雷の道を駆ける者
上空約千メートルほどまで上昇した康太たちは、文とアリスの準備が整うのを待っていた。
といっても数分程度の時間だ。
毎日のように飛び回っている康太としても、これほど高い場所でいるのを維持するのは珍しい。
周りはほとんど樹木しか見えなくなってしまい、真下にいるはずの魔術師たちはほとんど豆粒程度の大きさになってしまっている。
「アリスさんや、ここから電撃で飛んでいくのはいいんだけどさ?さすがにこの距離じゃ相手の拠点も見えないんじゃないの?」
「馬鹿者、そのために私がいるのだ。私が敵の拠点を把握し、ベルがそこまでの道を作る。もちろん道を作るために私も協力するぞ。超長距離電撃だ。威力そのものはほとんどないに等しいが、きちんと届けばいいなと思っている」
「そんな遠くまでわかるのかよ」
「もちろんかなり情報を絞っているし、私が全集中を傾けなければならんがな。一応私も頑張っておるのだぞ?」
「ちなみに、その移動手段はその・・・テストとか、試運転とかは」
「大丈夫だ、五十キロまでは保証しよう」
つまりそれ以上の距離だった場合は保証されないということである。アリスの無茶苦茶はいつもの通りなのだが、そこに文もかかわっているとなるとどうしても文に助けを求めたくなってしまう。
「なぁベルさんや、さすがにここから飛んでいくのはちょっと・・・」
「しょうがないでしょ、ここからあんたを先に飛ばして私たちが追い付いたほうが効率的よ。予想以上に距離があった場合、三十分じゃすまないんだから。アリス、ここからの距離は?」
「六十八キロといったところだの。ここの方陣術よりも大分大きい。守っている魔術師の数もそれなりだな。何やら慌てている様子だぞ」
六十キロ越えの距離でさえも索敵して見せるアリスの完全集中状態に康太は戦慄するが、それ以上に急がなければいけないだけの理由までできてしまった。
こちらの攻略が済んだということが相手にも伝わってしまったのだろう。
このまま放っておけば相手が自棄になる可能性もある。早い段階で相手陣地にこちらの勢力を送らないと、敵が術の発動をしかねない。
「ほらビー、しっかりしなさい。こっちはこっちでやっておくから」
「送り届けた後も私が砲撃支援してやるから安心しろ。適度に敵の数を減らしてくれればそれでよい」
「さ、準備できたわよ」
「え!?もう!?」
話をしている間にすでに文は準備を終えてしまったのか、自らの頭上に作り出した電撃の輪をゆっくりと大きくしていく。
あれをどうにかするのだろうと思いながらも、康太は未だに吹っ切れずにいた。
今まで十メートル程度の移動は自分でも行ってきた。文の補助をつけて百メートル単位の移動もやってきたが、さすがにこれだけの超長距離を移動したことはない。
自分の体が果たしてもつだろうかと思いながらも、その電撃の変化を見守っていた。
「アリス、準備いいわ!補助と角度調整お願い!」
「よしきた。ではビー、音よりも速く駆け抜ける気分を味わうがよいぞ。私たちはせいぜい新幹線程度の速度で向かわせてもらう」
「おい!なんかそっち快適そうだぞ!俺もそっちがいい!」
「わがままを言うでない。ほれ、ベルが集中状態に入っておる。邪魔をするな邪魔を」
アリスの言う通り、文は集中状態に入っているのか何か小さくつぶやきながら電撃を操り続けている。
電撃でできた巨大な輪は、いつの間にかいくつも分裂し、輪によって作られたトンネルのような形を作り出していた。
いや、これはトンネルではなく、おそらくは砲身だ。長距離の電撃を打ち出すための電撃でできた砲身。
「覚悟を決めろ、お前のためにこれだけの努力をした女の気概を無駄にしてくれるな」
「それを言うのは卑怯だろ。わかった、わかったよ、行ってやる!覚悟は決めた!」
康太はそういって全身を電撃と同化させ神化状態へと至る。
「トゥトゥ、早めに追いついて援護してくれよ」
「それはこいつらに言ってくれ。こいつら次第で到着時間変わるから」
