やるべきこと
「まぁ、危険なのは理解しているけどね・・・まぁこればかりは」
「失礼します!」
ノックの後に駆け足で入ってきたのは日本支部の専属魔術師だった。いくつもの書類を持っている彼が息を荒立てながら入ってきたことで支部長に緊張が走る。
「焦らなくていい。報告してくれ」
「はい、各方面からの報告の集約が完了いたしました。今回攻略該当箇所となっていた場所に赴いた支部、すべて攻略を完了。被害はあれど術式の発動は確認できなかったとのことです」
その報告を受けて支部長だけではなくその場にいた何人かが安堵の息を吐いていた。
万が一術式が暴発し、大地の一部が消滅していたらそれこそ目も当てられない事態となっていただろう。
各支部は無事、各所の攻略を完了し大きな被害を出すことなく事態を解決することに成功したことになる。
「そう、それは良かった。本部は何か反応を示したかい?」
「今のところは何も。各方面への最終調査や確認を行うための部隊を編成している程度です。想定よりも早く攻略が終わったことで出だしは遅いですが」
「うん、確かに想定よりも早く攻略自体は終わったね。一日かからなかったのは事前準備のおかげかな?」
今回は本部だけではなく支部全体を挙げての事前準備を行い、全体で事に当たった。戦力となる魔術師だけではなく、後方支援を行う支部もかなり尽力し準備に取り掛かっていた。
その結果が良い方向に出たと思うべきだろう。
本部の出だしが遅くなってしまうのも無理のない話だった。
「これで無事今回の案件は終了かな・・・あとは相手の出方を待つだけか」
「これで私たちはお役御免だな。帰らせてもらうぞ」
話の流れを斬り裂いて身を翻したのは他でもない小百合だった。
もうすでに自分の仕事はないと判断して即座に店に戻るようだった。
「クラリス、もうちょっと何というか、感慨に浸ったらどうだい?結構大変だったでしょうに」
「周りの連中が足を引っ張らなければもっと早く終わった。弟子二人に先を越されるなど屈辱の極みだ。そんな状態でどんな感慨に浸れというんだ」
確かに小百合の攻略班は三つ出た攻略班の中で最も遅く攻略を完了した。そのことが小百合のプライドを傷つけているのかもしれない。
いや、おそらく小百合のことだ、それを理由にして一刻も早くこの場から離れたいのだろう。春奈や支部長のいるこの空間から。
「ジョア、ビー、私は先に帰る。ジョアは書類関係をまとめておけ」
「わかりました、あとはやっておきますよ」
「姉さん、俺も」
「ビー」
手伝いますよと言いかけた瞬間、小百合にさえぎられる。そして小百合は少しだけ振り向いて、仮面の奥底の目を康太に向けていた。
「お前はお前のやることをやれ」
その場にいたほとんどの人間が、その言葉の意味を理解できていなかっただろう。やるべきこと、後始末なのだろうかと首をかしげる始末である。
だが唯一康太だけ、そして少し後になって文と春奈もその意味に気付いていた。
「・・・わかりました」
「それでいい」
小百合はそれだけを言って支部長室から出ていく。この場から小百合がいなくなったことで、一種の緊張が解けていき、全員が大きなため息をついていた。
「いやぁ・・・それにしても・・・無事に終わって何よりだよ。これで僕も枕を高くして寝れる」
「休めるんですね、最近ずっと忙しそうにしてましたからね」
「うん、この後始末であと三日か四日くらい徹夜すれば休めるよ。誰かさんがどでかく破壊しなきゃ一日二日で済んだんだろうけどね」
そういう支部長は出て行った小百合の方とその場にいる康太の方に目を向ける。
そんな支部長の視点を康太は真正面から受け止めてにやりと笑う。決して悪いことはしていないと言いたげな表情である。
方陣術の破壊はマストオーダーの一つだった。それを迅速に行ったという意味では康太の功績は大きい。
もちろん小百合も同様だ。二人とも大きな功績を遺した。同時に大きな面倒ごとも作ったわけだが。
「私もそろそろ失礼する。ベル、お前はどうする?」
「私は・・・」
春奈が帰ろうとする中、文は康太の方を見る。康太が帰るのであれば自分も帰るのだがと言いたげな表情に、康太は小さく考えて、支部長の方を向いていた。
「支部長、俺ちょっと本部に行ってきますね」
「本部に?何しに?」
「いや、ちょっといろいろ報告っていうか、相談をしに」
相談をしに行くという言葉に全員が眉をひそめていた。いったい誰に何を相談しに行くのか、そもそも相談という言葉がそもそも違和感を覚えさせる。
「それはいいけど・・・面倒は起こさないでよね?」
「大丈夫ですよ、俺が個人的に相談に行くだけなんですから。変なことは起きませんって」
康太のその言葉を支部長は全く信用していなかったようだが、それでも文とアリス、そして倉敷が一緒に行くようなそぶりをしていることから三人に任せることにしていた。
何が起きるのか、支部長は何となく理解して、康太の行動を放置したのである。




