母としての
康太と文が結婚したのは、二人が二十四になった時である。
今からもう三年前になる。その頃神加はまだぎりぎり小学生だった。
その時の衝撃はまだ神加の中に残っている。それから中学の三年になった時に、文の妊娠が発覚した。
その時の衝撃も、神加はよく覚えていた。
「あとどれくらいで生まれるんでしたっけ?」
「あと一カ月くらいね。もうだいぶ重くなっちゃって・・・検査入院ももう何度やったことか」
魔術師の子供ということもあって、検査を念入りにやるというのがこの病院の方針のようだった。
この病院は奏に紹介された。ここの院長や職員には魔術師がいて、日々魔術師としての活動をしながら人を癒す仕事をしている。
医術だけではなく魔術も用いて治療をすることもある。機器などではわからないことを魔術を使って調べることも多い。
そういうこともあって、魔術師として活動していた文はこの病院で一時魔術師としての活動を停止することにしたのである。
「いつも魔力は抜いてるんですか?」
「えぇ、お腹の中にいる子供が魔術師としての素質を持っているかどうかわからないからね。魔力で満たしてると、この子に悪影響を及ぼすこともあるんだって」
母体である文が魔術師として高い素質を持っていたとしても、お腹の中にいる子供がどれほどの素質を有しているのかわからない。
仮に文が体を魔力で満たしていて、その魔力がまだ生まれてもいない子供に流れてしまった時、最悪の場合は子供が死んでしまうことだってあり得るのだ。
だからこそ妊娠中の魔術師は細心の注意を払って自らの体の魔力を抜いてしまう。
魔術師としての活動能力はすべて失うことになるが、少なくとも文は魔術師としての活動よりも、今お腹の中にいる子供のために母親であることを選んだのだ。
「お腹の中に子供がいるって、こうしてみるとすごいですよね・・・ちょっと調べてみていいですか?」
「いいわよ?私も見てみたいんだけど、こればっかりはね」
文の実力ならば魔力を常にゼロに調整する要領で自分の体を索敵することくらいはできるだろう。
だが文はそれをしたくないようだった。好奇心のせいで自分の子供を傷つけてはいけないという意識があるのだろう。
神加が文の腹の中を調べると、その中には確かに赤ん坊がいた。へその緒で文と繋がり、うずくまるような形でおとなしくしているその姿を感じ取り、神加は胸の奥が少しだけ暖かくなるのを感じていた。
「これが・・・赤ちゃん・・・」
「どんな感じかしら?可愛い?」
「えぇ、みんなこんな感じなんですね・・・女の子みたいですね」
「えぇ、康太に似ないでくれるといいんだけど」
「はは、それは確かに。兄貴に似たらめっちゃ目つきが悪くなりそうじゃないですか」
「かといって私に似るっていうのもね・・・あとは、普通に生まれてきてくれれば、私はそれでいいわ」
普通に生まれてくれば。文のその言葉がどのような意味を持っているのか、神加はわかっていた。
康太は人間ではない。アリスによってかつて調べてもらった結果をもとにすれば、子供を作ること自体は問題なくできるということだったが、それでも文は少しだけ心配だった。
生まれてくること子供が、康太の神としての性質を全く継がないという保証はないのだ。
神加は文の腹に触れると、ゆっくりと撫でる。
ここに康太の子供がいるという事実に、神加は少しだけ胸が痛くなっていた。
「お姉ちゃん、お母さんになるの、怖くない?」
「まぁ、少しは怖いわ。どうなるのかもわからないし、何よりちゃんとした親になれるかもわからないし・・・私なんて、親としてはたぶん失格の部類になるもの」
そう言いながら文は笑う。その表情はとても柔らかく、そして優しそうな笑みだった。
魔術師として生きている以上、子供が魔術師の素質があれば同じように魔術師として育てるだろう。
それは普通の親からすれば確かに失格の部類に入るかもしれない。
「その子が素質があったら・・・やっぱり魔術師に?」
「・・・えぇ、そうするつもり」
それでも、文は自分の子供に魔術師になってほしいと思っているようだった。
自分が魔術師として育ったからか、自分が魔術師として生きてきたからか、子供にもその道を進んでほしいようだった。
「どうしてです?平穏に暮らすなら、魔術師じゃないほうが・・・」
「・・・んー・・・理由としては、強く育ってほしいから」
「強く?兄貴とお姉ちゃんの子供って時点で強くはなりそうですけど」
「確かに、戦闘能力っていう意味ではそうかもね。でも私はそういう意味じゃなくて、もっと別の意味でも強くなってほしいの。魔術師になって、いろんな経験をして、いろんなことを乗り越えて・・・強い子に育ってほしい」
そう言いながら文は自分の腹をなでる。そこにいる自分の子に告げるように、自分の子供に聞こえるように。
「魔術師になってから、辛いことはたくさんあったわ。でも楽しいこともあったの。苦しいこともあったけど、それと同じくらい嬉しいこともあったの。大変だとは思うけど、この子もそういう風に、強く生きてほしい」
強く生きてほしい。その言葉が神加の胸に深く入り込んだ。生きてほしい。その言葉は、神加がかつて誰かに言われた言葉のようだった。