「アリス、なるべく早めに追いついてくれよ」
「善処しよう。E4系がE5系になる程度には頑張ろう」
いったい何のことを言っているのか康太には分らなかったが、アリスが頑張るといったのだ。早めの到着を期待したいところである。
康太は文の集中を乱さないように、文には何も言わずに、近くによってその顔をじっと見つめるだけにとどめた。
これだけ深い集中に入っている文を見るのは実に久しぶりだった。だからこそ、それを邪魔だけはするまいと決めていた。
だが、文は康太の視線に気づくと仮面の下で笑顔を作る。
「行ってきなさい。ビー」
「・・・あぁ、行ってきます」
神化状態にある康太は、文のやや後ろに待機する。どのような移動をするかはわからなかったが、抵抗せず、流れに身を任せるつもりだった。
「では行くぞ、無限の彼方へ!」
アリスの叫びとともに、電撃の砲身に光が集約されていき、一直線に放たれる。それは通常の電撃の軌跡とは違う、まっすぐなものだった。
そしてその光に見とれていると、アリスが康太の体を掴んで砲身の中へと投げ込む。
「ではなビー。幸運を祈っておるぞ」
その瞬間、康太の視界からアリスたちの姿が消え去った。
光の筋。まるで流星の如く一直線に走ったその光は、着弾点の周囲に電撃を放ちながらその場所へと命中していた。
その場にいた多くの者がその光を見ていた。光の道。雷の道。多くの者が目にしたその光のたどり着く場所で、康太はゆっくりと目を開き、立ち上がる。
その体に、わずかに電撃を纏わせながらゆっくりと歩き出す。
視線の先には光の筋を見ていた魔術師たち。方陣術を守るべく陣地を形成し、わずかに慌てるようなそぶりをしているその魔術師たちを見て、康太は槍を構える。
康太が攻撃態勢に入るのと同時に、相手は障壁を展開し防御態勢を敷くが、もはやすべて遅かった。
即座に展開された障壁一枚程度、康太にとってはないものと同じだった。障壁を砕きながら中へと侵入する康太は、その場にいるものの人数とどれくらいの強さであるのかをおおよそ把握しながら襲い掛かる。
多くの射撃系魔術が襲い掛かる中、敵の体を盾にしながら相手の陣地中央に高速で移動していく。常に近くに居る魔術師を槍で斬り裂きながら、体から放たれる電撃で攻撃しながら、縫うような軌道で加速し続けていく。
魔術師の誰かが叫んでいる。何を叫んでいるのかは康太にもわからなかった。さすがのアリスもこれほどの距離の翻訳は無理なのだろう。何を言っているのかは知らないが、康太に取ってやることは同じだ。
殲滅。
康太がここにいるのはそれが目的だ。もちろん時間稼ぎをして文たちがやってくるのを待つのが得策だろう。
康太自身もそうするつもりだ。だが可能な限り相手の数を減らし、可能な限り味方に楽をさせる。それも康太の目的の一つである。
康太の背中にある双剣笹船が、ウィルによって操作され鞭に似た軌道を描きながら周囲の魔術師を斬り裂いていく。
魔術師の数は無限ではない。先ほど攻略した場所よりは多いが、それでも一人一人戦闘不能にしていけばいつかは終わる。
康太は相手からの攻撃を回避しながら、全力で周囲の敵に攻撃を続けていた。
だが康太の動きが唐突に止められてしまう。上から襲い掛かる強い念動力の力、あるいは重力操作によって康太の体が強く地面に押し付けられてしまっているのである。
地面に膝をつき、その場に動けなくされた康太の前に、数人の魔術師が立った。
「そこまでにしてもらおうか、ひどく暴れてくれたな」
「・・・日本語が上手だな。言葉が通じるやつがいて何よりだよ」
この南米の地でまさか日本語が聞けるとは思っていなかっただけに、康太は内心驚いていた。
だがいろんな場所で活動していた組織だ。別の言語に明るいものがいても不思議はない。この場に多言語を習得している者がいったいどれだけいるだろうかと、康太は場違いなことを考えていた。
「なぜ邪魔をする。協会は、なぜ我々の理想を邪魔するんだ」
