答えられない答えは
「神加、単純なことでいいんだ。魔術師として生きて、何をしたいか。何を成したいか。それによって先の悩みの結論に至るものが出てくると思う。生きるのは神加自身、生き続けたいと願いのも神加自身。ならば自分の中に答えはある」
答えが自分の中にあるといわれても、神加はそれを見出すことができなかった。
それができなかったからこそこうして相談に来ているのだ。何か漠然とした、きっかけになる何かがあればと思ってこうして相談しているのだ。
結局、自分の中に答えがあるといわれて、神加は自分の体を見つめ、自分の手を見つめる。
そしてその様子を見て察したのか、春奈は苦笑しながら小さくため息をつく。
「まぁ確かに、自分の中に答えがあるといわれてもどうしようもないからこそこうして来ているのだろう・・・そうだな・・・別の視点から一つ、気になったことを言おうか」
「気になったこと?」
「そうだ。神加はなぜ、アリスのように長い時間を生きるか否か、その選択肢で『迷っている』んだ?」
「なんでって・・・それは・・・」
「アリスの術式について、神加は大まかながら知っているのだろう?方陣術をベースにして、自らの細胞に刻み込む術式だ。やろうと思えばやれるだろう。だが同時に、やめようと思えば辞められる。だというのに、なぜそれを習うかどうか、その時点で悩んでいるんだ?」
何故悩んでいるのか。何故迷っているのか。神加は答えることができなかった。
神加はアリスから、アリスが用いている術式がいったいどのようなものであるのかを大まかながら聞かされている。
春奈の言ったように、細胞そのものに術式を刻み込み、細胞の老化を遅らせているのがアリスの長寿の正体だ。
つまり種も仕掛けもある、れっきとした魔術の技術の一つだ。
そしてその必要魔力も神加ならば決して補えないわけではない。そして何より、神加ならば覚えることだってできるだろう。時間はかかるかもしれないが、神加が若いうちに習得し実際に使うことも不可能ではない。
アリスの術式の良いところは、術を一回使っただけでは長寿にはなれないという点にある。常に魔力をコントロールし、術を発動し続ける必要がある。
つまりいつでもやめることができるのだ。
いつでもやめることができ、いつでも解除できる状態の魔術があるというのに、それを習わない。習おうともしない。習うか習わないかで迷っている。
習得して、それから何年も過ごして、それから悩んでも遅くはないというのに。
「そこに答えがあるのではないかと私は思う。つまり神加の中で、長く生きるかどうかが目的ではないのだ。別の何かがあるのではないかと私は考える。だからこそ、今の私の問いに答えることができない」
「それは・・・」
そうかもしれないと思いながら、神加の脳裏にはある姿が浮かんでいた。
その姿を思い浮かべるたびに胸が痛くなる。そしてその痛みは徐々に寂しさへと変わっていった。
神加が悲しそうな、そして悔しそうな、複雑な表情をしているのを見て春奈は小さく息を突きながら椅子に深く腰掛ける。
こういったことを、まだ高校に上がったばかりの子供に聞くのはどうなのだろうかと思いながらも、春奈はそれを言わなければならなかった。
「神加、生きたい思う理由は、自分以外の誰かなのではないかな?」
「誰か・・・」
「そしてその答えは、もう神加の中にある。違うか?」
「・・・」
再び、神加は答えることができなかった。
それは春奈の言うことが正しいといっているようなものだった。
神加の反応を見て、春奈は苦笑し頬を掻く。ここからどうしたものかと、困ってしまっているのである。
思春期真っ盛りな女の子の感情をこれ以上かき混ぜるのは良くないだろうかと少し迷いながらも、春奈はそれを口にした。
「神加、どうしても答えが知りたくて、答えを見つけたいのなら、答えを出さなければいけないというのなら、文のもとを訪れなさい」
「お姉ちゃんの?」
文は春奈の一番弟子だ。昔から康太と一緒にいたため、神加は非常に世話になった。今でも大好きな尊敬できる人物である。
だが神加は、文に会うのは気が重かった。
「あの子は今私もやったことがないことをやっている。いろいろと聞けることがあるだろう。少なくとも、そこでそうしてうつむいているよりはずっといい」
「・・・」
「行きにくいかもしれないが、それでも行きなさい。とにかく前へ。そういう風にあいつに鍛えられてきたんだろう?」
「・・・はい・・・はい・・・!」
小百合に鍛えられてきた。春奈は迷いなくその言葉を口にした。小百合ならばきっとそう鍛えると確信を持って言えたからこそ、春奈の言葉は重かった。
「文にあったらよろしく言っておいてくれ。私も久しくあっていないからな」
「わかりました。なんて伝えますか?」
「とにかく元気でいろと伝えてくれ。それ以上は望まない」
そういう春奈の顔は少し寂しそうだった。弟子が一人前に育ったことは師匠にとってうれしくもあり、寂しくもあるのだろう。




