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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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康太の仕事

炎に気を取られただけではない、この水蒸気の動きを見ていたのは相手も同じだった。


そして炎の魔術を使えるという時点で気づくべきだったのだ。火属性の身体能力強化も使えるかもしれないということに。


身体能力強化の魔術は属性によって強化できる部位が変化する。いや部位というよりは性能といったほうが正確だろう。


火属性の身体能力強化の魔術によって得られるのは、肉に関する性能強化だ。


臓器の機能を増強したり、筋肉の性能を高めたりと恩恵は大きい。今回の場合、相手は筋力の性能を強化して康太に拳を叩き込んだのである。


康太は地面に転がるように叩き付けられ、腹部を抑えながらもだえていた。不意打ちに近い形で腹部に強い一撃を入れられたことで一時的な呼吸困難に陥ってしまっている。


人間の性能限界を越えられない強化魔術でも十分すぎる。なにせほぼ無防備な状態で拳を叩きつけられたのだ。


何より康太の体は何の変哲もないただの人間なのだ。殴られれば痛いし悶絶もする。多少鍛えてはいるもののそれだってあくまで多少と言えるレベルのものだ。


それこそ格闘家のように本格的なトレーニングをすればまだ違ったのかもしれないが、康太の体はあくまで高校生のそれのままである。


ようやく康太を捕まえることができた。そう確信しているのか魔術師は康太の近くに歩み寄りながら薄く笑みを浮かべている。


肉体強化を使う魔術師には初めて会ったがここまで拳が痛いものだとは想像していなかったため康太は未だまともに立ち上がれる気がしなかった。


腹部の鈍痛は頭に響き、体の自由を奪っている。これが延々と続くとなると嫌気がさしていた。


腹部に強い一撃を受けるとこういう風になるのだなと実感しながらも康太の頭はクリアのままだった。


むしろ頭が冴えてしまっているからこそ痛みを強く意識してしまう。周りで何が起きているか、どうなっているかがよくわかる状況だからこそその痛みが強烈に体をむしばんでいた。


魔術師は康太の髪の毛を掴むとその顔をあげようとしてくる。仮面に手を伸ばした瞬間康太は目を見開く。


声には出せずとも康太はそれを呟いた。文が言っていた、そして考えた呪文を。

ラッシュ


その単語と共に康太は魔術を発動した。自らが行い続けた正拳突き。体の自由は聞かなくとも意識ははっきりしている。魔術を使うには問題なかったのだ。


かつての文がそうであったように、康太もまた体の自由がきかない状態で魔術の発動をした。そして再現された拳のほとんどは相手の魔術師に命中していく。


顔、体、四肢。どの部位に当てるなど考えずに無造作に放たれた拳は確実に魔術師に対してダメージを与えることに成功していた。


強力とまではいかなくとも強い衝撃を体中に受けた魔術師はその体を後方へと運んでいく。


そしてそれが魔術によるものであると相手が理解するよりも早く、康太は自らの持つ魔術を発動していた。


それはまだ戦闘での使用が禁じられている肉体強化の魔術だった。


無属性の肉体強化はその肉体の性能全てを全体的に引き上げることができる。バランスよく性能を強化する代わりにその出力自体は属性魔術のそれには劣る。


康太はまだそのバランスを正しい形で維持することができないのだ。


その証拠に康太は強い違和感と不快感を覚えていた。


視界が明るくなりすぎる、体の奥から何かが出てきそうな感覚だ。吐き気とはまた違う別種の何か。腕や指が勝手に動き出しそうなほど、そして足先だけが妙に敏感になっている。靴が擦れただけで笑ってしまいそうなほどだ。


肉体強化のバランスを崩せばこのような強い不快感と違和感を覚えてしまう。康太の扱う肉体強化はまだ完璧ではないのだ。


だがそれでいい、少しでも身体能力をあげることが今この状況では先決だった。


まず体の修復。修復というよりは迅速な回復といったほうがいいかもしれない。腹部への強打の影響で動かなかった体を動かすために強引にでも体そのものに変化を付けたかったのだ。


そしてその目論見は幸か不幸か成功していた。腹部に残る痛みは取れないが問題なく体を動かせるだけの状態にはなっている。


康太は落ちてしまった槍を掴むとおぼつかない足取りでその槍を構えて見せる。


携帯でセットしたタイマーはまだ鳴らない。つまり自分はまだ足止めを続けなければいけないのだ。


未だ蒸気により視界が悪い中、康太はそれを感じ取っていた。不安定な強化をした結果、視力よりも聴力の方がやや強化され過ぎている感がある。


そしてそれは相手の息遣いや衣擦れの音を正確に聞き分けていた。


そして背後から迫る炎の音も。


康太は背後からくる炎から逃げるように足を進める。無理やりアンバランスな形で強化されたせいで左右の足で筋力が異なっている。そのために走るのも非常に苦労したが思い切り前方に跳躍することで康太はその不便さをカバーしていた。


