たまには気前よく
「やぁクラリス、今回も僕は参加するよ。君と一緒になれるといいんだけどな」
「死ね」
「はっはっは取り付く島もない!」
もはや小百合はアマネに対する回答はこれしか持ち合わせていないのではないかと思えるほどに語彙力が減っている。
苛立ちが目に見えるようであると感じた康太と真理はどうしたものかと視線を合わせていた。
「アマネさんは今回どこに配属されるとか聞いていないんですか?」
「一応聞いてはいるんだけどね、誰と一緒かは聞いていないんだよ。僕は攻略点の一つを攻める予定。といっても僕の場合攻めるんじゃなくて攻め手を守るっていうほうが正しいんだろうけど」
アマネのような高い防御能力を持った魔術師がいれば、攻撃手となる魔術師は自分の能力をすべて攻撃に回すことが可能になる。
それだけで攻略する側とすればありがたい話だ。
「ブライトビーも攻略班だろう?特に君のところはハードなんじゃないかと思ってるよ」
「どうしてです?」
「だって君ほどの魔術師を支部長が使い潰さないはずがない。君はいい意味で支部長と仲がいいからね。クラリスとかは支部長を毛嫌いしてるからなぁ」
「私はお前の方が大嫌いだ」
「僕君にそんなに嫌われるようなことしたかい?好意しか向けてないと思うんだけどなぁ?」
「頼むから死んでくれ」
「ははは、絶対嫌だね。同じ墓に入ってくれるっていうなら考えるかな?あと四十年後くらいに?」
アマネの言葉に小百合の体からわずかに殺気が漏れ出た瞬間に、これはまずいと真理が二人の間に割って入る。
「まぁまぁ師匠、支部長のところに先に行っていましょう。先にいろいろと話をしておいたほうがいいでしょうから、ね?」
「・・・そうだな・・・あのバカに八つ当たりしてくるか」
こうやって支部長の胃がまた傷つけられていくんだなと、真理と一緒に去っていく小百合を見送りながら、康太は支部長の胃を心配していた。
最も心配したところで何が改善されるということもないのだろうが。
「相変わらず嫌われてるなぁ・・・なんでかなぁ?」
「まぁ、師匠は基本的に倒し損ねた人間に対して辛辣ですからね。アマネさんなんてその筆頭じゃないですか」
「ははは、クラリスとは結構対峙してるからね。たいてい僕が逃げるけど」
「師匠から普通に逃げられてるってだけで十分すごいことですよ。それに五体満足でなんて・・・普通は無理ですから」
「んー・・・まぁクラリスは激しいから結構大変だけどね。護衛対象を何度か負傷させちゃったこともあるし・・・完璧に逃げられたことってないかな」
「完璧って?」
「無傷で。多少は攻撃されるから、やっぱり彼女はすごいよ」
すごいのは師匠ではなくそれを防ぎきれるアマネさんの方ですよと康太は言いたかったが、それを言うと手放しで小百合の攻撃能力のことを褒めているようで癪だったのでやめた。
少なくともアマネは何度も小百合と戦って無事に生還している。
小百合と戦って五体満足でいられた魔術師がいったいどれだけいるだろうかと数えようとして康太はやめた。
少なくとも前支部長は被害に遭っているのだ。まともな魔術師が彼女の攻撃を前に無事でいられるわけがないのだ。
改めてなぜ自分が彼女の攻撃を前に生き抜くことができたのかと、康太は不思議でしょうがなかった。
「まぁ改めて、もし俺らの中の誰かと一緒になったらよろしくお願いします。俺と師匠と姉さんはそれぞれ別の場所に行くので」
「あぁそうなの。確率的には三分の一かな。いや、攻略点は一応四つだから四分の一かな?悪い賭けじゃないね」
「本当に師匠と一緒がいいんですか?」
「支部長的にはそのほうがありがたいんじゃないかな?たぶんそのほうが被害は減らせると思うけど」
確かに小百合とアマネを一緒にすれば、おそらく余計な被害自体は減らすことはできるだろう。
だがこの二人を一緒にすると仲間同士での戦闘が起きかねない。
今回は仲裁役となる真理は別行動だ。しかも小百合はすでに春奈と行動を共にすることが確定している。
ただでさえ機嫌が悪い中で最悪の相性ともいえるアマネが一緒になれば、小百合の堪忍袋の緒はほぼ限界ぎりぎりになってしまう可能性が高い。
戦闘どころの話ではなく、ちょっとした刺激で味方を攻撃しかねないのだ。そんな恐ろしい状況にさせるわけにはいかない。
少なくとも康太はそんな状態にさせたくはなかった。支部長がどのように考えているかは不明ではあるが。
「まぁ・・・こればっかりは運ですから、期待しないでください」
「そうだね、一緒だったらラッキー程度に思っておくよ。やれることをやるだけさ」
おそらく仮面の下ではさわやかな笑みを浮かべているのだろう。好青年のような反応をしているのになぜ小百合はこの男をあそこまで嫌うのか、康太には理解できなかった。
また同様に、なぜこのような好青年のような反応をする人が小百合のことを好きなのかが理解できなかった。
「集まってくれてありがとう。作戦決行時間まであと十二時間になろうとしている。なんかもうすでに殺気立ってる人もいるけれど、まだ作戦開始までは時間あるからお願いだから落ち着いてほしい」
先ほどからのアマネとの接触のせいで殺気を振りまき続けている小百合を見ながら支部長は困ったような声を出している。
