総力戦の駆け引き
総力戦。そう評するに値するだけの戦力が各所に投入されていた。
アリスを擁する康太たちは相手の発動点に直接奇襲をかけることに成功していたが、他の攻略点、小百合や真理が担当している部分に関しては直接の攻略点への奇襲はできず、降下地点がわずかにずれる形となってしまっていた。
当然、地上戦へと移るのだが、相手の方がこの辺りの場所を熟知しているということもあり、そして地上部分から攻められるということを予想していたからかすでに陣地形成が終わっている箇所が多い。
地形的な不利を押し付けられる形となったため、攻めあぐねている状態だった。
「んー・・・嫌な戦い方をされていますね」
「とはいえこっちの方が優勢だ。やはり予知と優秀な防壁が合わさるとほぼ無敵になるな」
真理は一時的に全員と行動を共にし、土御門の護衛をしながら攻略の指揮を手伝っていた。
相手からの攻撃や相手への攻撃点を土御門の二人が予知して、防御はアマネが担当、そして攻撃に関しては多くの魔術師が徹底して行っている状態だった。
とはいえ相手の数も多い。アマネの防御もかなりレベルが高いが、数の暴力で襲い掛かられると障壁を砕かれることも時折あった。
だがそこは小百合の攻撃さえも防ぎきるアマネの実力だ。障壁を砕かれようとも全く意に介さず、すぐさま次の障壁を展開し攻撃の邪魔にならないように適度にコントロールしていた。
「時間をかけたくないところですが・・・この調子だと三十分くらいかかりますね・・・少し別のところからアプローチをかけるべきでしょうか・・・」
「とはいえ戦力を分散したくはないな。今この状態でようやく若干の優勢がとれているんだ。この状態から動かせても一人か二人だぞ」
一人か二人では奇襲にもならない。確かに現状では優勢をとれているがそれはあくまで予知と的確な防御があってこその話だ。
長期戦となれば集中力も切れてくるだろう。そんな状態で土御門の双子が的確な予知をし続けることができるとは限らない。
地形戦ではあちらが有利、おそらく攻め方に関してもあちらの方が上手だろう。予知と防御で強引に優勢を勝ち取っている状態では相手が違う手段に出た時にその優位性は一気にひっくり返る。
一人か二人程度が奇襲に動いた程度では何も変えられない。しかも相手だってこちらを索敵し続けているのだ。そううまくはいかない。
そう考える中、真理はいくつか思いつく。
とはいえこれがうまくいくかもわからないし、何よりしっかりと伝わるかもわからない。
だがとりあえずやってみて損はないだろうと感じたのだ。
一種の勘だ。たぶんうまくいくだろうという、きっとうまくいくだろうという、確証のない確信。
「私が少し単独で動いても問題ないですか?」
「問題はないが・・・一人で動くと的にされかねないぞ?相手もこちらをしっかりと索敵しているようだし・・・何より一人では・・・」
「大丈夫です、一人で何もかもやろうとは思いません。ただできることはします。防御をしっかりと固めておいてください。優勢が互角になる程度に」
「・・・わかった。ではこちらもうまくやろう。何をするのかはわからないが、そちらもうまくやってくれ」
「了解です。あの二人をお願いしますね。傷一つでも付けたら大変なことになってしまいますから」
あの二人というのが土御門の双子のことであるというのはほとんどの魔術師が理解できていた。
この状況を作り出せているのはひとえに土御門の二人の予知があってこそだ。まだ学生であるというのにこれほどの予知を行えるという事実に多くの魔術師が驚いている。
だからこそ、その場のほとんどの魔術師があの二人を守らなければという共通の意識を持っていた。
「わかっている。あの二人がいなければおそらく戦線を維持できないだろう。相手にとってここはかなり重要らしいな」
「かもしれませんね。魔力の供給源として、正副予備の三か所を用意しているとしたら、ここが正式な供給源なのかもしれません」
他の場所の戦力に関してはまだ把握できていないとはいえ、少なくともこの場の戦力はかなり多いように感じられた。
支部の中で戦闘能力の高い魔術師たちが集められたこの戦力でも確実な優勢をとれていない。
最初に奇襲ができていたら、間違いなく優勢をとることはできていたのだろう。だが到着点がずれたのが大きな痛手だった。
「それでは行ってきます。あとはお任せします」
「あの二人に声をかけなくてもいいのか?」
「今は集中しているようですから、余計なことを言ってはかえって集中を乱してしまうでしょう。それに、教えることはもう教えましたから」
そう言って真理は微笑みながら土御門の二人を見る。
短い時間ではあったが、真理は土御門の二人にしっかりと指導をした。まだ完璧ではないものの、二人はその教えをしっかりと血肉にしている。
優秀な魔術師だと真理は思っていた。
才能に恵まれ、素質にも恵まれた。だが何よりも努力を怠らない。
いつかあんな弟子を取れたらよいのだろうなと、真理は微笑みながら高速で移動を開始する。その姿が、ほんの一瞬康太のそれと被って見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。
