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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」

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変わるもの、変わらない者

「ただいま戻りました」


学校が終わり、神加は小百合の店に戻ってきていた。


無駄なオカルトグッズのある店内を通り抜けて、奥の居間スペースにやってくると、神加は荷物を放り投げてから倒れ込む。


そしてその倒れ込んだ神加の体を素早くやってきた赤黒い物体が受け止めた。


「ウィル~、運んで~」


ウィルと呼ばれた赤黒い物体。これはかつて康太とともに活動していた軟体魔術ウィルそのものである。


神加が高校に上がった時のお祝いとして、康太が神加に譲り渡したのだ。ウィル自身も神加にとてもなついていてよく言うことを聞いている。


今も倒れ込んだ状態のままの神加を揺らさないように徐々に運んでいるくらいである。


「随分とだらけているな。何かあったか?」


抑揚のない、というか興味のなさそうな声で聴いてきたのは神加の師匠である小百合だった。


ちゃぶ台の上にあるノートパソコンに向かいながら煎餅をかじるその様子は十年前、神加と出会ったころからほとんど変わっていない。


外見だけは年相応に老けてきているが、それもわずかだ。


普段から運動をしているおかげか、彼女の老化はそこまで急激には進んでいないようだった。


「いえ・・・うちの先輩方が無駄に魔術を発動してまして・・・見張ってて気を使ったってくらいですね」


「見張るなどと面倒なことをせずに潰してしまえばいいものを。お前たちの許可を得ないと校内では魔術を使ってはいけないとか、その程度の制約を与えてもいいのではないか?」


「別にあたしは学校を拠点にしてるわけではないですからいいんです。どうします?今日の訓練」


「お前、部活はどうした?」


「今日は休みです。体調が芳しくないって言っておきました」


神加も当然ながら高校の部活に参加している。女子テニス部で、かつて文が使っていた道具などをそのまま使わせてもらっている。


運動神経は高いほうであるために活躍することは難しくないが、そこまで活躍したいとも思わないために適当に流しているといった具合だ。


「よし、ならこい。訓練をするぞ」


「ちょ、待ってくださいよ。あたし今帰って来たばっかりですよ?ちょっと休憩させてくださいよ」


「いいからこい。今日は詩織はどうした?」


「詩織は長谷部さんのところで訓練してるそうです。こっちには来ませんよ」


神加と同じように詩織もたまに小百合の訓練を受けている。長谷部のところでも同じように訓練を行っているが、小百合の方がより実戦的であるため、定期的に指導をしているのである。


そうなると神加の負担が目に見えて減るため、神加としてはありがたいのだが、今日は残念ながら神加一人の訓練だ。


小百合に引きずられるようにして訓練場にやってくる。そこには誰もいない。当然といえば当然かもしれない。


子供の頃、この修業場は多くの人がいた。少なくとも神加の目にはそう見えていた。


小百合がいて、康太がいて、真理がいて、文がいて、アリスがいて、土御門の双子がいて。大勢に囲まれながら神加は過ごした。


いろんな人に、いろんなことを教わりながら育ってきた。


だが今はほとんどだれもいない。


康太も真理も独り立ちしてしまい、文は康太と行動を共にすることが多いため店に来ることは少なくなった。


アリスは今もここに住んでいるが、それでも外出することが多くなった。


土御門の双子は、高校卒業後は魔術協会への出向も終え、本格的に四法都連盟での活動に精を出している。


かつては誰かがここで先に訓練していて、神加も真理や康太に訓練をつけてもらっていた。幼い自分では小百合の訓練は耐えられないだろうと、兄弟子二人が気を使っていたのが原因だ。


だが神加の体も大きくなり、すでに小百合の訓練を直接受けるようになって五年ほど経過した。


確かに最初は戸惑ったものだが、それでももうすでに小百合との訓練で大きな負傷は全くしなくなった。

それほどに、神加は強くなった、なってしまったのだ。


「ほら、かかってこい」


まずは徒手空拳。体だけの訓練。武器を使わずに殴りあう訓練。所謂組手だが、危険度はそれよりもずっと上だ。


小百合との訓練は少しでも気を抜けば気絶させられる。


神加は大きく深呼吸して気持ちを切り替えていく。


部活動や勉強の時などとは比べ物にならないほどに深く鋭い集中を求められるのがこの訓練の時間だ。


学校などよりも、魔術の戦闘などよりも、よほど小百合との訓練の方が疲れる。当然だ、相手はこちらを気絶させるどころか殺すつもりで襲い掛かってくるのだから。


組み手などとは言えない。殺し合いに近いかもしれないほどの拳の応酬だ。


「一応言っておきますけど、顔はやめてくださいね」


「それを言って私がやめるとでも?」


「・・・言ってみただけです」


言っても無意味だということは知っていても、一応は言っておかなければいけない。


この師匠に対してそんなことが叶うとは思っていなくとも、アピールだけはしておいたほうがいいのである。


一応神加はもう女子高生なのだから。


小百合の放つ拳が神加の顔すれすれのところをかすめ、その長い髪をわずかに揺らす。神加は拳を回避しながら踏み込み、小百合の腹部めがけて肘鉄を入れようとするも、小百合は体を回転させながら回避し、その回転を利用したまま神加の側頭部めがけて回し蹴りを放つ。


