和やかな機内?
康太たちがそんなことを話している同じ頃、真理たちも同じように飛行機の中で揺られていた。
当然全員が支部の中で魔術師として活動しているため、最近支部に土御門の魔術師が参加しているということは知っていた。
だがまさかこの作戦に参加しているとは思わなかったため、多くの者が少し驚いているというのが正直なところだった。
「大丈夫なのかジョア、そいつらを連れて行って。今回はかなり危険だぞ?」
「大丈夫です、その引率役として私が選抜されたんですよ」
「君だって危ないかもしれないんだぞ?確かに君はデブリス・クラリスの弟子だから戦闘能力はあるかもしれないが・・・」
「任せてくださいよ、この二人を守るくらいのことはして見せますから」
「何かあったら声をかけろよ?後方に下げるくらいのことはしてやれると思うから」
「ありがとうございます。こちらももし予知で何か見ることができたらすぐに教えるようにしますね」
小百合や康太と違って周りにいる魔術師たちと気さくに話をしている姿を見て、土御門の二人は怪訝な表情をしてしまっていた。
確かに真理が社交的なことは知っていた。協会内での真理の評価や評判から、小百合や康太のような危険人物扱いされていないことも知っていた。
だがまさかこのように話しかけられ、なおかつしっかりとコミュニケーションがとれるとは思っていなかったのである。
「お二人も、今の内にここにいる人たちに自己紹介をしておいたほうがいいですよ。ここにいる方たちは支部の中でも戦闘能力の高い人たちですから、今後いろいろとお世話になることもあるでしょう」
「あ、はい」
「わかりました」
土御門の双子が各員にあいさつ回りに向かったところで、真理はようやく周りの魔術師たちから解放されて一息ついていた。
「いやぁ、やっぱり支部内での君はいろいろと気を回しているようだね」
次に話しかけてきたのはアマネだった。アマネは土御門や他の魔術師たちの防御という意味で真理たちの班に配属されていたのである。
「えぇ、敵を作らないように立ち回るのは難しいです。囲まれすぎてもよくないですし、何より戦っているところを見せるのもあまり良くないですから」
「単独行動は今回は避けたほうがいいと思うけど・・・そのあたりはどうするつもりなんだい?」
「私の評判を下げるだけで済むのであれば仕方ありませんが、今回の場合はあの二人も守らなければいけません。かといって、後方に下がっているのでは攻められません。団体行動は最低限に、チャンスがあれば斬り込みます」
仮面の下にある目が鋭くなった瞬間にアマネはその姿に小百合を重ねて笑う。
「やっぱり君はクラリスの弟子だね。やる気になった時の表情がそっくりだ」
「・・・別に血縁関係はないんですから、そういうのは似ないと思いますけど?」
「いやいや、ブライトビーもそうだったけど、君たちはなんでかそういうところが妙に似るんだよ。普段はそうでもないのかもしれないけど、やる気になった時の雰囲気なんてそっくりさ」
真理からすれば小百合に似ているというのは誉め言葉でも何でもないのだが、ここで変にこじらせることもないだろうと、それ以上何か言うことはなかった。
「アマネさんは今回どのように動くつもりですか?」
「僕は主力チームの防御に回る予定だよ。彼らがしっかり攻撃に専念できるようにね。仕事だけはしっかりあるから、たぶん忙しくなると思う。その時に彼らがいてくれると仕事がしやすいんだけどね・・・」
そう言ってアマネは土御門の双子の方に視線を向ける。
予知の魔術の力があれば攻撃するにせよ防御するにせよ、かなり優位に事を進めることができるのは間違いない。
今回の作戦でそれを大々的に証明できれば、今後土御門の二人は引っ張りだこになる可能性が高い。
そうなれば協会の日本支部と土御門という家のつながりは強くなる。
「彼らは今回かなり重要な立ち位置にいるというわけですね」
「そうだね。これからの協会と土御門のつながりを強くするかどうかにもかかわってくる。今も結構交流はあるけど、この流れで個人的に土御門とつながりを持ちたいって考える魔術師も多くなるはずだよ」
「あまり大々的に活躍されるのはまずいかもしれませんね・・・土御門の家の方にも迷惑がかかりそうです」
今土御門の家と直接やり取りができているのは協会の日本支部そのものと、あとは個人的にやり取りをしている限られた魔術師だけだ。
その中に康太や小百合も含まれる。個人的なつながりを有しているために比較的交渉も容易だが、それが今後魔術協会の中で個人的なつながりを作ろうとする魔術師が増えれば少々面倒なことになりかねない。
土御門の有用性を証明するのは大事なことだろう。だがあまりにそれを大々的にやりすぎると、今後の組織間における関係性に亀裂を作る可能性もある。
組織間のやり取りというのは面倒なものだなと、真理は小さくため息をつく。
「あの二人は私が引率します。申し訳ありませんが主力チームへの引き抜きはご遠慮いただければと」
「わかった、こっちはこっちで何とかしよう。そっちはどうするんだい?具体的な動きは?」
「私は個人で動いたほうが楽ですから、皆さんの動きを確認しながら隙を見て突っ込もうと思います。うまくいくかどうかは、相手の出方次第ですね」
そう言いながら真理は自分の装備に触れる。予知の魔術による援護があるとはいえ足手まといを二人抱えての戦闘はあまり推奨はできない。
無理をするべきではないかもしれないなと真理は少し悩んでもいた。
