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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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悩む時間は

「だが考えてもみろ、それはつまり、私の身内がいる間の話に限定される。アリスのように何百年も生きるとなれば、当然、私の身内が誰もいなくなった後のことも考えなければならない。私の場合、そうなると目的が非常に曖昧になるんだ」


奏の身内、弟子や兄弟弟子から繋がるそういったつながりがいつまでも続く保証はない。そうなったときに、奏は目的をなくすことになる。


もちろん身内のつながりがなくなるよりも先に生きるだけの目的を見出すこともできるかもしれないが、その確証も保証もないのだ。


何百年も生きるということを考えた時、今奏が有している自分の生きる理由としては少々弱い。


「あの・・・奏さんは死にたくないって思わないんですか?」


「ん?あぁ、少し言い方が悪かったか。私だって死にたくないとは思うぞ?だが、何というか、私は自然の摂理を超えようとは思わないんだ」


「自然の・・・」


自然の摂理。生きている者は必ず死ぬ。それは逃れようのない理の一つだ。どのようなことをしたって、人間として生まれ人間として生きている以上、その摂理から逃れることはできない。


今は何百年も生きているアリスでも、何千年後かにはおそらく死を迎えるだろう。彼女の術式はあくまで老化を遅らせているだけだ。いずれは死に至るまで老化が進むこともあるだろう。


だがそれでも、八十年程度しか生きられない人間が何百年も生きている時点で十分すぎるほどに彼女は自然の摂理という枠組みから外れかけている。


完全に逸脱はしていないものの、それでもすでにただの生き物から別物に変わりかけているといってもいい。


「生きている以上は死ぬ。それは仕方のないことだ。私はな、無意味に死ぬことはしたくない。どうせなら、何かを残して、何かを託してから死にたい。まぁ、そんな風にできるかもわからないがな」


そう言いながら奏は視線を机の上にある一つの写真たてに向ける。そこに写されていたのは奏がまだ若いころの写真だ。


まだ学生の頃の写真。まだ修業時代で、奏の師匠である智代と、奏の兄弟弟子全員で撮った写真だ。


そこには当然小百合の姿もある。そして神加の知らない男の人も写っていた。それがいったい誰なのか、神加は覚えていなかった。


「だが、そう思うのは私がまだ死というものを具体的に理解できていないからこそ・・・そう、余裕があるからこそそう思うのかもしれない。死が間近に迫った時にどのように思うのかは、その時になってみないとわからないさ」


奏は大人だ。自分の今思っていることがすべてであると思っていない。どのようなことも、実際に経験してみなければ本質を理解することはできないということをわかっている。


彼女にとって死はまだ経験したことがない事柄だ。


だが当然かもしれない。死を経験したことがある人間などいない。いたとしたら、その人物と話すことは永劫敵わないのだから。


だがそんなことを考えているとき、奏はふと一人の人物を思い出す。


その例外とでもいえる人物だ。


「死について知りたいというのなら、康太に相談してみるといいぞ?」


「兄貴に?」


康太の名前が出た瞬間、神加は目を細める。


死についてという話の中でなぜ康太が出てくるのかが不思議だったのである。康太は今も生きている。人間ではなくなっているが特に死んだという話は聞いていないし、死にかけたことはあると何度も言っているが、それほど危機に瀕したという話も聞いていない。


「あいつは昔、封印指定にかかわる事件の中で少し特殊な経験をしたらしくてな、一時期そのことで悩んでもいた。まだ神加が小百合の弟子になる前の話だ」


神加が小百合の弟子になる前ということは少なくとも十年以上前の話になる。


当時康太はまだ高校生だったはずである。そのような時期からすでに封印指定にかかわる事件に関与していたのかと、神加は内心微笑んでいた。


「特殊な体験っていうのは?」


「ん、その封印指定の被害に遭った人物、封印指定が原因で死んでしまった人物の死の間際を追体験したらしくてな・・・あいつの起源の話は聞いたことあるか?」


「一応・・・魔術の始まりを見ることができるとか・・・何とか・・・役に立たないって兄貴はぼやいてましたけど」


「ん、かなり特殊な起源だ。過去視に近いな。だがそれのせいであいつはかなりの数の死を経験している。もっとも実際に死んだわけではないらしいから、具体的なアドバイスができるかはわからんがな」


奏も康太の相談に何度か乗ったことがあるため、そういった事情を知っているが、神加はその当時はいなかったし、神加が来た後はそういった悩みはほとんど解消していた。むしろ別の悩みにうなされていた。


