破壊は起きた
小百合が振り下ろした刀は衝撃波を発生させ、一直線に破壊の跡を作り出してた。
直径十五メートルほどの溝が、目の届く限りに延々と続いている。
先ほどまで敵が陣地にしていた部分にあった障壁も、陣地も、守っていたはずの方陣術も、すべて一様に抉られ、巨大な溝の道ができてしまっていた。
その光景を見た多くの魔術師が「あぁ、またやった」と感じていた。当然小百合のお目付け役代わりになっていた春奈も同様だった。
そして小百合が振り下ろした刀をゆっくりと持ち上げると、刀全体に亀裂が入っていき、壊れてしまう。
刀身から鍔まで砕け、残っているのは柄部分だけとなってしまったその刀を見て、小百合は小さくため息をつく。
「腕が落ちたな。前のお前なら砕けるのは刀身だけだった」
「馬鹿を言うな、何の打ち合わせもなしで合わせてやっただけありがたいと思え」
先ほどの小百合の攻撃は、一人の力で成り立っているものではない。小百合と春奈の連携技なのである。
今まで、かつて一緒に行動していた時に何度も繰り返した攻撃だ。その攻撃の原理は簡単である。
康太も使える熱蓄積と熱量転化の合わせ技。小百合の刀には常に大量の熱量が蓄積され続けていた。
本来であれば熱量転化によって転化された熱量は放射状に爆発にも似た衝撃波を作り出すのだが、春奈はその攻撃の発動に合わせて衝撃波の方向を一点に集中させたのである。
時間的な猶予と事前の説明とタイミングを合わせるための合図などがあれば、被害を最小限にとどめることもできたのだろう。
相手が作った陣地を逆手にとって、陣地を巻き込む形で空に向けて攻撃するなど取れる手段はいくらでもあった。
だが小百合の突発的な行動のせいで春奈にそのような余裕はなかった。周りを巻き込まないように、そして相手を攻撃するようにするのが限界だったのである。
大量の衝撃波の発生によって、そしてその衝撃波の方向を無理やり変更したために、衝撃波の発生源である刀にも負荷がかかり、刀身と鍔が壊れてしまった。
学生の頃であれば壊れるのは刀身だけだったのだろうが、久しぶりに合わせても問題なく発動できるあたり、二人の付き合いの長さがうかがえる。
「何をしている、さっさと残党を狩りつくせ。それとも、もう一回必要か?」
小百合がもう一本の刀を抜くようなそぶりを見せようとした瞬間に、放心していた魔術師たちはいっせいに敵陣地へと攻め込んでいく。
すでに方陣術も物理的に破壊され、相手も完全に戦意を喪失してしまっていた。もはや戦いが発生することもないだろう。
「お前、もし方陣術が暴発したらどうするつもりだったんだ。ここは龍脈から直接力をくみ上げているところなんだぞ」
「だからこそ壊しやすい。力をくみ取るための術式なら、力がたまっていないところを壊せば術式は壊れる。しかもこの術式はあの人の術式を同時に発動させている。弱い部分は読みやすい」
あの人というのが、長距離の魔力運搬の術式を開発したジャンジャック・コルトこと朝比奈のことを言っているのだということは春奈もすぐに理解できた。
今回の攻略箇所、四つあるうちの三つは龍脈から力を引き出すための場所だ。そして四カ所目に力を送るための術式も常に発動している状態となれば、朝比奈の術式を知っている小百合にとっては壊しやすい綻びを感じ取ることは不可能ではないのだろう。
春奈はそのようなことは全く感じとることができないために、ただ単に小百合が無茶をしたようにしか見えないが、実際はかなり計算してこれを行っていたということである。
「それに、これ以上時間をかけるのは得策ではない。お前もわかっていただろう」
「それはそうだが、ならもう少しやりようはあっただろう。タイミングを合わせるとか事前に説明するとか」
「説明したらお前は止めただろう。なら黙ってやったほうが確実だ」
春奈の性格を把握したうえで、黙って行動した小百合。春奈の言い分も正しいが小百合の言っていることも間違っていない。
もし小百合が春奈に相談したうえでこれをやろうとしたら、彼女は間違いなく止めただろう。
別の手段を講じるべきだとか、他にやりようはあるだろうとか止めただろう。
それが面倒だったから小百合は黙って行動したのだ。
自分の性格までもしっかりと把握されているという事に春奈は複雑な気分になるが、それでもこの状況を容認することはできなかった。
「後始末が大変になるな」
「そのあたりは私の仕事ではない。あいつにやらせろ」
「お前のそういうところが昔から嫌いなんだ」
「知っている。私もお前の口うるさいところが嫌いだ」
互いに互いのことを嫌っている。だが今までその関係は続いている。
腐れ縁という言葉だけでは片づけられない。そんな関係が二人の間にあった。
「だが・・・少し、少しだけすっきりした」
小百合は自分が壊した風景を見て、仮面の下で目を細める。今までため込んでいた鬱憤を少しでも晴らすことができた、小百合はそう感じていた。
「勝手に動いて勝手にすっきりするな。まだ状況は終わっていないんだぞ。私とお前の弟子達もまだ動いている」
「わかっている・・・本当に口うるさい奴だ」
