支部長は何ができるのか
「支部長の見立てではあとどれくらいで攻撃の準備が整うと思いますか?いい加減会議ばっかりも飽きてきたんですけど」
「気持ちはわかるけどね・・・まぁそこまで時間はかからないと思うよ」
「具体的には?」
「そうだね・・・あと四日・・・かかるか、かからないかくらいかな」
四日。康太が考えていたよりも早い展開に少し目を細めていた。あと四日で攻撃の準備が整うということは、つまり四日後には全方面での攻略作戦が展開するということでもある。
「随分と急ですね」
「急でもないさ。ずっと準備していて、なおかつその危険性をより正確に支部長たちが理解し始めたってことさ」
「危険性って・・・そんなにわからないもんですかね?」
「関わりのない支部にとっては、対岸の火事と同じだったのさ。協力していても、せいぜい足や拠点を提供する程度。実際に戦っているわけでもない支部からすれば、そこまですることなのかと思っている面も少なからずあったんだろうね」
どの支部がそうであるのか、支部長は明言はしなかったが、何かしら思うところはあったのか目を細めていた。
支部長として、長く面倒ごとを抱えてきた彼にもたらされた勘に従って、支部長は積極的にこの件に関わってきた。
そうしなければいけないと、そうしなければもっと大変なことになると、そう理解していたからである。
「何がきっかけだったんですか?危険性を認知するって、結構難しいですよね」
「話の流れとして・・・きっかけは、人類のタブーにふれたことさ」
「タブー?」
「核のことさ。自国に核が落ちるかもしれないっていうのは、具体的かつ計り知れないほどの脅威だ。戦争で使用され、発電技術としても知られる核の脅威は多くの国の人間が知っている。今や多くの国が保有している核が、未だ対国家戦において二回しか使われていないというのが、それを物語っているよ」
二回。それは二回とも日本に撃ち込まれたものだ。といっても康太が生まれるよりずっと前の話であるために、康太からすれば物語の中のものでしかない。
かつてこんなことがあったのだと、童話のように話されるそれと何ら変わりはない。
だが、国を抱える、国を憂うものとしては、ただの昔話以上の効果がそこにはあるのだ。
「いくらのんきで平和主義の支部だって、自国に核が落ちる危険性を考えれば必死にもなるってものさ。もちろん今までだって準備を遅らせていたわけではないだろうけど、支部長が本気になれば、当然支部のパフォーマンスは最大に近くなる」
支部長が本気になればパフォーマンスが最大になるといわないあたり、支部長も組織というのが個人の如何によって成り立つものではないということをよく理解している。
同時にその苦労がにじみ出ていた。
「かくして、本気になった支部は躍起になって準備を進めるはずだ。規模の問題もあるから一日二日ではどうにもならないところもあるだろうけど、四日もあれば何とかするだろう」
「事前にやっていた準備を急がせるってことですか」
「そういうこと。一番遅くとも四日、早ければ二日程度で準備は終わるだろうね。そこは支部長の本気度次第ってところさ」
「今回支部長は本気になってるんですか?」
「もちろんなっているさ。君たちを投入している時点で、僕はかなり冒険しているほうだよ・・・いや、正確には彼女を、と言ったほうがいいのかな」
それが誰のことを指してるのか、もはや口にするまでもなかった。
だが支部長は本気であるらしい。それは良くも悪くも珍しかった。今までなんだかんだ面倒ごとに巻き込まれ、仕方なく対処しているように思えたからである。
「君がやる気になってくれたことは、ある意味運がよかったよ。同時に申し訳なくも思ってる。君との約束を守れなかったからね」
約束というのが、幸彦を殺した魔術師を死なせないようにするというものだ。支部長はそれを康太と約束した。
だがあの魔術師は殺された。殺されてしまった。支部長はそのことを、今なお悔いていた。
「仕方がないと思いますよ。少なくとも今まで相手がとってきた手段を考えれば、俺だって対策を取ろうと思えばできたんです。俺の責任がないわけではありません」
相手に洗脳を使う魔術師がいたのは、想像できたことだ。そしてその魔術師が口封じにやってくることも十分考えられたことだ。
支部長は不甲斐なさを感じているようだったが、それは康太も同じなのだ。
「それでもね、それでもなんだよ。約束も守れない男っていうのは格好悪いじゃないか。君の言う、仕方がないということであってもね」
支部長はあえて大人という言葉ではなく男という言葉を使った。男と男の約束を違えた。支部長はそのように考えているのだろう。
「この詫びはいつかするつもりだよ。可能な限り君に力を貸す。支部長としてではなく一人の魔術師としてね」
「それはどうも。でも支部長として以外の支部長って想像できないんですけど。何ができるんですか?」
「結構ひどいよね君。僕はあれだよ、結構いろいろできるよ?何がって言われると返答に困るけど、たいていのことはできるよ?」
「それはわかりますよ。師匠から逃げ延びてる時点でそのあたりはわかってます。だからこそわからないんですよ。何ができるのか」
何ができるのか。何が得意か。おそらく支部長の中でも何が得意なのかあまりわかっていないのか、特徴を上げられないのか、困ってしまっている。
十分才能も実力もあり、経験も積んでいるのに自分の良いところを上げられないというのは少しどうなのかと康太は思ってしまっていた。




