議論は続く
文が準備をしている間、康太は再び支部長とともに会議に参加していた。
支部長の読み通りというべきか、すでに編成と出撃準備を終えた支部が大半で、あと一日もあれば出撃準備が完了するという支部があといくつかある程度になっていた。
だがそれでもまだ本部との会議の中で、件の問題は尽きない。万が一の際の対応。魔術の露呈を防ぐための方策として、最後の手段として何を用いるか。
やはり最も適切なのは科学技術による大破壊。つまり大規模な爆発を引き起こすことができる兵器の使用だ。
原爆、水爆といった超がいくつもつくほどの危険な大量殺戮兵器。地形破壊のためだけに使用するのであればというが、それでもかなりの重要性を秘めているのは言うまでもない。
現在そういった兵器を射出できる国はいくつか存在する。いずれも大国だ。中には小国でありながらそういった設備を有している国もある。
いま議論されているのは、今回攻略する各点、各国において、どの国がその発射を担うのかという話である。
原爆などを落とされる国もそうだが、それと同じかそれ以上の被害を被るのはそれを射出した国だ。
それが事故という形であればまだいいのかもしれないが、それにしても道義的な責任は付きまとう。
そうなったときに、どの国が加害者としての被害を被るか。そこが最も重要な議論であった。
地理的に近い国。経済的に恵まれた国。諸外国との関係性。今後の世界におけるその国の立ち位置。
そういった部分をすべて含めて議論をするが、魔術師だってその国に住む国民の一人なのだ。自分の国の利益を考えてしまうのは仕方のない事。
自分よりもよその国の方が適している。自分の国よりもほかの国の方が恵まれている。今ほかの国に手を出せばこの情勢を考えれば戦争に発展する可能性もあるなどなど、出てくる意見は様々だ。
無論どの意見も理屈は通っているし、何より納得できるものではあるが、やはりどれも自分の国を主眼に置いた意見が多い。
その中で日本という国がそういった大量破壊兵器を有していなかったのは不幸中の幸いというべきだろうか。
どのようなことになってもそのような兵器は持ち込まない、作らないなどという言葉を掲げ続けた国だ。そしてそのようなものは存在しないというのが日本の国としての立場だ。
そういうこともあって、日本は加害国としての立場が作られる可能性は限りなく低かった。そのせいか、康太や支部長は今回の議論を俯瞰して、より客観的に見ることができていた。
日本支部以外にもそういった施設や設備を持たない国、攻略地点から物理的に距離があったり、射出しても届きそうになかったり命中精度が乏しくなる国は自動的に候補から外された。
そういった国も、日本支部と同じように客観的な視点で見ることができるだろう。
ただ、完全に無関係ではないために、放置はできないのだが。
「広い国土を持つ国であれば広域のカバーも問題ないだろう!今回は世界全体の話なんだぞ!」
「それなら物理的に近いそちらの国の方が適任ではないか!確かにこちらの技術であれば狙うこともできるが、それだとこの世界全てが射程距離になっていても不思議はないんだぞ!まさかすべての国を狙えというわけじゃないだろうな」
「そうは言わんが担当を決めるべきだといっている!単純に落とせばいいというわけではないんだ。単なる攻撃では報復核を許容することになりかねん。それだけの準備と工作ができる国がやらなければいいわけもできないといっている!」
報復核。今回の議論に上がった題材の一つだった。
核兵器というのは、互いの国がもつことによって核の抑止力を互いに発揮することで互いを牽制し、均衡を保っている状態が好ましい。
本来であれば所有しないことが一番いいのだろうが、人間はそこまで他人を信じることができるような種族ではなかった。
どんなに条約を結ぼうと、どんなに平和を説こうと、自らの近くには自らを守るための武器が欲しいのだ。
それが核。
一発撃てば数十年規模で自然を、そして人を蝕む最悪の兵器の一つ。
撃たれれば撃ち返すという絶対的な報復核の前提を持っているからこそ、核が蔓延するこの世界は均衡を保っている。
今回魔術師たちがやろうとしているのはその均衡を崩しかねない危険な行為だ。一歩間違えれば世界全体を巻き込んだ核戦争になりかねない。
それを阻止するために、これは攻撃ではなく事故を装わなければならない。
無論事故を起こした国は多くの国から非難を受けることになるだろう。
だがそれでも全世界を巻き込んでの核戦争になるよりはよほどましだ。
他国に核を落とすという行為が、攻撃ではなく事故であるというように見せかけるには当然それなりの工作活動が必要になる。
そういったことが行える国は限られてくる。今議題になり、討論しているのはその部分だった。
戦争を起こさないために、世界を滅ぼさないために、魔術を露呈させないために、魔術師たちもできることをしようとしている。
無論それでも自分の国がかわいいために、自分の国が巻き込まれないようにしているのが現状なのだが。
大国と呼ばれる国であればそういった工作活動などは不可能ではない。だが大国といっても限度があるのだ。主に工作活動が行える範囲、これはかなりシビアな問題だった。