といっても神加は小百合の弟子になった当初のことをほとんど覚えていない。そういう意味では兄弟子の知らない事実が浮かび上がり、少しうれしかった。


「兄貴には・・・相談したくないです」


「心配かけたくないか?」


「そういう・・・のじゃないです」


神加は視線を逸らしながらわずかに顔を赤くしている。その様子を見て奏はいろいろと察したのか、口元に手を当てながら微笑んでいる。


青春だなぁなどと、少し的外れなことを考えながら。


「・・・ふふ、まぁいい。そういうことなら、そうだな・・・春奈に相談してみなさい」


「春奈さんに?」


春奈とは小百合が嫌っている魔術師の名だ。昔から春奈と関わりがあった神加は、長い事彼女の世話にもなっている。


顔を合わせれば喧嘩ばかりする小百合と春奈の仲裁をしたことも数えきれない。当然力づくで止めることは神加にはできなかったために、そういった役目は兄弟子たちが担っていたわけだが。


「あの子は良い意味でいろいろな経験をしている。お前にとっても良い意見が聞くことができるだろう。あいにく私は魔術師として、現役を退いてからかなり時間が経ってしまっている。それに比べてあの子は未だ現役だ。魔術師としての意見を聞くことができるかもしれないぞ?」


魔術師としての意見。人として以上に魔術師として生きている神加にとっては常識的な反応より魔術師的な反応の方が確かにためになるのかもわからない。


少なくとも、現時点でまともに相談できる魔術師というのは限られており、春奈がその一人なのは間違いない。


「確かにそうかもしれませんけど・・・でも・・・迷惑じゃないですかね?」


「大丈夫だろう。昔からあの子は面倒見がいい。気がかりなことがあれば聞いてみる方がむしろ良い結果をもたらすかもしれないぞ?少なくとも、自分の頭の中で考えて答えが出ないような状態であるのなら、外部に答えを求めるのも一つの手だ」


神加は確かに頭の中で何度も考えた。体の中にいる精霊たちとも相談した。そしてこうして奏にも相談しに来ている。


外部に答えを求める。どんな状況においても、答えは自分の中にしかないと神加は教わってきた。


その言葉を信じるのであれば、奏が言っているのは要するに答えを得るためのきっかけが外部にあるということだ。


人一人が考えられることにはどうしても限りがある。その限りある考えを別の方向に向けるためのきっかけが、自分以外の誰かの考えと意見なのだろう。


「神加、お前がその悩みに行き着いたのは、ある意味嬉しくもある」


「どうしてです?」


「お前は覚えていないだろうが・・・私がお前に初めて会った時、お前は今のように活発な子ではなかった」


「それって私がまだ小学校にも上がってない時ですよね?それはしょうがないんじゃないですか?」


いくら神加でも、小学校よりも前の話を言われても反応に困ってしまう。昔はおとなしかったが、今は活発な子に育ったというのは普通の親なら確かに喜ぶのだろうが、本人からすればどう答えればいいのか困ってしまう。


そこまで大した成長ではないと思うのだがと眉を顰める中、奏はゆっくりと首を横に振っていた。


「確かに子供だったからというのもあるのだろう。それを踏まえても、あの頃のお前は少し、いや、かなり危うかったんだ」


危うい。子供の評価としてそれがどういうことなのか神加は判断しかねていた。少なくとも好印象ではなかったのはわかる。


「康太たちと一緒に過ごして、少しずつ普通の子供のように育ってきて、今思春期になってそういった問題にも直面している。なまじそれができてしまう可能性があるだけに、その悩みは具体的だろう」


死なないようにできる。それはあくまで寿命を延ばすことができるというだけで死なないわけではない。


だが神加はおそらく、努力をすればそれができてしまう。それこそが神加が悩みを抱える原因でもあるのだ。


「大いに悩みなさい。悩むだけの時間があるのは子供の特権だ」


「大人にはないんですか?」


「・・・そうだな。大人というのは良くも悪くも決断を迫られる。悠長に悩んでいると、いつの間にか手遅れになるということがいくつもあるんだ」


それは社長として多くの決断を強いられてきた奏だからこそ言える言葉だった。


今までの経験からなっているのだろうその言葉は重く、神加の心の中にしっかりと残っていた。


「悩んで悩んで、それでいつか答えを出しなさい。何も今すぐに答えを出さなければいけないということもないんだ。そのあたりは自分で折り合いをつけるといい」


「・・・わかりました」


神加にとってこの悩みは具体的であるからこその悩みだ。それができてしまうからこそ、どうするのかに悩むのだ。


どちらにするか、それを決めてから変えることだってできる。だがきっと、自分は一度決めたら曲げないのだろうと、神加は考えていた。


「あー・・・それとな」


「なんです?」


妙に歯切れの悪い奏に神加は首をかしげる。たいていのことは滑るように言葉に出す奏だが、何故か言いよどみ、どういったらいいのか迷っているようだった。


「まぁなんだ、康太をそんなに邪険にしないでやってくれ。気恥しいのも、複雑な気分であるのもわかるが、あいつはお前のことを心配している」


「・・・わかって・・・ます」


康太のことだからこそ歯切れが悪かったのかと神加は眉をひそめながら不承不承ながら頷く。


頭ではわかっていても即座に納得できるわけではない。そういうこともあるのだ。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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