槍を思い切り横に叩き付けるようにして振りぬくと、刃の部分は当たらず、その柄の部分が魔術師の体を捉えていた。


鈍い音がすると同時にその体を地面に転がすことに成功するが、同時に相手もこちらに蹴りを放っていた。


その蹴りは康太の胸部分に直撃し、その体を後方へと弾き飛ばす。そして康太のすぐ後ろには先程から延々と追尾し続けている炎がやってきていた。


無理矢理地面を蹴り何とか炎を躱すが、康太の体は限界に近づいていた。


肉体強化を使っているせいで魔力は延々と減り続けている。強化したところでダメージそのものは残っている。正直このまま戦ってもどんどん不利になっていくだろう。


否、そんなことは最初から分かっていたことだ。不利であることを理解して自分は足止めの役割を担ったのだ。康太は自分の体を無理やりにでも動かそうと手足に力を込めていた。


諦めるのはまだ早い。相手だって満身創痍なのだ。康太が与えた傷によって手も足もかなりがたが来ている。


魔力に関しては相手はまだまだ余裕があるだろうが康太だってまだ多少は魔力が残っている。


もしこのまま倒れるのだとしてもこの後来る真理が少しでも戦いやすいように相手を疲弊させるのが自分の仕事だ。


康太は槍を持ったまま大きく深呼吸する。


無駄に味覚まで強化されてしまっているために周囲の空気の味までが鮮明に理解できる。もっと肉体強化を上手く扱えるようにならなければと思いながら康太は思い切り前方に向けて跳躍する。


そして相手もそれを把握していたのか、目の前に大量の水を顕現させていた。


水を使って押し流そうとしているのだろう、康太の魔術が接近戦にも対応できるのだということを知って近づかせるのを強く警戒しているのがよくわかる。


だからこそ康太は魔術を発動した。何度も使ってきた再現の魔術を。


その場に自分が作り出す疑似的な足場。空中を跳躍することで康太は迫ってくる水の奔流を飛び越えていた。


そして自らがもっている槍を魔術師めがけて投擲する。身体能力強化がかかった状態で投擲された槍は普段のそれよりも強い威力を持って魔術師に向かっていく。


だが身体能力強化が不安定な形で発動しているせいか、槍は魔術師からわずかにそれ、地面に深々と突き刺さっていた。


康太の体が跳躍した時の勢いのまま放物線を描いて落下していく中、康太はもう一度魔術を発動した。


槍を投げたことでストックされた最後の一撃。投擲の再現。康太は今度こそ逃がさないと言わんばかりにその胴体めがけて再現の魔術を発動した。


その再現の魔術は寸分たがわず魔術師へと向かっていた。だが魔術師は康太の方を見ようと体を翻していた。そのせいもあって槍の再現は体には当たらずその右足の太ももに突き刺さっていた。


