彼女の名は
歩くたびにその長い髪がわずかに揺れる。吊り上がった特徴的なネコ目は周囲を見渡しながら、普通なら見えないものを見ていた。
身長は百六十半ば、すらりと伸びた手足に、細い体、だが決して筋肉がないわけではなく引き締まっている。
そして誰が見てもわかるほどの豊満な胸部、通り過ぎる男性の多くが一瞬その胸に目を向けてしまうほどだ。
学校指定のカバンと制服を身に着け、堂々と歩くその姿に目を惹かれるものも多かった。それだけその少女は美しい外見をしていたのである。
『今日の授業は確か体育だったか。あまり派手に動きすぎないようにするんだぞ?』
『わかってるわよ。手加減はするわ』
『そんなこと言って、この間もハードル走で結構な記録出してたじゃんか。危ないぜぇ?』
『うっさい。あの時は・・・ちょっと加減を間違えただけ』
『幸い、運動神経がいいというだけに見られましたけどね。きちんと一般人との差を考えなければいけませんよ?』
『わかってる。もう何度も言わないで』
彼女の頭の中では複数の声が響く。決して多重人格とか、頭がおかしいとかそういうことではない。
彼女は特別なのだ。彼らは彼女が幼いころからずっと一緒にいる家族のようなものだ。時に助言をし、時に励まし、時に喧嘩もした。
多くの者はその存在を知覚できない。そして彼女の最も近しい存在である身内でさえ、その存在を完全に把握はしていない。
だがそれに近しい存在がいるということは把握している。
なぜ彼女だけにそのような存在がついているのか、それは幼いころからの疑問ではあったが、幼いころから言われ続けていた言葉がある。
『お前には才能がある。ただそれだけだ』
それを言ったのは彼女の育ての親とでもいうべき人だった。
才能、その一言で済ますには、少々いろいろと言葉が足りないように思えたが、それでも彼女はそれで納得していた。
才能という意味では彼女は確かに恵まれている。
運動神経もよく、勉強も嫌いではない。そして何より、育ての親から舌打ちされるレベルで才能があるとわかった時点で、努力が必要なのだということは理解していた。
どのような力を持っていても、才能の一言で片づけられてしまう可能性がある。だから努力した。だから多くのことをできるようにした。
彼女の姉兄たちも、彼女の努力を認めていたし、彼女自身の成果を素直に喜んだ。
昔から可愛がられてはいたが、今でもそれは変わらない。
もう少し対応を変えてほしいと思ってしまうが、それも無理のないことなのかもわからない。
『そろそろ学校だから、何かわかったらまた教えて。魔術はあんまり使いたくないし』
『わかった、なにかあったら教える』
『いつも言ってるが、背後からの不意打ちを防ぐ程度だけどなぁ』
『あとはあなた自身の回避能力に頼るしかありません。索敵などは最小限に。先輩たちを余計に威嚇してしまいますから』
『わかってる。殺気とかも出さないようにしてるんだけどなぁ・・・』
強い存在感を持っている彼女は、その場にいるだけで周りの人間に威圧感を与えていることが多々ある。
周りにいる人間がそういったものが多いからこそそういうことが言えるのかもしれないが、どちらにせよ彼女にとってはあまり良いことではなかった。
もう少し普通に接してほしいと思う反面、それが無理であるということも理解している。それ故に悩ましいところだった。
「あ、来た来た。おはよー」
交差点の一角で待っている女生徒は彼女を見つけて手を振ってくる。
短い髪に低い身長、そして活発そうな笑顔を向けるその女生徒は彼女の友人の一人である。そして、仲間の一人でもある。
「おはよー。宿題やってきた?」
「うん、やったやった。っていうか聞いてよ。昨日うちの師匠酷いんだよ?わざと暴発させてその危険性を知れとか言って、無茶苦茶やろうとすんの」
「あはは、そっちも大変そうね。こっちも同じようなものだけど」
一つだけ追加することがあれば、この二人は魔術師だ。魔術を使う、魔力を有した人物。
そして、一部のものにはすでにその存在は知られている。
「そういえばさ神加、この前またお兄さんの噂聞いたよ?また派手にやってるんだって?」
「・・・バカ兄貴はいつものことよ。いっつも加減を考えないんだから。変なところばっかり師匠に似て・・・姉さんを見習ってほしいわ」
呆れながら、そして困ったような顔をして彼女は笑う。
言葉とは裏腹に、自分の兄の話題が出て少しだけ彼女の声のトーンは上がっていた。
彼女のことを少しだけ紹介しよう。
天野神加、高校一年生。
精霊に愛され、多くのことを学び、彼女は今魔術師として、そして高校生として学校に通っている。
デブリス・クラリスの三番弟子。シノ・ティアモ。
彼女は今、兄弟子である康太がかつて卒業した三鳥高校に通っていた。
高校一年生になって、もうすでに二カ月が経とうとしている、六月のことだった。