「十秒後右方向!強い攻撃が来ます!爆発!」
「三十秒後正面!射撃系攻撃!密度が高いです!受け止めてください!」
「了解!忙しいね!」
土御門の双子は常に予知の魔術を発動し、一分以内の未来を見続けアマネに伝え続けていた。
アマネも土御門に指示された情報をもとに適切な防御魔術を構築し展開することで完璧に攻撃を防御し続けていた。
高い集中力を維持し続けなければできないであろう行為を周りの魔術師が見てどのように思うか。
自分よりも若く、まだ学生である土御門の二人が奮闘している状態を放置できるほど、支部の魔術師たちは未熟ではなかった。
「正面攻撃弱いぞ!右翼側もっと圧力かけられないのか!学生に任せっきりにしてられるか!踏ん張れ!」
檄を飛ばしながら自らも攻撃魔術を発動し相手の防御を破ろうとしているが、やはり障壁と塹壕によって防がれてしまう。とはいえ徐々に相手の攻撃陣は引き始めている。
ところどころでは障壁に亀裂が入りこちらの攻撃が通っているところもある。相手の防御能力よりも攻撃能力の方が勝っている証拠だった。
こちらの戦力のほとんどを攻撃に回しているからこそこの優勢は保たれている。このまま土御門の二人の集中がもてばいいが、ほとんどの魔術師はそれは叶わないことを理解していた。
「アマネ、俺らの一部を防御に回す。少しあの子たちを休ませてやってくれるか?」
「構わないけど、それだと膠着状態になっちゃわないかい?今ようやく押し込めるって感じなのに」
「ジョアが動いてる。何かやるつもりみたいだが、細かいことは知らん」
「あの子が・・・あぁそれなら確かにあまり攻撃しすぎるのは良くないかもしれないね。彼女からの頼みはあるかい?」
「できるなら五分五分まで状況をもっていきたい。相手の攻撃と防御がこちらと同じ程度になるまで攻撃を弱める」
「了解。息切れしそうな魔術師を一度下げよう。その間は僕が支える。回復したら防御を手伝ってもらおうかな」
「了解した。魔力切れしそうな魔術師は一度攻撃をやめて下がれ!魔力を回復させてから防御に回るんだ!」
その指示に何人かの魔術師が攻撃の手をやめて後方に下がってくる。
そして先ほどまで押し込んでいた攻撃がわずかに緩やかになったことで、向こうの防御態勢が徐々に回復していくのがわかった。
亀裂の入った障壁は修復されていき、破損していた防壁や塹壕などは徐々に元通りになっていっている。
今までの攻勢が無駄だったとは言わないが、少なくとも相手にこちらが息切れして攻撃ができないと思わせるには十分だろう。
「二人とも、少し休んでくれ。その間は僕が支えるよ」
「で、でもアマネさん、それじゃアマネさんが休めませんよ!」
「そうです!このまま守りに徹してばかりじゃ・・・!」
「大丈夫、二人のおかげでだいぶ余裕はあった。まだまだ頑張れるよ。クラリスの攻撃に比べれば楽なもんさ、そよ風みたいなものだよ」
そう言いながら土御門の双子が予知しなかった攻撃もアマネは完璧に防いで見せる。
彼の防御能力は単純な魔術の強さだけではない。硬い防御も連続した防御も、小百合は簡単に破ってくる。それすらも防ぎきるというのは堅強な防御魔術だけでは成り立たない。
一番必要なのは次どのような魔術が襲い掛かってくるかを察知する能力だ。射撃型なのか定点発動型なのか、あるいはまた別の攻撃か。そしてどの方向からくるのか、どれほどの速度かどれほどの威力か。
そういった攻撃の情報を瞬時に把握して半ば反射的に術式を構成する能力。それこそ高い防御能力に必要不可欠なものなのだ。
先ほどまで土御門の双子が威力と方角と種類を的確に予知してくれたおかげで、アマネの処理能力はかなり余裕があった。魔術を発動するだけでよいのであればアマネはほとんど消耗などしない。
相手の数の暴力によって全力で発動させ続けなければいけなかったが、それでもまだまだ余裕はあった。
襲い掛かる数多の攻撃を、アマネの発動した障壁の魔術がすべて受け止め、防いでいく。
「簡単に攻撃は通さないよ。僕の防御を貫きたければクラリスクラスの攻撃力を持ってこないとね」
まさに鉄壁。完全に向こう側からの攻撃を防ぎ、なおかつ全員の視界がクリアになるように調整がされている。
防御に関してはおそらく右に出る者はいないだろう。それほどの実力者だ。小百合と相性が悪いのもうなずける話である。
「よし、アマネが防いでくれている間に立て直せ!攻撃を絶やすなよ!回復した奴はすぐに防御に回れ!少しでも消耗を減らすぞ!」
「君らも休め、ほら、飲み物だ。カロリーも入れておけ。雨で体を冷やすなよ?」
回復している魔術師たちの中で、飲み物と補給食を配っている魔術師が土御門の二人のもとにもそれらを渡してくる。
この攻略チームの中の要は間違いなく土御門の二人だ。この二人がいなければ高い精度の攻勢はかけられない。
まずは二人を休ませ、万全の状態にさせなければいけないと多くの者が理解していた。
