支部長の勘
「僕から言えることは、君はもう少し視野を広げたほうがいい。クラリスと一緒にいるから難しいかもしれないけど、魔術師の活動っていうのは、何も戦うだけじゃないんだ」
支部長の言葉は重い。戦いだけに目を向けている康太からすれば耳の痛い話だ。
支部長自身も、酷なことを言っているというのはわかっている。小百合の近くにいて、常に戦いに巻き込まれてきた。
魔術師における一面だけしか見せられてこなかった康太にこれを言うのがいかに無責任なことか理解している。
小百合の弟子になることをある種確定付けてしまった支部長からすれば、これを言う資格はないのかもしれない。
だがそれをしてしまったからこそ言わなければならなかった。
支部長は康太の真面目さを知っている。努力家であることも知っている。何も知らなかったただの少年が、いくら小百合の訓練を受けたとはいえ一年半でここまで強くなったのだ。そこには才能という言葉だけでは片づけられない努力がある。
それがどれだけ恐ろしく素晴らしいものであるのか支部長は理解していた。だからこそ、その努力を戦闘以外の別の側面に向けてほしいと思ってしまうのだ。
難しいことは理解している。今の状況では、康太が戦いにしか目を向けられないのもわかっている。
それでも、支部長は支部を収める長として、また大人として、康太に別の道を示すことをあきらめない。あきらめてはいけないのだ。
「わかってはいるんですけどね・・・なかなか・・・」
「んー・・・確かに、君の周りの人間武闘派だらけだからねぇ・・・いっそのことあれだ、別人になっちゃうかい?」
「別人?」
「そう。あんまり僕みたいな立場の人間が言っていいことじゃないけどさ、別の魔術師として活動するのもいいんじゃないかな?ブライトビーとしてではなく、別の魔術師として活動するんだ」
別人になる。康太からすればあまり考えたことがない方法だった。確かに魔術師を判別する方法は仮面と各種装備程度のものだ。個人の顔を隠しているためにそれらで判別することは難しい。
親しいものであれば康太の声を聞いてそれを判別することは難しくないが、親しくないものであれば康太の声で個人を判別するのは難しい。
特に噂と事実だけで康太の危険性を判断している人間からすれば、康太が違う仮面をつけ、違う装備を身につければ確かに全く違う別人の魔術師のように見える可能性は高い。
「支部長的にそういうのありなんですか?一人の人間が二人を演じるって」
「だから僕的にはそういうことは言っちゃいけないんだけどさ、君の場合はちょっと後に引けない感じあるし、何より視野を広める意味でも一時的にそういうことをするのもありなんじゃないかなと思うわけだよ。君の技術を高める意味でもそういうことをやってみても悪くはないと思うよ?」
仮面を変え、装備を変え、魔術師としての名前を変える。確かに支部長の協力があれば不可能なことではないかもしれない。
そして新しい人間関係を築き、新しい魔術師の一面を見る。それは決して悪いことではないかもしれない。
康太は未熟だ。戦闘能力的な意味でもそうかもしれないが、魔術師としてあまりにもものを知らなすぎる。
文のように長年魔術師でいたわけでもない。真理のようにありとあらゆる状況を超えてきたわけでもない。
ただ戦ってきただけだ。それができるというだけでも素晴らしいといえるかもしれないが、それだけが魔術師のすべてではないのも事実だ。
「何となくだけどさ・・・君はこれから長く生きる気がするんだよ」
「それは寿命がない的な意味ですか?」
「うん、だからそういうことにも目を向けておいたほうがいいと思うんだ。ブライトビーとしてではない、別の魔術師としての道を模索するのもいいと思う」
「・・・それは支部長の勘ですか?」
「そうだね。クラリス風に言えばそうなるのかな。うん、僕の勘だ。君はたぶん、とても、そう、とても長生きすると思う」
支部長の勘。それは面倒ごとに関して間違いなく効果を発揮するものだ。
康太の寿命も面倒ごとに該当するといっていいだろう。何せそれがあるかないかによって康太が封印指定になるかどうかが決定してしまうのだから。
「君がどういう魔術師になるかはまだ決まっていないんだ。君はまだ魔術師としてあまりにも未熟で、未発達だ。まだまだ伸びしろがある。だから道を決めつけないでほしい。クラリスの近くに居るとそういう風に考えるのは難しいかもしれないけどさ」
「そうですね・・・でも確かにそうかもしれません。少し、そういうことも考えてみようと思います」
康太が目を向け続けた戦いの道。それ以外にも道はある。単純で当たり前のことなのだが、それを示されたところでどうしようもないという考えが今まではあった。
何せ小百合の弟子という時点で面倒ごとに巻き込まれるのは確定的だ。康太がブライトビーという魔術師でいる以上、それは避けられない。
だが別の魔術師として活動するのであれば、また少し別の道がある。その事実に、康太は少しだけ別の道を見ようとしていた。
視野が開けるとでもいえばいいだろうか、凝り固まった、行先を見失っていた思考が少し広がったような、そんな気がしていた。




