康太の戦術
康太は最低限の枝葉を落すと今度は地面に降り立っていた。ある程度火球が減ったおかげで恐らく相手は再び自分を見失っている。水と炎の二つの魔術を使っているために相手の視界は最悪のはずだ。
ただ使っているだけならまだしも、自分の周りを覆うように壁として展開しているために水による光の屈折、そして炎による発光であの場所から視覚による外の状況は全く把握できていないだろう。
あの状態でさらに火球を作り出す魔術を扱えるのであればかなり厄介だっただろうが、二つの魔術を発動した状態ではほんの少しずつ数を増やしていく程度しかできないようだった。
数秒間に五つ程度、炎の球体ができているがその程度の展開速度であれば康太が動き続けたほうがまだ速い。相手が見失っている間にある程度仕込みを済ませなければならないだろう。
康太は槍を構えると近くにあった木の根元を思い切り切り付ける。
何度も何度もその刃を突き立てるがその木には傷一つついていなかった。
何十回と槍を振った後で次はその裏側、つまり目標から見て死角になる場所に回り込むと思い切り蹴りを当てていく。
そしてその間にも相手の注意を引くために先程空中を移動したときに周囲の木々に配置した数珠を炸裂させていた。
相手からすればこちらが無駄な攻撃を続けているように感じられるかもしれない。だがそれらはすべて囮だ。持っている武器の数の少ない康太からすれば手痛い出費だがそれをするだけの価値がある行為である。
やっていることはシンプルだ、康太は蓄積の魔術を使ってこの木を倒そうとしているのである。
蓄積によって木に切れ目を付けて衝撃で強引になぎ倒す。注意がこちらに向かないように数珠を炸裂させて攻撃している。その数珠の鉄球が時折火炎球を破壊してくれるのは僥倖としか言いようがない。
そして康太の準備が整うと、今まで蓄積されていた物理エネルギーを解放する。木を押しながら発動すると木の根元に深々と切れ目が入る。先程まで蓄積してあった槍による斬撃がしっかりと木に傷をつけた。それはその木を倒すには十分すぎるほどの切れ込みだった。
次に康太は木の背面に蓄積した打撃のエネルギーを解放した。先程まで何の問題もなくそびえていた木は独特の裂ける音を悲鳴のように上げながらゆっくりと倒れていく。
倒れていく際に干渉する周囲の枝はすでに落した。その木は何の障害もなく魔術師の真上へと倒れていく。
炎によって近づけないため康太自身は攻撃できない。水によって小さな衝撃、つまりは弾丸系の射撃攻撃は無効化される。
ならばその二つでも防げない大質量の攻撃を仕掛けるほかない。
木が地面に叩き付けられる瞬間まで、魔術師はその音しか聞こえなかっただろう。火炎球を破壊しながら倒れてくるその木のことを把握したのか、防壁を即座に解除して何とか横に跳躍するような形でその木から逃れて見せた。
ギリギリのタイミングだっただろう、何の音がしているのかもわかっていなかった状態からの緊急回避、もし周囲の火炎球がすべて消えていたらそれこそあの木の直撃を受けていたかもわからない。
回避されてしまったが康太にとってはそれでよかった。すでに木の両脇部分にはお手玉を投擲しているのだから。
物理エネルギーを解放することによって中に入っていた鉄球はすべて周囲にまんべんなく弾き跳び地面や木々にめり込んでいった。
そしてその中には魔術師も当然含まれている。
だがそのあたりはさすが魔術師というべきか、康太が追い打ちを仕掛けるのをすでに読んでいたらしくその体の大部分に対してすでに水の防壁を張りなおしていた。
だがその体の全てを守ることはできずに片腕に被弾し血を流していた。
康太としては何が何でも足に傷を負わせたかったのだが、相手も逃げるための足だけは守ろうとしたのだろう。頭、胴体、そして足だけを守ろうと必死だったようだ。さすがにそう上手くはいかないかと康太は木陰からその様子を窺いながら内心舌打ちをしていた。
あそこまでうまく攻撃できたのにもかかわらず腕にしかダメージを与えられなかった。自分の攻撃が愚直すぎて相手に読まれていたというのもあるのだろうが相手の読みとそれに対する防御も目を見張るものがある。
相手をほめるべきかそれともあの状況においても攻めきれなかった自分の未熟さを責めるべきか。
小百合だったらきっと後者だろうなと思いながら康太は再び身をひそめる。
魔力はまだ残っている。と言っても今の攻防でどうやら相手をかなり本気にさせてしまったようだ。
仮面をつけていないから相手の表情がよくわかる。明らかにこちらに対して敵意を向けている表情だ。
足止めという事で先程から嫌がらせしかしていないのだ、倒せるときに倒せる攻撃をしていない時点で当然かもしれない。
相手からすれば手を抜かれているようにも見えるだろう。康太にとっては今の行動そのものは全力で行っているのだが。
手持ちの武器もだいぶ少なくなってきている。あとは自分の体でうまく足止めをしなければならないだろう。
可能なら足を負傷させる。ダメならこのまま足止めを続行、それ以上は望まない。
否、望んではならないのだ。無理に倒そうとすればその分危険に身をさらすことになる。
康太に任された十分が過ぎるまであと半分程度、まだまだ嫌がらせをしてやろうと康太は息を整えていた。