「予知の周期を少し遅らせてくれるかな?さっきまで二秒か五秒に一回ペースで予知してたでしょう?今度は十秒から十五秒程度で予知してくれるかい?それでだいぶ消費は変わるはずだよ」
「でもそれじゃあの密度の攻撃は読み切れませんよ毎秒レベルで新しいのが飛んでくるんですよ?」
「大丈夫、そのあたりは僕が防ぐさ。伊達にクラリスから生き延びてるわけじゃないよ」
アマネの言葉は自信に満ちていた。目の前にいる大勢の敵よりも、小百合一人の方が圧倒的に攻撃の質としては高い。
場合によってはたった一人の攻撃であるにもかかわらず防御を貫かれたことだってある。だがこの攻撃で自分の防御を貫かれるとはアマネには考えられなかった。
「君たちの大事なところはこれから来る。だから今の内に休憩しておくんだ。そうじゃないと危ないかもしれないからね」
「・・・わかりました・・・少し頻度を落とします」
「少しだけ楽をさせてもらいます」
そう言って土御門の二人はわずかに息をついて集中を緩めていった。先ほどまで徹底して最高潮まで高めていた集中を緩めたことで、高いレベルでの予知はほぼできなくなってしまったが、それでも適度に予知を繰り返しアマネの補助を行い続けた。
防御に関してはこのままでも問題はない。問題は攻撃面だ。相手の防御力は地形的なものも含まれているが、それと同じくらいに硬い障壁で包まれていることが問題だ。
この人数で攻撃すれば破ることは可能だが、それをずっと続ければ当然ながら無理がたたり最終的には息切れを起こすことになるだろう。
それならば真理が何かをしようとしているのを待って、状況を確認してから全力を出したほうが確実だ。
「アマネ、こちらの回復もおおよそ終わった。防御の方に回るぞ」
「了解。それじゃあ右側の防御を頼めるかな。僕は正面と左側を受け持とう」
「平気か?もう少し分けてくれても」
「いいんだよ。確実に防ぐためにはそのほうがいい。攻撃用の魔力も残しておいてほしいからほどほどの防御で頼むよ」
これから反撃をするタイミングを見計らうことになるのだ。全力で防御し続ければ当然のように攻撃に回す分の魔力が確保できなくなる可能性が高い。
そうならないように魔力の息切れを起こさない程度に防御を維持したほうがいいとアマネは判断していた。
「あとは彼女がいったい何をするかだね。こちらの攻撃と向こうの防御、向こうの攻撃とこちらの防御がいい感じに均衡を保っているけれど・・・」
こちらの攻撃は相手の防御を突破できず、あちらの攻撃もこちらの防御を突破できない。先ほどのような優勢ではなく拮抗状態が形成されていた。
真理の要望通りの状況にアマネは周囲を確認し始める。
攻撃の手を緩め防御に意識を向けているからか、比較的余裕ができている魔術師が何人かいる。
あちらの状況がどのようになっているのかは不明だが、少なくともこの状況であれば長期戦も問題なく可能だろう。
もっとも長期戦になってしまう時点であちらの思惑通りになっているかもしれないが、そのあたりは真理に何とかしてもらうしかない。
ここの戦力では防ぐことはできても突破が難しい。特に相手が攻撃を捨てて防御に徹してしまえば、突破は難しくなる。
だからこそ真理は一時的に優勢を捨てたのかもしれない。
相手に少しでもこちらが無理をしていると判断させ、油断させるのが真の目的である可能性は高い。
相手の攻撃が苛烈になるようなこともなく、あくまでこちらを牽制するような攻撃が続いている。
防御しているアマネからすればやる気のない攻撃だと感じられた。攻撃しているぞというアピールのような攻撃だった。
「ちょっと向こうにも余裕ができてきてるかな・・・攻撃チーム、ちょっと圧力を強めてくれるかい?あっちに余裕を作りたくないな」
「了解!オラ!気合入れて攻撃しろ!」
気合の怒号とともに再び勢い良く攻撃が始まると、相手の防御が一層厚くなるがそれでも突破はできない。そして相手からの攻撃も先ほどまでの牽制のような攻撃ではなく倒すためのものへと変化していた。
「うんうん、相手に余裕を作らず、こっちは余裕を作る。大事なことだね。この状態をどれだけ維持すればいいのかはさておき・・・たぶんこっちに釘付けにしたほうがいいな」
「釘付けか・・・相手の意識もこちらに向けさせるのなら、いっそのこと少し前進するのも手か?」
「いいかもしれない。少しずつ、にじり寄るように前に進もうか。そうすれば向こうは必死になって攻撃してくれるかもしれないね」
こちらにとって陣地などはないようなものだが、相手にとっては陣地は守るものであり、発動するための術式がある場所だ。
そのため守るために必死になる。もし目の前の敵が近づいてきたら当然のように遠ざけようとするはずだ。
そうすれば相手はこちらの様子を常に観察しようとする。どの程度動くのか、どのように動くのかを観察するはずだ。
それならば単独行動している真理への注意がそれるはず。アマネたちは全員で防御と攻撃を行いながら少しずつ前進することにしていた。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