「・・・お前たちのやろうとしていることが、危険だからだ。魔術の露呈につながるだけじゃなく、最悪この星そのものを住めない環境にするかもしれない。そんなこともわからないのか」
「君という成功例がいながら!なぜ協力しようとしない!もし協力すればこの星を意のままにできるかもしれないというのに!君がいれば、この試みはさらに成功率を上げることができるというのに!」
この男はいったい何が言いたいのだろうかと、康太は眉を顰める。
こうしている間に攻撃すればいいだけのはずなのにそれをしない。その理由を考えて、康太はその答えに至る。
「要するに、お前らは俺を味方に引き入れたいってことか?」
「・・・君だって、今まで思い通りにいかなかったことがあるはずだ。この星を操ることができたのなら、もしかしたら、この星の歴史そのものを変えることだってできるかもしれないんだぞ」
星の歴史。そんなものを書き換えるつもりはなかったし、そんなものを書き換えたいと思ったこともなかった。
「君の大事を助けられるかもしれない。あるいはもうすでに死んでしまったことも、なかったことにできるかもしれないんだぞ。その可能性を捨てるのは、あまりに愚かだ」
愚か。そのような言葉で告げられるほど、康太の後悔は安くはなかった。康太の絶望は軽くはなかった。
もし本当に死者がよみがえるのであれば、そんなことを考えて、康太は幸彦のことを思い出した。
頭の中で幸彦の声が聞こえる。幸彦の腕が、いつものように康太の体を打ち据える。そしてまた、あの笑みを浮かべながら、困ったようなあの笑みを浮かべながら、康太にいろいろと世話を焼いてくれるのだ。
そんなことを考えて、康太は歯噛みする。
そんなことがもう絶対にありえないのだと、康太は理解していた。幸彦が死んだときに、幸彦の体が骨になってしまった時に、幸彦の墓に行った時に。もう、何度も理解したことだった。
「・・・・・・した」
その声は、誰にも届かなかった。
「我々は!魔術師として世界を導く!二度と不幸がないように!二度と過ちを犯さないように!」
「・・・がどうした」
その言葉は、康太自身が、自分に言い聞かせているかのようだった。
「成功すれば、魔術師は日陰者として生きていかなくてもいい。日の目を見ることだってできる!」
「それがどうした・・・!」
その言葉は、ようやく相手に届いていた。そして強い圧力をかけられている状態で、それでもなお、康太は立ち上がる。
全身に力を込めて、腕に、足に、体に、全力を込めて。
「それがどうした!」
その体が変化する。赤黒い鎧の姿から、光り輝く神の姿へ。四枚の羽根に見えるそれを生やした、康太の真の姿へ。
その姿が康太の怒りの姿であると、ほとんどのものが理解できてしまっていた。
康太の、逆鱗に触れてしまったのだと。
「お前らの理屈を、いったいいつ聞いた・・・!そんなことは俺にはどうだっていい!」
「だ、だが君だって!どうしようもないことを、どうにかしたいと思うはずだ!」
「それがどうした!」
康太が吼えると同時に、周囲に強い電撃が放たれる。そして眩い光に一瞬目がくらむと同時に、康太はその場から消えていた。
どこへ行ったのか。それを把握するよりも早く、魔術師のいた一角から悲鳴が上がる。
そこには雷を放ちながらその場にいた魔術師を斬りつけている康太の姿があった。
背中の羽は通り過ぎる敵を斬り裂き、康太がもつ槍が敵を穿ち、康太の体が敵を蹴散らしていく。
まさに鎧袖一触。その場に康太がいるだけでその場の魔術師がやられていくといってもおかしくないほどの惨状だった。
「この!また押さえつけろ!」
再び念動力、あるいは重力操作の魔術で康太を押さえつけようとするが、康太は相手が魔術を発動するよりも早く噴出の魔術による高速移動に転化していた。
噴出の魔術を全力で使う高速移動。体への負担も大きいが、その分速度は普段のそれとは段違いである。
「味方ごとでも構わない!早くあいつを!」
そこまで言いかけて魔術師は何かがおかしいことに気付いていた。自身の魔力が妙に減っているのだ。
