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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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まともな大人

神加はさっそく自分の知り合いに相談しようとしていた。


神加の周りにいる大人といえる人物は割と限られている。その種類も決して多いとは言えないが、それでも相談するだけの価値がある内容だと思ったために、まずは一番相談しやすく、相談事に対して真面目に返してくれる人物のもとを訪れていた。


東京の某所にある高層ビル。ここは神加が子供のころから通っている場所の一つだった。


受付でのやり取りも、もう何度も行った。受付の人物が変わるたびに、自分が成長しているのだという実感と、それだけの年月が経ったのだということを実感していたのを神加はよく覚えていた。


エレベーターを上がり、最上階の奥の扉を開くと、そこにはいつも通り、変わらない姿でパソコンに向かうその人物の姿があった。


草野奏。小百合の兄弟子にして、神加が最も信頼できる『まともな大人』だった。


ここは彼女が経営している会社の社長室。奏は今も社長としてこの会社を支え続けていた。


「神加か。少し待っていなさい。もう少しでちょうどいいところまで片が付く」


「わかりました。コーヒーでも淹れますね」


神加はいつもそうしているように、その部屋にいつも置いてある道具を使いコーヒーを淹れていく。


部屋の中にコーヒーの香りが満ちる中、奏はゆっくりと息をついて椅子に背を預ける。


「今日はどうした。いきなり相談があるからと電話があって少し驚いたぞ」


「えぇ・・・ちょっと、悩みというか・・・いや、悩みというほどでもないのかもしれませんけど」


「進路の話か?それならば私よりも小百合に話を通すべきだと思うが・・・個人的なことを言えば、しっかり四年大学は出たほうがいいと思うぞ。その程度の金は私が捻出しても構わない」


「ありがとうございます。でもそういうことではなくて・・・」


進路のことではないという話を聞いて『なんだ進路のことではないのかと』奏は少し残念そうにしながら顔を押さえて軽く目のマッサージをしていた。


神加はコーヒーと蒸したタオルを用意し、奏の机の上に置く。その机の上にはいつもの通り書類が積まれていた。


かつては山積みにされていた書類だが、昔に比べれば少なくなった方だ。


奏曰く、書類の決裁能力を部下に少しずつ分配していくことで社長である奏の負担を減らしていったのだとか。


とはいえそれでもやはり社長業というものは忙しい。神加がこうして足を運ばなければ、おそらく奏は休みなしで働き続けただろう。


ゴミ箱に入っているカロリーメイトやゼリー型の飲食料がその証拠だ。またまともな食事をとらずに徹夜でもしていたのだろうことがうかがえる。


「では何の相談だ?新しい魔術でも覚えたいのか?それとも武器の相談か?あいにく、私もだいぶ衰えた。もうお前に満足に教えられるほどとは思えんが・・・」


康太と訓練をしていた頃、十年前はまだ短時間であればだましだまし何とかなった。満足に訓練もしていなかったのにあれほど動けたのは、単純に若いころに蓄積した努力の貯金を斬り崩していたようなものだ。


だがそこからさらに十年、奏の体はもうほとんどまともに動いてはくれない。日常生活を送るには何も不便はないが、魔術師として活動するにはあまりにも肉体が衰えすぎてしまっている。


魔術的な技術を教えることはできても肉体的な技術を教えることは、もう難しかった。


「魔術は、教わりたいけどそういうことでもなくて」


「なんだ違うのか。ならどうした?もしや好きな奴でもできたか?神加もそういうお年ごろになったか」


「そう・・・でもなくて」


「違うのか・・・ではなんだ?さすがに今夜の夕食の献立に悩んでいるといわれても困るぞ?」


悩みを持っているということから、奏は意図的に神加に話しやすいように冗談交じりに話を進めていることがわかる。


こういう気遣いができる人間だからこそ、神加は最初にまず相談しておきたかったのである。


この人ならば真面目に答えてくれる。今までもそうだったからこそ、今回も相談してみたかった。


「その・・・奏さんは、なんで生きてるんですか?」


「・・・なんだ?これはあれか?遠回しに死んでくださいといわれているのか?」


「そ、そうじゃなくて!あの・・・アリスの話になるんですけど・・・すごく長生きする理由と・・・死にたくない理由っていう話になって・・・」


実際に口に出して説明しだすと、どう伝えたらいいのか神加もわからなくなってしまっていた。


生きる理由について、死ぬ理由について、死にたくない理由について。


神加にとっての生きる理由、それは死ぬ理由よりも大きなものであるのか。アリスの術式を使うことができればもしかしたら、神加も長い時間を生きることができるかもわからない。


だが小百合が言ったように、生きるだけの理由と、それができない理由を聞いて、そしてアリスが言っていた言葉を聞いて、神加は生きることだけが正しいことだとは思えなかったのだ。


だからこそ悩み、こうして相談に来ている。


「まぁ、順を追って話しなさい。そうしている間に自分でも頭の中で整理ができるだろう」


「・・・はい、すいません」


神加は最初から話し始めた。小百合との話のあたりから、アリスの発言のあたりまで、そして神加が何を悩んでいるのかも。


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