皮肉な秩序
本部への集合は全員ではなく、各班の班長や代表という形で執り行われた。
日本支部からも当然何人か参加しているが、その中に小百合や春奈の姿はない。この場で面倒なことをされるよりはずっと良いという判断を支部長が下したのである。
納得がいくうえに、そもそも小百合たちがこの場に来て何をするのかという疑問もあったために特に気にされるようなこともなく小百合たちはすでに行動を開始していた。
「支部長、なんで俺を連れてきたんですか」
「護衛役だよ。いつも会議で来てくれてたじゃないか」
「そりゃそうですけど・・・この格好だとすごく目立つんですけど」
普段支部長を護衛していた魔術師装束ではなく、今は戦闘用の鎧を身に着けている。そのため本部の中ではかなり浮いてしまっている。
しかもこの間副本部長の情報を流しに来た時の同じ格好であるために、一部の本部の人間は康太のこの姿が戦うためのものであると理解しているためになおのこと意識を向けられていた。
こんなことは今までと変わらない、いつも通りのことなのだがそれでもみられ続けているというのはあまり良い感覚はしなかった。
「とはいってもね、この後すぐに行動開始だから、今更着替えてくるだけの余裕はないと思うよ?それに、もう今更って感じだしね」
「まぁそうですけどね・・・支部長は今回支部に残って指揮をするんですよね?」
「うん、移動経路やら被害やらを確認しながら次の手を打たないとね。この間みたいに襲撃されないことを祈るよ。今回はクラリスの助けは望めそうにないしね」
「師匠が支部長を助けるっていうのも本当に信じられないですけどね」
康太は今でも小百合が支部長を助けたというのを信じていなかった。斬り崩された支部長の部屋を思い出して、小百合が八つ当たりしたようにしか見えなかったのが原因である。
普段の行いのせいといえばその通りなのだが、もう少し信用してもいいのではないかと支部長は苦笑していた。
「っと・・・ようやくお出ましだ・・・」
支部長が壇上に上がる本部長を始めとする本部の幹部連を見つけると、他にも多くの者がその姿を目にし雑談をやめて静かになっていく。
「各支部の諸君、今回の作戦にこれほどの面々が参加してくれるということにまずは礼を言う。今回の作戦の重要性を多くの者が理解してくれているということは私としてもうれしい限りだ」
本部長の声が響く中、康太は副本部長の方に視線を向けていた。そして副本部長もその視線に気づいたのか、仮面の下で眉間のしわを強くしながら大きくため息をつく。
「今回、魔術協会の中から発生した敵対組織は一種の悪性腫瘍のようなものだ。今後似たような組織ができないとも限らない。魔術協会は、魔術を統括する組織としてこの存在を許すことはできない。故に、これを撃滅する」
本部長の強い言葉に多くの者が同意していた。被害を受けた支部もあれば、被害を受けそうになった支部もある。
そういった支部に関しては危機感が強い。今回の組織を潰すことには全面的に協力している。
「今回は諸君の力を存分に発揮して、世界の秩序を守るために奮闘してもらいたい。あと数時間で作戦開始となる。各員準備を怠らず、確実な任務遂行を期待する」
本部長の言葉が終わった後、盛大とは言えなくとも、小さくない拍手がこの場を満たす。そんな中で皮肉そうな笑みを浮かべている者が二人いた。
「世界の秩序ねぇ・・・場合によっては核を落とそうとしてる人間の言うこととは思えませんね」
「仕方ないさ。秩序っていうのはあくまで僕ら魔術師側から見た秩序だ。それをみださないように一般の秩序が乱れようとそのあたりは気にしてはいけないのさ」
「また戦争が起きるかもしれない引き金を引くのもためらわないとは・・・さすがは魔術師の組織のボス」
「まぁ魔術師だからね。そのあたりは割り切っているだろうさ」
何度も真理が言っていた言葉だ。魔術師は正義の側にはない。魔術師はどちらかといえば悪の側にいる存在だ。
そういう意味では康太は悪の組織に身を置いているといっても過言ではない。いや、実際その通りなのだ。
「各支部としての反応はいつも以上にいいですね。強制的な召集ってわけでもないでしょうに」
「今回は規模が規模だからね。被害に遭ってきた支部は間違いなく参加、その周りの国だって気が気じゃない。実際に消滅した場所があったからこそこういうことになったんだよ。危機感にブーストがかかったとでもいえばいいかな」
「あと核を落とすっていうのがさらに加速させた感じですかね」
「そうだね。身近で、なおかつ被害を想像しやすい、けど詳細まではわからない。核の被害を覚えている人はもうほとんどいないだろうから、記録頼りさ。だからこそみんな怖いと思うんだよ」
わからないものは怖い。未知なものは怖い。それは人間が原初の頃から有している感情の一つだ。
だからこそ人間はありとあらゆるものに名前を付ける。どのようなものかを説明するためであり、未知から既知へとするための表示として、名前を多用する。
ただ、名前も記録もあっても、実際に体験していない、実際に使われたことがほとんどない、そんな兵器に対しての恐怖心は想像を介することでさらに膨れ上がっているといっていいだろう。
唯一核攻撃を受けた日本だって、もうほとんどのものが核の恐怖を知らない状態なのだから。




