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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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魔術師としての意見

神加は奏のもとを訪れた後、彼女の助言通り春奈のもとを訪れていた。


奏のように、一人の人としてではなく、魔術師としての意見を聞きたかったのである。


彼女の拠点は昔から変わらず本で満ちている。


この場所にある本はすべて魔導書だ。魔術師が魔術を残すために偽装した、魔術師にしか本来の読み方ができない、本来の用途を持たない本の集まりである。


もちろんただの本として読むことも可能だ。ただこの書籍の並びをただの本として見た時、あまりにも脈絡がなく、統一性がないことがよくわかる。


この本たちはあくまで魔術の記された魔導書としてここに置かれている。そのため記された魔術の種類は分類順に分けられているのである。


小説の横に図鑑があったり、伝記の横に児童書があったりと、一見すると適当に本を置いているような印象を受けるだろう。


「なるほど・・・それで私のところに来たわけか」


「はい・・・こんなことでお時間をとってしまいすいません」


神加は申し訳なさそうにしながら頭を下げる。その様子を見て春奈は気にすることはないよと神加の頭を軽くなでてから机の上にあった書類を少し避けていた。


彼女は一般人として生活しながら、魔術協会において多くの功績をあげている。主に新しい魔術の開発や実験、そして改良などに尽力している。


一般人として生きる傍ら、そのようなことができるあたり彼女の能力の高さがうかがえる。


大まかな事情を話したところで、春奈は大きくため息をついて自分の座っていた椅子に深く腰掛けながら神加をまっすぐに見つめ、そして再度ため息をつく。


「神加、君の悩みに対してどうこたえるべきか、悩んでしまうというのが正直なところだ」


神加が抱える悩みは、一人の人として抱える悩みとしてはおそらく誰もが通る道かもしれない。


生きる意味と、死に対しての考察。そして生と死の天秤。これは身近にありながら意識しなければ考えることができないものだ。


子供が親に相談した場合、多くの親がどのように応えるべきか悩み、苦笑し、道徳的なことを告げるのだろう。生きることは素晴らしく、死ぬことは恐ろしいのだと、そのようなことを教えるのかもしれない。

微笑みながら、子供の成長を願いながら。


だが春奈は笑うことができなかった。それは魔術師としての彼女の立場から、仕方のないことだった。


「神加、その悩みの根底にあるものは、魔術師として長時間生きるか否かというところにあるんだろう?」


「はい・・・そうです」


「・・・自分の身近に、アリスという存在がいたからこそ、その悩みに行き着いたのかもしれない。だがその悩み自体が、魔術師として大きな危険をはらんでいるということに気付いているか?」


「それは・・・」


神加だって知っている。アリスが封印指定となっているのは、偏にアリスが何百年も生きているからこそだ。


何百年も外見が変わらない個人が生きているとなれば、当然その情報が多くの者に知られる可能性だってある。


そんなことになれば、魔術の存在が露見しかねない。それがどれだけ危険なことであるのか、神加だってわかっていた。


今あのように、アリスがなんでもないように日常生活を自堕落に過ごしているからこそそのような感覚は浮かびにくいが、一歩間違えばアリスは世の中の常識を崩しかねない存在なのだ。


「魔術師としての見解を言えば、あのような存在を増やすようなことはしてはならない、それはわかるな?」


「はい・・・わかっているつもりです」


「では、その前提を置いたところで、生きる意味と、死を回避する意味について、その悩みをどのように解消するかという話に移ろう。そもそも、魔術師はなぜ生きると思う?」


魔術師が生きる理由。今までただの人として生きる理由は考えてきたが、魔術師として生きる理由に関しては考えていなかった。


神加は幼いころから魔術師として生きてきたため、魔術師以外の生き方を知らない。だからこそそういった考えが浮かばなかったのである。


「えっと・・・新しい術を開発したり・・・一般人に魔術の存在が露呈しないようにしたりってことですか?」


「そうではあるがそうではない。そんなものは魔術協会で魔術の秩序を担っている者がやればいいだけの話だ。神加自身は、魔術師として何をしたいんだ?」


それはどのような魔術師もぶつけられる質問だ。魔術師として何をしたいか。何をしていきたいか。それは魔術師として活動していくうえでどうしようもなく必要な一種の願望だった。


その願望によって、魔術師は魔術師として活動し行動する。神加にはそれが圧倒的に欠けていた。


何せ自分の物心ついたときにはもう魔術師だったのだ。魔術師であることが当たり前だったし、魔術師以外の生き方などわからない。


今更魔術師をやめるという考えも浮かばなかったし、そもそもそんな生き方ができるとも思えなかった。

幼いころから魔術師として生きている弊害が、神加の中にはまだ残っているのである。


「正直・・・わかりません・・・何がしたくて、何がやりたいのか」


「なら考えなさい。それを考えることが、先の悩みに対する答えになるかもしれない。あるいはきっかけになるかもしれない。考えて損はないだろう」


魔術師として何がしたいのか。それが根源的な理由なのか、私利私欲に満ち溢れたものなのかはわからない。


だがそれは魔術師として生きていくうえで必要不可欠なものだ。それがないと、ただ自分を高めるだけのものになってしまう。


競うにしろ、鍛えるにしろ、何かしらの目的があるべきなのだ。


「あの・・・参考までに聞きたいんですけど、春奈さんは魔術師として何がしたいとかってあるんですか?」


「あるぞ。私が子供のころから魔術師だったのは神加と同じだ。あのバカ・・・神加の師匠と一緒にいろいろなことをしてきた。私の場合は、魔術における発動基準の研究と改良を行いたい」