今回作戦に参加する魔術師たちも小百合の殺気に当てられているせいか落ち着かない様子だった。
無理もないだろう。小百合が本当に今にも暴れだしそうな状態なのだ。両脇に康太と真理が控えているため、万が一動き出しても即座に押さえつけられる状態であるとはいえ安全とはいいがたい。
支部長に多少の八つ当たりをしたのだろうが、それでも参加する魔術師にとっては小百合は脅威以外のなにものでもないのだ。
「さて・・・作戦開始前に一つ。今回の作戦は、絶対に成功しなければいけない類のものだ。万が一にも失敗すれば魔術の存在が世間に露呈しかねない危険なものだ。全員それを頭に入れておいてほしい」
事前の説明にもあり、そして支部長の真剣な声音によってそれを改めて伝えられたことで多くの魔術師たちが気を引き締める。
もし魔術が世間に知られればどのようなことが起きるか、想像に難くない。
多くの一般人が死ぬことになる。多くの秩序が破壊されることになる。それを防ぐためにも、今この場で行動しなければならないのだ。
「全員が危険を伴うことになる。万が一術式が発動されるようなことがあれば、その土地ごと消滅しかねない。敵も強い。危険な任務であることは間違いない」
消滅という単語を全く隠そうともしない支部長に、康太は少しだけ目を細めた。攻略作戦に参加する魔術師に対して、それを隠すことだってできただろう。多くの者はほとんど事情を知っているとはいえ、今この場で言えば士気にもかかわる。
だが支部長はあえてそれを言った。
「危険なことは承知で言う。必ず帰ってきてくれ。どのような手段を使ってもいい。問題や面倒は後で僕が何とかする。君たちは全力で任務を完遂し、無事で、いや負傷していても構わないから必ず帰ってきてくれ」
無事でなくとも構わないから帰ってこい。支部長としての言葉はどのようなことをしても依頼を完遂してこいというのが適切なのだろう。
たとえ死んでも依頼を完遂しろというのが、上の人間としては、魔術師の長の一人としては正しいのだろう。
だがそれを言わないのが日本支部の支部長だ。それがどういう結末をもたらすかを理解していながらも、それを言う。
なんとも甘い、だがだからこそ多くの魔術師がこの人物を支部長として指示を聞くのだ。
タカ派とはいいがたいが、決してハト派でもない。どっちつかずではあるが、この人物にならば従ってもいいという一種のカリスマがある。
それはこの日本支部支部長ならではのものだろう。
「各員の行動についてスケジュールを確認する。攻略地点ギリギリまで接近するチームと、攻略地点までの広範囲を包囲するチームの二手に分かれることになる。前者は航空機にて、後者は地上行動にて移動することになる。全員地図と自分の配置を再確認してもらいたい。特に今回の場所は密林といえるレベルの樹林地帯だ。現在位置がわからなくなる可能性も考慮して各班用に装備を用意させてもらった」
そう言って支部長はいくつものGPSによる位置情報を確認できる機材を取り出してくる。
その数もかなりのものだ。一人一つずつ持つことができるのではないかと思えるレベルの量が確保されている。
「これは衛星通信によって現在の位置座標を教えてくれる。密林であろうと使用は可能なのは確認済みだ。それを使って位置を確認してそれぞれ活動してほしい。使い方は今覚えてくれ。一応班に予備を含めて二つ渡しておこうと思う。一部の班は別行動をとるものもいるので、その班に関しては個人に一つ渡せるだけ確保してある。各員確認してくれ」
そう言って箱に入った端末をそれぞれの魔術師に渡していく。こうやって機械の類を惜しみなく使うのが支部長らしいというべきだろうか。
現代の魔術師の強みだなと思いながらも康太もそれを受け取っていた。
「支部長、これは万が一壊した場合弁償か?」
「いいや、そういったことは気にしなくていい。全部本部持ちだ。君たちは作戦の成功だけを考えてくれ」
「本部もずいぶんと気前がいいな。こういうのってあれか?秋葉原とかでも売ってるのかな?」
「探せばあるんじゃないか?これがあればだいぶ楽になるよな」
「一応言っておくけど、それに細かな地形データは入っていない。各員地図を用意して緯度と経度を確認して、地形データと地図を確認しながら行動するようにしてほしい」
大まかなデータは入っていても、それはあくまでデータでしかない。常に変わり続ける密林の木々のデータまでは入っていないし、地形といっても密林のわずかな凹凸までは記録されていないのだ。
「何より、相手の魔術師が地形を変えていないとも限らない。上から見るだけではわからないような微妙な地形の変化は十分にあり得る。その点を留意しておいてくれ」
こちらが地形の変化ができる以上、向こうも同じように地形の変化をできると考えていいだろう。
向こうの都合のいいように地形が変わっているということは十分にあり得る話だ。こういうデータはあくまで参考にしたほうがいい。確実に言えるのは緯度と経度だけは正しいと考えるべきだろうということだけだ。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