顔はやめろといったにもかかわらず、ほとんど顔を狙ってくるこの攻撃に神加は嫌気がさしながらも、姿勢を低くして回し蹴りを回避し、そのまま水面蹴りを放ち小百合の足を狙って体勢を崩そうとする。


だが小百合もその攻撃を読んでいたのだろう、神加の水面蹴りを跳躍して躱し、回し蹴りの回転の勢いをそのままに空中で回転しながら神加めがけて踵落としを繰り出してくる。


体勢的によけられないと判断した神加は、両腕を盾にして小百合の全体重が乗った踵落としを防ぐが、神加の細腕では完全に受け止めきることはできない。


完全に受け止めるのではなく、受け流す形で踵落としをやり過ごし、いったん距離を取ろうとするが、その瞬間顔面目掛けて小百合の蹴りが再び襲い掛かる。


とっさに片腕と肩を盾代わりにして防ぐが、小百合の体重の乗った蹴りを受け止めきることはできず、後方に弾き飛ばされてしまう。


即座に態勢を整え、小百合からの追撃に備えるが、小百合はまだ襲い掛かってきてはいなかった。


空中にいたはずなのにどうやってこれほど重い蹴りを放つのかと疑問に思ったが、すぐにその疑問は氷解した。


あの踵落としを受け流した瞬間、まだ小百合の体は空中で回転していた。その回転を利用し、両手を地面につけ、全身をバネのようにして全体重を乗せたドロップキックを放ったのだ。


人間の動きではない。魔術で強化をしていないはずなのにこれだけの動きをするのだから、恐ろしい限りである。


「師匠、顔はやめてって言いましたよね?」


「だからわかりやすく顔だけを狙ってやっているだろう?まだ避けやすいし、防ぎやすいはずだ。私なりの優しさというやつだ」


その優しさのどこに需要があるのだろうかと思いながら、神加は腰を落とし、さらに集中を高め、独特の構えをする。


神加の徒手空拳は小百合の兄弟子である奏に習ったものだ。小百合のそれが回避しながらの拳や蹴り、ピンポイントの打撃などに秀でているのに対し、奏が神加に教えた技術は受け流した攻撃をそのまま相手にぶつけたり、相手の体勢を崩してから打撃につなげるといった、攻防一体の技術に近い。


どの武術やどの技術に近いというのは正直不明で、奏もこの技術がどの武術を由来にしているのかを正確には把握していないようだった。


先ほど拳を躱した後の肘鉄はカウンターの要領、水面蹴りは相手の体勢を崩してからの連撃につなげるつもりだった。


どれも回避され反撃を受けてしまい、防ぐのが手一杯で反撃することは叶わなかったが、おそらく奏や、神加の兄弟子二人ならば問題なく反撃してあのまま組み手を続けていただろう。


神加にはまだそこまでの技量はない。というより、まだその身体能力が身についていないというべきか。

小百合の攻撃を防ぎきることはできる。回避することも、長い事訓練をしてきたおかげでできる。


小百合の動きを大まかながら先読みすることもできるため、回避だけに徹すれば小百合から攻撃を受けることはまずない。


だが反撃しなければ勝つことなどできない。この理不尽な師匠の顔面に、一発拳か蹴りを当てなければ気が済まない。神加はそういう気持ちを抱いていた。


「その構えを見ると・・・嫌なことを思い出すな・・・」


「師匠にもトラウマってあるんですか?」


「あるぞ、私だって姉さんや兄さんに鍛えられていたからな。特に姉さんは私を良く鍛えてくれた・・・本当に嫌な記憶だ」


小百合が渋い顔をしているのを見て神加は内心ほくそ笑む。奏が言っていたことがそのままその通りになっているのだ。


『この構えをしたら、きっとあの子は嫌な顔をするんだろうな』


と苦笑しながらこの構えを教えてくれたことを思い出す。


「せっかくなので、この構えをそのままに嫌な思い出を再現してあげますよ」


「それは無理な話だ。お前ではそういった事はできん」


「あたしだって、今もなお成長してるんですから。そろそろ師匠に一発入れてもおかしくないですよ」


「・・・最近になってようやく康太が私の顔に一発入れたというのに、お前がもうそこに至るとでもいうのか?身の程を知れ馬鹿弟子め」


小百合の殺気が強くなるのを神加は感じ取っていた。


康太に顔面に拳を入れられた時のことを思い出したのか、明らかに不機嫌になっている。これはこのまま八つ当たりされる流れだなと、神加はあきらめながらも集中を高めていた。


気を抜けば一気に気絶させられる。間違いなく、確実に。


「バカ兄貴にしてやられてご立腹なのはわかりますけど、あたしに八つ当たりはやめてほしいなって思いますけど」


「何を言うか、これは八つ当たりではなく師匠から弟子への愛の鞭だ。せいぜいいい声で泣き喚け」


「本当に・・・師匠の風上にも置けない人ですね・・・!」


「風上に居ようとは思わん。そんなところにいるメリットはない」


そう言いながら小百合は神加めがけて襲い掛かる。


今日は何分もつかなと、神加は一瞬考えて小百合の攻撃を何とかしのぎ切ろうと集中を高めていた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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