魔術師が足から血を噴出させる中、康太は着地することもできずに地面に叩き付けられそのまま転がっていた。


先程まで動いていた体は上手く動かなくなってしまっている。そう、肉体強化の魔術が切れてしまったのだ。


その理由は単純明快、康太の魔力切れである。


そのか弱い供給口で延々と補給し続けても肉体強化を併用して使い続けさらに再現の魔術まで連発すれば限界は必ず来る。


康太の素質ではこれ以上戦うことはほぼ不可能だろう。


だがそれでも康太は立ち上がろうとしていた。まだできることはある。少しでも魔力を回復させて一発二発分の魔力を蓄えることくらいはできる。


先程の腹部の痛みもだいぶ治まっている。胸部に受けた蹴りの痛みはまだ残っているが先程のボディブローに比べれば問題なく動けるレベルだ。


康太はゆっくりと立ち上がり水蒸気の向こうにいるであろう魔術師の方に目を向けようとしていた。


足は震えてうまくいう事を聞かない、魔力切れの感覚を久し振りに味わったことで康太は自分の素質の貧弱さを正しく理解していた。


相手はまだ魔力は十分、恐らく魔術も問題なく発動できるだろう。だが自分はもう魔力が尽きてしまった。


これから魔術をもう連発することもできない。この差は魔術師戦においては大きかった。


康太は近くにあった木に背を預けながら呼吸を整えていた。


体力はまだある。体が若干いう事を聞かないだけだ。魔力は徐々にだが回復してきている。再現の魔術であれば二、三回程度は使えるだろう。


相手がどのような動きをしてくるかはわからない。足を負傷させたという事もあり少しは怯んでくれているといいのだが。


そんなことを考えていると周囲の水蒸気が大きく動いていることに気付く。


そして思い出す、先程から延々と自分を追いかけている炎の存在を。


さすがに今あの炎に追いつかれたらどうしようもないなと思いながら康太は右手を握りしめる。


拳の弾幕を張ればなんとかなるかもしれないが、今の魔力量では使えても二、三回。炎を消すほどの拳は再現できないだろう。


万事休すかと思った瞬間、康太のポケットの中に入っていた携帯が思い切り鳴り出す。


それは康太が任された十分間が経過した証拠だった。


そのアラームが聞こえてきた瞬間、康太の膝が落ちる。


今まで足止めをしなければならないという緊張感から何とか動いていたが、その役目を自分が果たしたという達成感と、もうこれで十分なのだという考えが頭の中に過ってしまったのだ。


緊張感を維持できず、康太の精神が体にも影響を及ぼしてしまったのである。


自分に向けてやってくる炎にも反応できないほどに、康太の体は強い疲労感を訴えている。


その体の自由がきかず前に倒れようとしていた。


そして炎が康太の体に襲い掛かる瞬間、目の前まで迫っていた炎がかき消され崩れ落ちかけた康太の体は何かに支えられていた。


それが誰かの手であることに気付けた康太は、その人物の方を見ようと顔をあげようとするが、その答えは康太の耳に届けられた。


「良く足止めしてくれましたね、ビー。あとは任せてください」


康太を支えているのは康太の兄弟子である真理だった。仮面の奥にある慈愛に満ちた瞳で康太をのぞき込み、その健闘をたたえているかのようだった。


「ねえ・・・さん・・・時間ぴったりですね・・・」


「ふふ、これでも時間にはうるさい方でしてね。よく頑張ってくれました、後は私に任せておいてください」


真理は康太を木に背中を預けるようにして座らせるとゆっくりと微笑んで見せる。次の瞬間周囲に強い風が巻き起こり視界を覆っていた水蒸気全てを吹き飛ばして見せた。


それが真理の魔術によるものであるという事はすぐに理解できた。彼女の得意とする属性は地水火風の四属性。魔術師同士の戦いにおいて四つの属性を扱えるというのは大きな強みを持つ。


だが康太はまだ真理に言わなければならないことがある。相手の魔術師の情報だ。


「姉さん・・・相手は火と水の魔術を使います・・・!一定距離の場所をいきなり燃やしたり、小さな火球をたくさん作って索敵代わりにしたり・・・水の防壁も確認してます・・・!それと・・・」


「大丈夫ですよビー、私がそこまで簡単にやられると思いますか?」


康太としては自分が把握した魔術はすべて伝えるつもりだったのだが、真理はそれを制止して康太の肩に手を置く。


その手はもう休んでもいいと言っているかのようだった。表情は仮面をつけているために読み取れないがきっと微笑んでいることだろう。


「・・・いえ・・・姉さんだったらあんなの相手にもなりません」


「ふふ・・・そう言ってくれるとやる気を出してしまいますね・・・そこにいてください。今片付けてきますから」


そう言って真理が康太に背を向けて水蒸気の向こう側にいた魔術師の方に視線を向けると、魔術師だけがその変化に気付くことができた。


強力な殺気と怒気。それがすべて自分に向けられているものだと気づくのに時間はかからなかった。


瞳の奥に存在する静かな怒りはまっすぐに魔術師を射抜いている。そしてゆっくりと握り拳を作ると僅かに震える息を大きく吐き出していた。


真理はかなり怒っていた。自分の弟弟子をここまで痛めつけた相手へもそうだが、何よりここまでボロボロになるほど戦わせてしまった自分自身に腹が立っていた。


「私の兄弟弟子が随分とお世話になってしまったようですね・・・しっかりとお礼をして差し上げなくては」


「・・・そんなものはしなくてもいいんだがね・・・」


先程までの康太の動きが足止めを目的しているものであると気づいていたのか、それとも今ようやく気付いたのか、魔術師は苦虫を噛み潰したような表情をしている。


それに対して真理の声音は非常に落ち着いている。仮面を外せばその奥には慈愛に満ちた微笑みを見ることができるだろう。


だがその声音が若干普段と違う事を康太は理解できた。


「そう言わないでください。今からたっぷりと、叩き潰して差し上げますから」


真理の声音が変化した瞬間、周囲に猛烈な風が吹き荒れ始める。木をざわめかせ衣服をはためかせ、あたりに騒音をまき散らし始めている。そして空中にいくつもの火の塊が形成されつつあった。


