた。
そんな神加の様子を見て、文は少しだけ困ったような笑みを浮かべてから神加の頭をやさしくなでる。
「どうかしたの?なんだか悩んでるように見えるわ」
「い・・・いえ・・・そんなことは・・・」
文が頭をなでる。これが神加は好きだった。
康太が神加の頭をなでる時は乱暴で、力強くて、それでいて暖かかった。
文が撫でる時は丁寧で、優しくて、それでいて嬉しかった。
子供のころからこうされてきた。今では少し気恥しいが、それでも二人きりのこの状況だ。別にだれに見られているわけでもないため、神加は撫でられるままになっていた。
「いいのよ、たまには弱音を吐いたって。小百合さんのところできつい修業してるんでしょうし、高校生なんだから悩みもするわ。変に抱え込むとつらくなるのは自分よ?」
それは文が何度も、何度も言ってきた言葉だった。その相手は違うが、文はまた自分がこの言葉をいうことになるとは思わなかったと内心苦笑してしまう。
変なところが似てしまったものだと、目の前にいる立派に成長した少女を見ながら薄く微笑む。
その口から悩みの原因が話されるまで、文は神加の頭をなで続けていた。