二人で並んで一つの方向を見ながら、口喧嘩をしている二人の姿を見るものが見たら、学生時代の二人の姿と重なって見えたことだろう。
「・・・師匠がやったな」
小百合が攻撃を開始した後、康太はその気配を感じ取っていた。はるか彼方から届いた小百合の殺気、幾度となく感じ取った、幾度となく近くに居た殺気ははるか遠くにあっても康太の感性に刺激を与えていた。
「え?報告はまだ上がってないけど?」
「なんかぞわっと起きた。たぶん師匠が攻撃したな」
すでに攻略をほぼ終え、魔術師たちの掃討戦もほぼ終了しており、今は状況の確認を行っているところだった。
随分と時間がかかったなと考えながらも、おそらく春奈たちに止められていたのだろうなと考え、半分納得していた。
「おいビー、ベル、他のところも攻略完了だってよ。あとは本陣だけだ」
「了解、やっぱり師匠がやったみたいだな」
「あんたのその察知能力おかしいわね・・・クラリスさんたちの場所から何キロ離れてると思ってるのよ」
「俺が感じたってことは姉さんも感じ取ってると思うぞ。とにかくこれで三か所は完了。あとは本陣にカチコミだな」
「まぁいいわ、アリス、準備するわよ」
「うむ、ビーも心の準備をしておけ」
「え?なに、俺もなんかやんの?」
康太はまだどのように敵陣に突入するのかを聞いていないのである。この中で正確に知っているのは文とアリスだけだ。
支部長ももしかしたら知っているかもしれないが、当人たちに知らされていないというのはどうなのだろうかと康太は首をかしげた。
「作戦の内容はこうだ。とりあえず先陣としてビーを始めとして精鋭部隊を送り込む。そしてその後に本隊が攻め込むといった手順だ。よいかの?」
「いや、それは前にも聞いたけど、だからそれをどうやるのかって話だよ。ここから全力で飛んでいったって・・・たぶん結構かかるぞ?」
康太自身は正確には把握していないが地図上で大雑把に測っただけでも数キロどころか数十キロ離れている可能性もあるため、噴出の魔術で移動するにしてもかなり時間がかかってしまう可能性がある。
さすがにそれだけの時間を待つのは許容できなかった。
相手だってこの三か所がほぼ同時に攻略された時点で危険だというのはわかっているはずだ。ここからは時間をかけるべきではない。そのくらいは康太にだって理解できる。
「だから言ってるじゃない。まずはあんたを送り込むのよ。次に私たちがいく。可能な限り一緒に来られる人間を引き連れてね」
「いやだからどうやって?」
「こうやってよ」
文は手元に電撃を発生させて康太に見せつける。その行動が何を意味しているのか、康太は理解してしまった。
「・・・まさかとは思うけど・・・瞬間移動しろっての?この距離を?」
「仕方ないでしょ、距離あるし、この場所から飛行機は飛べないもの。道は私たちが作るわ。あんたはそのまま流されてればいいから」
康太の体質である電撃に乗っての瞬間移動を使えば確かにかなりの時間短縮にはなるだろう。
文の電撃によって道が形成されれば、おそらく長距離の移動も可能だろうが、実際そんなことが可能なのかはやったことがないためにわからない。
「お前らはどうやって移動するんだよ」
「可能な限り急ぐわ。私とアリスが頑張って高速移動するから、あんたよりは遅くなるけど、その時間はあんたが稼いで」
「すっごい無茶ぶりな気がしてきたぞ?あっちの方が人数は多いはずだよな?一人で全部相手にしろと?」
「めちゃくちゃ暴れてくれればいいから。できるでしょ?」
「まぁそりゃ・・・できなくはないけどさ・・・」
多対一を多く行ってきた康太からすれば、多少の人数に囲まれようと問題なく戦闘行為は行える。
特に相手が密集しているのであれば、相手の体自体を盾代わりにすることだってできるだろう。
それなりの時間を稼ぎながら相手の戦力を減らす程度の事は康太にとってはそこまで難しいことではない。
勝とうとしなければ、確実に時間を稼ぎながら相手の戦力を削れるだろう。あとは文たちがどの程度の時間で到着することができるかということが問題である。
「さすがに一時間近く戦うのは難しいぞ?どれくらいかかる?」
「んー・・・アリス、私たちの移動ってどれくらいかかるかしら」
「そうだの・・・人数を絞ってある程度加速して・・・十五分から三十分といったところか?」
「だって、そのくらいなら余裕でしょ?」
十五分から三十分。だいぶ振れ幅があるがアリスからしても人数をある程度連れていくとなればその程度の時間はかかってしまうのだろう。
「少し高いところからあんたを打ち出すわ。しっかり意識を保ってね。といっても一瞬でしょうけど」
「まぁな・・・敵陣のど真ん中にぶち込むとかはやめてくれよ?さすがに対応できなくなる可能性がある」
「了解。陣地の端っこくらいにしておくわ」
さすがに相手に囲まれた状態でスタートするのは康太としてもうれしくはない。まずは相手の状況を確認してから戦闘状況に移りたい康太であった。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