攻撃がやってくる。そう思った瞬間にはもうすでに遅かった。


回避しようと何とか体を動かそうとした魔術師の足元はすでに真理の魔術が発動していたのである。


その両足を埋めるかのように変形した地面が魔術師がその場から動くのを完璧に阻害していた。


身体能力強化も合わせて何とか逃れようとするのだが足は完全に地面に取り込まれてしまい身動きが取れない状況になってしまっている。


視線の先にあった火の球はゆっくりと移動しながら魔術師の周囲を取り囲む。あれでは満足に動くこともできないだろう。


「そんなに慌てずとも、しっかりと丹精込めて対応させていただきますから。暴れるとかえって痛いかもしれませんよ?」


真理の声にいったいこれから何をされるのか想像したのか、その顔色はお世辞でも良いものとは言えないほどに青ざめている。


このまま黙ってやられるわけにはいかないと魔術師は周囲に炎を顕現し、その体の周りを水の防壁で覆って見せた。康太の戦いでもみせた防御態勢である。


だが真理はその反応を見て小さくため息をつく。


次の瞬間、真理の周囲から大量の水があふれ出し魔術師の周りを一気に覆っていった。


まるで津波のそれだ。周囲に存在する水の総量は今まで見た中でも一番多い。そんな水を叩き込まれ、空中に展開していた炎はすべて完全に消えてしまっていた。


圧倒的な水の量で相手を強制的に抑え込む。とんだパワープレイだが真理だからこそできる芸当なのかもしれない。


このまま放置すれば相手は酸欠になるかもしれないがそれを許すほど真理は温厚ではないようだった。


「さて・・・まずは動きを封じましょうか」


もうすでに動きは封じていると思うのだがこれからどうするのだろうかと疑問に思っていると大量に存在している水の先、丁度魔術師が捕縛されていた場所の土が何やら変形しているのが見て取れた。


水の透明度が悪く鮮明に確認することはできないが土属性の魔術を使って何かしらしているのは間違いないだろう。


真理が指を軽く動かすと周囲に存在していた水が徐々に押しのけられていく。魔術師の周囲にあったはずの防壁代わりの水も一緒に無くなりつつあった。


真理の水の操作能力が相手の水の操作能力を上回っている。その為その場に水を留めようという力よりも押しのける力の方が強く、魔術師の周囲から水が押しのけられているのだ。


そして周囲の水が消えていくと、そこには十字架のように魔術師を拘束する土の塊が存在した。


その体の節々、特に関節部を完全に固定してしまいそれ以上動くことができないようにしてしまっている。


あれでは逃げられない。もうすでに勝敗は決しているかのように思えた。


だが真理の怒気は収まる気配が全くなかった。むしろ先程よりももっと強くなっている節さえある。そんな中真理はゆっくりと魔術師に向かって歩み寄っていた。


「すでに手と足を可能な限り破壊していたのですね。非常に良い判断です。足止めを目的としている相手に対して四肢を負傷させるのは常套手段と言えるでしょう」


その言葉が康太に向けられているものであることはすぐに理解できた。真理はこの場で康太の今回の行動の採点をするつもりなのだ。


真理が指を動かすと拘束されている魔術師の顔に水の塊が顕現する。


唐突に呼吸を封じられたことで魔術師は苦しそうにもがくが土の拘束具によって動きを封じられているためにまったく何もできない状態だった。


真理めがけて炎を発現しようと集中するも、その動きをすでに読んでいたのか拘束具が急激に動き出し地面に叩き付けられるように体ごと上下運動を繰り返しその集中を阻害していた。


結果、魔術はうまく発動せず真理から数メートル離れた場所が唐突に燃え出した。


相手の魔術の発動を予測して相手に集中させないように操作する。康太にはできない察知能力だ。それをさも当たり前のようにやっている真理の技量の高さがうかがえる。


「良いですか?まず第一にやるべきことは相手の集中を削ぐことです。動きの起点となる脚部にダメージを与えるのも当然必要ではありますが、まずは相手を攪乱することから始めましょう」