「・・・?」


あまり聞いたことのないような単語に、神加は首をかしげてしまう。その反応に春奈は少し困りながら、どう説明すればいいのか迷っているようだった。


「魔術を発動する時、というか体内で作り出した術式を発動するときに、術式の構成が甘いと発動しなかったりするだろう?通常の術もそうだし、方陣術もそうだ。それをどうにかできないかと思っているんだ」


「でもそれって、どうしようもないですよね?術式は各個人が作り上げるものですし・・・」


「そうだ、どうしようもないと思うだろうが、一部の術式は多くの者が使いやすいように改良されている。発動が容易な魔術なども多いだろう?」


発動が容易な魔術。神加はいくつか思い当たる節がある。それは処理能力などを別の部分に置き換えることで発動条件や必要な処理を減らしたものだ。


消費魔力なども低減されることから、割と若い魔術師にはありがたいポピュラーな魔術も数多い。


「今ある魔術の中で、どうしても発動が難しかったり、術式そのものが難しかったりすることもあるからな。改良すると出力や効果範囲などが狭まることもあるが、そのあたりは今後の改良次第だ」


「・・・もし改良できれば今後の魔術師は術を覚えるのが楽になりますね」


「そうだ。魔術師にあるいくつかの壁の中に、初めて魔術を発動するというものもある。それを乗り越えやすくすれば、魔術師の育成にも、また成長にも一役買うことができるということだ」


魔術師になるためにあるいくつかの壁、それは魔力を練ること、魔術を発動すること、そして属性魔力を練り、属性魔術を発動することなどなどいくつか存在している。


その中でもかなり初期に必要になってくるのが魔術の発動だ。


完全に何もわかっていない状態から術を発動する。所謂ゼロから一にしなければいけない作業であるためにここで躓く魔術師は非常に多い。


「でもどうして春奈さんはそうしたいって思ったんですか?何かきっかけでも?」


「んー・・・きっかけといっていいのかわからないが・・・幼いころからあいつと一緒にいて、あいつは私よりも早く魔術を扱えるようになっていたんだ。扱っている魔術は同じではなかったが。それが悔しかった」


「・・・そんな理由なんですか・・・?」


「そんなものでいいんだ。何かが欲しい、何かをしたい、その理由はそんな程度のものでいいんだ。我ながら子供じみたものだというのもわかっているけど、こればかりは仕方がない」


小百合への対抗心。もはや春奈自身もそれがいつの頃の感情だったのか覚えていないだろう。


だが詳しく覚えていなくても、その時の感情は覚えているのだ。だからこそ今、積み上げて積み上げて、こうして日々を過ごしている。


いつか魔術師としての願いをかなえるために。


「それにな、こういった魔術師としての目的というのは何も自分だけで叶えなくてもいいんだ。誰かのため、あるいは誰かと協力して、あるいは誰かに継いでもらって・・・そういう風に魔術師はずっと続いていく。先人たちが多くの魔術を私たちに残してくれたのと同じようにな」


魔術協会が保存している術式の多くは、先人たち、かつて魔術師だった者たちが残したものだ。


術の開発というのは生半可なことではない。一から十まですべてトライアンドエラーを重ねていくしかない。


そのため、一つの術式を作るのにだって年単位での時間がかかることもざらだ。


それらを重ね、次の誰かがその術式を使って、また別の誰かが新しい術を開発し、次の世代へと続けていく。


春奈はそういった、次の世代への継承が嫌いではなかった。


「あいつは言わないだろうが、あいつも似たようなことはしている」


「え・・・?師匠が?」


「私のように術式を開発したりはしないがな。あいつの場合、次に伝えるのは、お前たち自身だ」


そう言って春奈は神加を指さす。


「私は術式などを用いて次に伝えたい。だがあいつは人に伝えることで次に伝えたい。そういう考えがあいつにはある」


「・・・そんなのありますかね?」


神加は実際に修業していても八つ当たりのように攻撃されることも少なくない。小百合がそのようなことを考えているとは思えなかったのである。


「あいつは人とのつながりの重要性を理解している。だからこそ、未だあいつは魔術師でいられるんだ」


それがどういう意味なのか、神加は理解できなかった。おそらく昔から小百合を知っている人物でなければ、その言葉の意味を理解できないのだろう。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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