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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
最終話「彼の戦う理由」

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その理由は

「・・・痛手だったな・・・」


その声は暗闇に満たされた部屋の中で響いていた。


声音は決して機嫌がいいものとは言えない。むしろ悔しさと憎しみをにじみだしたような声だった。それを聞いている者もまた、その声の主と同じ気持ちだった。


「あぁ・・・また準備に何十年もかかってしまう・・・資金もその伝手もすべて奪われたんだろう?」


「あぁ、こちらの手駒はほぼゼロになってしまった。残ったのは、魔術師の組織としての体裁だけ・・・多くの者は気力も何もかもなくしている。連絡もつかなくなったものもかなり出ている」


「もう私たちの言うことを聞くことはできない・・・ということか」


「それでもまだ、昔からの付き合いの魔術師たちは私たちを支持してくれる者もいる。まだ、終わってはいない」


まだ終わってはいない。その言葉に、その場にいた多くの魔術師があきらめの瞳の中に希望とやる気を再燃させていた。


だがそれでも、それでも今回被った被害は大きかった。大きすぎた。


「再び決行できるようになるまで、いったいどれほどかかるか・・・まずは資金源の確保、そして人材の補充と術式の開発・・・だが・・・」


「術式に関しては完全に失われた。もはや新しく作り出すしかあるまい。記憶そのものが消されているのは本当に痛いな」


記憶消去において、今回該当する魔術師たちは記憶消去の対象になっている事象に関するすべての記憶を消去されていた。


とはいえ、その事象そのものは覚えている。それに関する情報を忘れさせられたのである。


本来、再犯の可能性を考えてそれらの事象そのものも忘れさせるべきなのだろうが、魔術師としての罪を犯したという事実そのものを忘れられてしまうと、二年間の魔術師としての活動禁止ということそのものも忘れられる可能性があった。そのため、今回彼らの記憶から消えたのは件の術式に関することのみである。


それに連なる実験、過程、過去、それらすべてを彼らは忘れたのだ。


思い出すにしても、どこからたどればよいのかもわからない。資料のすべては協会の魔術師たちに押収された。


一人一人記憶を確認され、計画書からメモ書きに至るまですべて探し出され、なおかつ消去されてしまったのだ。


もはやこうなってはまた一から確認していって探していくしかない。先の言葉の通り、何十年もかかるだろう。


「だが、命があれば、考えることができれば、いくらでもやり直せる。何年かかろうと、何十年かかろうと、私たちはきっと、この大業を成す」


それはこの組織の今の主要メンバーの親の世代から受け継がれた悲願だった。親の悲願と言われても、多くの者が納得でいるわけがない。だがこの魔術師たちはそれ以外の生き方を知らないのだ。


この大業を成す。そのためだけに生き、そのためだけに魔術師として活動を続けてきた。そのためだけの人生といっても過言ではないのかもしれない。


そのように親に教育され、今の今まで生きてきたのだから。


「とはいえ、今回のことで協会からもかなり睨まれてしまっている。行動は慎重に慎重を重ねなければ、今度は本当に滅ぼされかねないぞ」


「魔術師としての活動・・・魔術師として行動しなければいい。あくまで魔術を使うことを禁じられたようなものだ。表の人間として行動し、そしてまた活動圏を広めていけばいい。幸いにして一般人の中にも私たちの協力者はいる」


協会が封じたのはあくまで魔術師としての活動とその行動だけ。一般人としての彼らの行動を縛るようなことはしなかった。


何百人どころか千人規模の人間がいきなり表の世界から姿を消せばどのようなことになるか、そのあたりを協会も危惧したのだろう。


もっとも、世界各国で起きている行方不明者などから見れば、そこまで大した量ではないのかもしれないが、ある程度親しいものは表の活動でも行動を共にしていることが多い。


知り合いの一般人などに事件性を感じ取られるのは厄介だ。そういう意味もあって協会は表の行動を禁止していないのだ。


表の行動も禁止されるということはつまり死んでいるのと同じことだ。協会が彼らの命を奪わなかったのはひとえに魔術の存在が露見することを恐れたが故だ。


逆に言えばその危険がなければ、彼らもまた命を奪われていただろう。倫理観や人権問題などでうるさい世間も、魔術師の世界までは声を届かせることはできない。


危険なものは、怪しいものは排除することが魔術師にはできるのだ。


殺すことも厭わない。存在を抹消することなど容易にできる。それが魔術師だ。


そういう意味ではまだ彼らは再起のチャンスがあるということでもある。彼らの言うように、何度でも、何度でも。


「時間はかかる。だが我々はまだ終わっていない。まだこれからいくらでもやり直せる。ここからだ・・・ここから・・・!また・・・!」


それは自分に言い聞かせるような言葉だった。それを聞いている魔術師たちもまた、その言葉を自分の中に刻み込むようにその言葉を聞いていた。


再び、また再び大業を成すために。悲願を達成するために。


「いや、お前らはここまでだ」


その言葉が聞こえてきた瞬間、その場にいた全員が背筋を凍らせていた。


いったい誰なのか、誰がその言葉を放ったのか。


聞きなれた声ではない。それどころか、自分が理解できる言語ではなかったのにもかかわらず聞こえてきた、理解できてしまったその声に、全員が周囲を見渡していた。


暗闇の中で、わずかに光るその眼光だけがその存在を知らしめていた。


「誰だ・・・お前は・・・」


「知る必要もないだろう。お前らはこの場で終わるんだ」


そう言いながら近づいてくるその男が、何者であるのかその場にいた全員理解することはできなかった。


だがその言葉と、放たれる殺気から明らかに自分たちを害しようとしているということは理解できた。


相手が魔術師であるということは内包されている魔力から確認できている。どこかの組織の回し者か、あるいは自分たちに恨みを持つ者か。どちらにせよこの場で戦闘することはできない。