そう言いながら真理は相手の顔の周囲に水を顕現させたり消したりを繰り返していた。


所謂水責めのそれに近い。水が消滅し呼吸できると思った瞬間に再び水が顕現する。相手は若干酸欠状態になっているのか無我夢中で酸素を求めようとしていた。


延々と繰り返される水責めにもはや魔術を発動するよりも何よりも息をすることを優先しているようでまともに呼吸すらできなくなる状況になっていた。


真理は相手の状態を確認すると再び歩みだし、その体にある負傷箇所を確認しながらゆっくりとその個所に触れていく。もしや治療をするのだろうかと思いきや、康太の槍やお手玉などによって負傷した個所が勢いよく燃え出した。


苦悶の声が聞こえる中、真理は特に何の反応もすることなく康太への言葉をつづけた。


「そして相手に接近するのであれば完璧にその動きを封じておかなければなりません。可能なら意識も奪っておきたいですね。それができないのなら魔術師の前に不用意に出るという事はしてはいけませんよ」


水攻めは今もなお続いている。苦悶の声に続き呼吸もまともにできないという事もあって魔術師はもはやまともに意識を保っているのも難しくなっていた。


圧倒的なまでの追い詰め方だ。康太がある程度相手を削っていたとはいえここまで早く決着がつくとなると今までの康太の奮闘がまるでなかったかのようである。


「そしてなによりも、相手の拳を受けるなどという事をしてはいけません。たとえ相手が肉体強化を使っていてもしっかり相手を確認できていれば避けることもできたでしょう?敵から目をそらしてはいけませんよ?」


真理がそう言って魔術師の体に手を触れると、その体が大きくのけぞっていく。一体何をしているのかと思ったら水の中にあった魔術師の口から何かが漏れだしているのに気付けた。


魔術師は今嘔吐しているのだ。一体何をしているのかこの時点で康太はようやく気付くことができる。


彼女は今肉体強化の魔術を使っているのだ。しかも康太のようにアンバランスな状態をわざと作り出している。


本来であれば強化の魔術は自分にかけるものだが、それを相手にかけることで不調を引き起こす。そんなことをするとは思いもよらなかったのである。


「そして四肢にダメージを与えるのであれば場所も選ばなければなりませんよ?可能なら筋のある場所を的確に打ち抜くべきです。あなたの魔術ならそれができるのですからしっかりと利用しなければなりませんよ」


そう言いながら真理は近くに落ちていた康太の槍を拾い上げ、魔術師の手足の筋を正確に切りつけていく。


嘔吐しながら苦悶の表情を浮かべ、なおかつ水攻めを受けている魔術師はすでに意識がないのではないかと思えるほどだった。


康太はこの時漸く思い出す。真理は康太たちの傷を良く治している。小さな痣から少々治すのが面倒な傷までなんでも治してくれる。


本人曰く限度があるらしいが正確かつ精密な治療にはそれだけの知識が必要だ。


そして正しい知識を持ち、なおかつ適切な魔術を持っていれば大抵のものは治すことができる。だが治すことができるという事は同時に壊すこともできるという事だ。


真理は正直戦いにはあまり向いていない性格だと思っていた。事実彼女の性格だけを見れば戦いなど好んでいないことはよくわかる。


だが彼女は自分と同じく小百合の、デブリス・クラリスの弟子なのだ。


温厚な性格をしていても、荒事を好まない気質でも、弟弟子に甘い姉のような存在であっても、破壊の権化である魔術師の一番弟子なのだ。


その素質、そしてその破壊に関する技術は恐らく魔術師の中でもトップクラスだろう。


そしてこの時康太は知らなかったが、真理は小百合からあるものの破壊の技術を教わっているのである。


そのあるものとは『生物』


そう、真理は生物の破壊に特化した魔術師なのである。


破壊の技術を学ぶことで同時に治す技術も手に入れ、さらに他の魔術師たちに対して非常に好感が持てるように過ごしている彼女は破壊だけではなくそれ以外の魔術も手に入れた。


生物破壊に関しては小百合のそれにも勝るとも劣らない技術を持つ彼女はまさに万能と呼ばれるにふさわしい。


何よりも恐ろしいのは彼女がここまでの攻撃性と危険性を秘めていることを知るものがほとんどいないという事だろう。


魔術師のほとんどは彼女は『小百合の一番弟子として不憫な生活を送っている』ということしか知らないのだ。その危険性について知っているごくわずかなものは、全て口がきけないような状態になっているのは言うまでもない。


誤字報告を十件分、そして日曜日なので四回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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