比較的雰囲気のいい真理たちの乗り込んだ航空機と一転し、小百合たちが乗り込んだ飛行機の雰囲気は最悪といってもいいほどだった。
その原因はわかりきっている。というか、それ以外の理由を探すのが難しいほどにわかりやすかった。
輸送用航空機の中には魔術師たちが点在し、各員装備を確認していたり集中を高めようとしている。
当然攻略に向かうのだからそれなりに人数がいる。とはいえ、もともと人を運ぶためのものではないために、大勢の人間を乗せてもスペース的に余裕はある。
余裕はあるのだが、一角だけ妙に空間が空いた場所がある。
そこには小百合と春奈がいた。
互いに仲が悪いというのに、ほぼ同じ場所にいる二人をまるで取り囲むように、あるいは思い切り避けるように空いた空間の中に二人はいた。
腫物扱いされているこの状況は小百合にとってはいつも通りではあるが、春奈からすればここまで露骨に避けられるというのはあまりないことだった。
「ここまで露骨に反応されるというのはな・・・お前の悪評のひどさがうかがえるな」
「周りが過剰に反応しすぎているだけの話だ。気にするようなことでもない」
「もう少し普段から穏やかに生活することはできないのか。お前の弟子が不憫でしょうがない。お前の悪評のせいであの子たちまで振り回されているんだぞ」
「その程度で苦労するほど軟に鍛えてはいない。あの二人に関してはそれなりの対応ができるように最低限仕上げた。お前と一緒にするな」
康太と真理に関していえば、戦闘能力においては支部内でもトップに位置し、本部の魔術師と戦っても何ら問題ないほどの実力を有している。
確かに小百合の言うように、ある程度対応できる実力は身に着けたといえなくもないが、それでも春奈は納得していなかった。
「お前は弟子が心配じゃないのか?今まで手塩にかけて育ててきた子たちだろう?」
「お前は心配なのか?ベルはお前以上に優秀な魔術師だろうに」
「心配だ。心配しないなんてことがあるものか。確かにあの子は優秀だ。だがまだ経験が足りな過ぎる。全力をコントロールすることもまだ完全にできてはいない」
「だろうな。あれだけの素質を完璧にコントロールするとなると、あと数年・・・いや、あれの才能なら一年は必要だろう」
「何より、これは実戦だ。何が起きるかもわからない」
「そうだな。だがその心配こそ無意味だ」
「なぜだ、弟子を心配することの何がおかしい、何故無意味などという。私以上に人を育てているお前が・・・」
春奈は文という弟子を取り、小百合は真理、康太、神加という三人の弟子をとった。それぞれ指導の方法は異なれど、人を育てるということ自体は同じだ。
そこに通じるものがあり、同じ気持ちを持っているものだと春奈は思っていた。いくら性格が合わなくても、昔と変わらず大嫌いな相手だろうと、弟子を想うということは同じだろうと思っていた。
だが小百合の言葉を聞けば聞くほどに、同じ考えを持っているとは思えなくなっていた。
「ただの人間を育てているのであればその考えは間違っていないんだろうな。だが間違えるな。私たちが育てているのは魔術師だ。いつ死ぬかもわからず、いつ何をするかもわからない。そういう存在だ」
春奈や小百合が指導しているのが、育てているのが、ただの人間としてならば春奈の言い分は間違っていなかっただろう。
だが二人が指導しているのは魔術師だ。世間一般で言うところの犯罪を行い、魔術によって人を害し、場合によっては殺すこともあり得る。
常識の外にいる存在。魔術師同士の間では殺しも手段の一つ。何が起きたとしても自己責任、それが魔術師の不変のルールだ。
「何よりあいつらは、すでに一人の魔術師として活動している。そんな奴らに、私たちが心配をするようなこと自体が間違っているんだ。お前は一緒に行動する魔術師すべてを心配するのか?」
一人の人として心配するのであれば間違ってはいないだろう。親として、友人として、ただの個人を心配するのであれば別に構わないだろう。
だが、小百合達は魔術師だ。そしてその弟子達もまた魔術師だ。魔術師として活動している以上、魔術師として生きている以上、何が起きても不思議はない。何が起きたとしても、不思議ではない。
「それに・・・心配したところで何も変わらん。心配したところで・・・そこに居なければ、何も変えられん」
小百合も、そして春奈も、そのことをすでによく理解している。
その場にいなければ、その時にいなければ、心配していても、何かを感じ取っても何もできない。
それは、小百合が康太に言われたとき、はっきりと自覚し、そして理解したことだった。
「それはお前もよくわかっているだろう?私以上に、わかっているはずだ」
「それは・・・そう・・・だが・・・」
小百合が言っているのが、幸彦のことであると、春奈もわかっていた。あの時、その場にいなかったからこそ、二人は何もできなかった。
その場にいなければ、何もすることはできない。そのことを痛いほどに理解していた。
「だから今『ここ』であいつらの心配をしても何もできん。ならその心配は、するだけ無駄だ。そんなこともわからんのか」
「・・・わかっていても、それでも、それは理屈だ。すべて理解していても、すべて実践できるわけじゃない」
振動と騒音の中で、二人にしか聞こえない声で話す中、小百合は自分にしか聞こえないほどに小さい声で呟いていた。
「そんなこと、私にだってわかっている」
誰にも聞こえないその声は、振動による騒音によってかき消されていった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