そこでようやく、魔術師は自らの周囲に気を配り、最後に足元を見た。そこにはまるで霧のようにゆっくりと地面を動く、黒い瘴気があった。
康太の輝くその姿に目がくらみ、完全に見落としていたそれを見て、多くの魔術師が戦慄する。
封印指定百七十二号。話を聞いた者ならば知っていても不思議はない。多くの一般人を死に至らしめたその魔術。
魔力を吸い取る効果があるその魔術が発動している状態で、康太がどのように動くのかは明白だった。
何人もの魔術師が障壁の魔術を発動させて壁を作り出すが、康太はそれを即座に迂回して攻撃を繰り返す。
どうしても躱せないドーム状の障壁のみ、持ち前の突破力を用いて砕いていた。
そして、康太がもっている武器に新しいものが加えられていた。
それはかつてテータのもとで購入した、ウィルと一緒に選んだ武器だった。
武器、と称していいか正直迷うところもある外見をしている。それは円錐状のただの棒だ。材質は鉄でできている。腕に直接取り付けるタイプのそれは重量と鋭利な先端の一撃による突破力を高める道具でしかなかった。
康太の今までの武器が斬撃に特化しているのに対し、この武器は刺突に特化した武器だ。高速で動き続けるこの状況においては最も適切な武器といえるだろう。
それは形だけ見れば竹箒改に取り付けられている大蜂針に近い形状をしていた。だが針というにはあまりにも大きすぎる。
二枚、三枚程度の障壁では今の康太を止めることなど不可能だった。しかも魔力を吸われていることによって高い出力の魔術を放つこともできなくなっている。
多くの魔術師が八方塞になっていると感じたその時、何人かの魔術師が連携して巨大な水の塊を作り出していた。
康太の体を覆いつくすつもりだろうということは理解できた。いくら高速で動いていても、広範囲に広がるこの水の洪水を回避しきるのは難しい。
点ではなく面で攻める。康太と相対した時に非常に適切な対処法をとった魔術師に、康太は内心舌打ちをしていた。
襲い掛かる水のうねりを確認して、康太は即座に魔術を発動する。
それは暴風の魔術と旋風の魔術の合わせ技。康太が使える最大の風魔術によって襲い掛かる水を巻き上げ、康太のもとに近づけないようにさせていた。
文ならば竜巻などを発生させることで防ぐこともできただろう。康太も早くそういった魔術を覚えたほうがいいなと思いながら、襲い掛かる水のうねりを防いでいく。
当然高速で動くことも忘れない。Dの慟哭のおかげで康太の中は魔力で満ちている。消費よりも回復の方が多いという状況は康太にとってはありがたい状態だった。
もはや止められない。そう考えた多くの魔術師が、康太に対して攻撃するのをやめ足元にある方陣術に自らの魔力を注ぎ込み始めた。
もちろん、龍脈を用いて発動するような術式を個人の魔力で満たしたところで圧倒的に燃料不足になるのは目に見えている。
だが逆転の手札がそれしかないのであればするしかない。
「そうくると思ったよ」
康太はわずかに跳び上がり、地面めがけて右腕に装着していた杭を突き立てる。
自らの腕から分離した杭は、蓄積の魔術によって物理エネルギーが解放され地中深くへとめり込んでいく。
「お前らの思い通りにさせてたまるか」
次の瞬間、熱蓄積によって杭にため込まれていた熱量が一気に開放され、同時に熱量転化の魔術によって強い衝撃波を伴い、地面を吹き飛ばした。
地面の内側からの爆発によって、地表に描いていた方陣術は一瞬にして崩壊した。術式による暴走か、地面が唐突に凍ったり、一部溶岩のように熱されていたり、奇妙な形で固定されていたりと、強引な物理破壊による余波はあるものの、相手の使用していた術式を完全に破壊することに成功していた。
代償として、巨大なクレーターが作られてしまっていたが、康太にとってはそれもどうでもよいことだった。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