魔術師としての活動が禁止されているため、魔術師としての戦闘そのものが協会の言うところの禁止事項に触れかねない。


まずは説得を試みるべく、視線で合図しながらやや後退し、代表して一人が口を開いた。


「待て、我々は魔術協会の傘下の組織のものだ。我々を害するということは、魔術協会を敵に回すことになるぞ」


その言葉に、そこにいた男は首をかしげる。知っていた事情と違ったのか、あるいは何か思い違いがあったのか、どちらにせよ会話をするだけの価値はあると判断してさらに口を開く。


「我々の処遇は協会の本部が取り決めたものだ。最悪、協会の本部も敵に回す可能性があるが、それでもかまわないというのか」


魔術協会の中でも本部の存在をちらつかせれば怯まない者はいない。この魔術師たちはそう考えていた。


実際今までの魔術師たちもそうだったし、何より何も嘘は言っていない。降伏を受け入れられ、一応は傘下の組織という形で今のところは落ち着いている。問題行動を起こさなければという条件付きだが。


「わからないな、それは、何か関係があるのか?」


「・・・関係?どういうことだ?」


「お前らが協会の傘下に入ったということ、本部がそれを決めたということ。それと俺が今ここにいることと、何の関係がある?」


本気で何を言っているのかわからないといった様子の男に、その場の全員がわずかに寒気を覚えた。


普通に話しているはずなのに、その言葉が、その声音が、まるで深い闇の底から響いてくるかのような、そんな錯覚を覚えたのだ。


「お、お前は、我々を攻撃しに来たのだろう?」


「攻撃・・・攻撃か・・・あぁ、まぁそうだな。そうなるな」


「なら、我々を攻撃することが、協会を敵に回すことになる、そのことはわかっているだろう!関係はある。あるんだ!」


魔術師として生きているなら魔術協会の存在は無視できない。無視できるはずがないのだ。魔術師の八割以上が所属するほどの大組織。逆らえば魔術師としてだけではなく、人としても生きていられなくなってしまう。それほどの力を持った組織なのだから。


「だからそれがわからない。協会が敵になるのはわかった。でも、それがどうした?」


「・・・え・・・?」


協会が敵になるという魔術師にとって最大の危険を前にして、それでも関係ないといっているかのようなこの男の発言を聞いて、一瞬脳の理解が追い付かず間の抜けた声を出してしまう。


そして次の瞬間、横にいた一人の魔術師から悲鳴が上がる。そして残りの魔術師たちに生暖かい何か、液体のようなものがかかった。


転がるようにしてその場に倒れ込んだその魔術師にいったい何が起きたのか、暗闇でよく見えないが、その魔術師は足を押さえているように見える。


そして、少し離れた場所に、本来ついているはずの足が転がっていた。


それが何を意味するのか、どういうことなのか。全てを理解してしまった段階で、恐怖と震えが全身を襲う。


「な、何を・・・!」


「決まってるだろ。お前らを滅ぼしに来たんだよ。お前らは一人も残さない。どこまでも追って、一人残らず殲滅する」


お前らというのがこの場にいる数人だけではなく、組織として残った全ての者を言っているのだということを理解し、なおのこと恐怖が全身を包む。


何人も連絡がつかないものがいた。あれはもう自分たちの目的にはついていけないという意思表示だと思っていた。


だが、そうではない。そうではないのではないかと彼らは思い始めていた。


この魔術師が、この目の前の魔術師が、すべて消していったのではないかと、すべて殲滅してきたのではないかと、そう考えてしまった。


「なぜだ・・・!我々はもう降伏した・・・!魔術協会もそれを認めた・・・!罰も・・・!すべてを、我々からすべてを奪っておきながら・・・!なぜ!?」


何故。何故か。その問いに対して、目の前の魔術師は笑っていた。


その笑いが部屋の暗闇に溶けていく中、多くの者が絶望し、同時にもうどうしようもないのだとあきらめてもいた。


「俺を不快にさせた」


放たれた言葉の意味を、多くの者が理解できなかった。


それがどういう意味なのか、考えれば考えるほどわからなくなってくる。だがその言葉以外に何も意味がないということを理解するよりも早く、魔術師の殺気が全員を貫いた。


「それ以外に、お前らが滅びる理由は必要ない」


次の瞬間、悲鳴を上げるよりも早くそれは執行された。苦悶の声が消えるまで、数分とかからなかった。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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