相談できる大人
「ということで今度全面攻略作戦を決行することになりそうですね。師匠たちも出撃して一斉に攻撃を仕掛ける感じになります」
康太は奏の仕事を手伝いに来るついでに今回の攻略作戦のことを話していた。
今までの経緯を大まかながらに知っている奏は、目の下にクマを作った状態で康太の淹れたコーヒーを飲みながらその話に耳を傾けている。
仕事のことに意識を向けずにこういった話を聞くだけでも少しはストレスの解消になるのだろうか。
「随分とまぁ荒っぽい話になったものだ・・・ほとんどの支部が作戦に参加するんだろう?」
「えぇ、全支部が攻略および支援行動をすることになります。日本支部は一つの発動系統を攻略するって感じですね」
奏からすればそれだけの状況にしてしまった時点ですでに協会の敗北と受け取っているが、まだ一般人に魔術の存在が露見していないということもあってそこまで辛口の採点をするつもりはないようだった。
すでにだいぶ後手に回ってしまった感はあるが、決して手遅れではない。まだ巻き返しができる分ましだと思うべきだろう。
「一気に攻略すれば相手の思惑を潰すことができ、相手の計画をかなり遅らせられる。その間に情報を収集し、完全に根絶するのが協会の目的か」
「そうなりそうです。判明してる発動カ所すべてを潰せば同時に相手の情報も集められるはずですから。そうやって少しずつ相手を潰していくしかありませんね」
「膨れ上がった組織を潰すのは骨が折れるぞ。大きな段階で潰すのはそこまで難しくはないが、小さく散り散りになった時どうするかが問題だ。もっとも、そのあたりは現場ではなく上役が考えるべきことか・・・」
現場で動く人間はあくまで現場をどのように動かすか、また現場でどのように行動するかを考える。
現場を俯瞰してみることができる後方支援や司令塔役の人間がそういったことを考え、現場に伝達するのが最も効率が良い。
そういう意味でも奏の言葉は正しい。無論現場の人間がそういったことを全く考えないのも問題だ。
あくまで本格的な作戦を練るのは上層部であるべきなのだ。現場はその指示に従いながら、上層部が求めるであろう結果を現場で出すしかない。
「どちらにせよ、相手の情報を可能な限り集めつつ、敵拠点とその発動点?とやらを破壊するしかないな。全世界で展開するということもあって、相手の幹部級の人間も問題なく捕まえることができるだろう」
「問題なのは相手が自棄になって術式を発動した時ですね。持久戦になればこっちが有利なのは相手もわかってるでしょうから・・・やけになって無理に術を発動して、大陸一部消滅とかにならなければいいですけど」
「最も手っ取り早いのは相手の発動点がわかったらそこを爆撃することだな。もっともこの場合は相手の発動点が地上に出ていた場合に限られるが」
「それ支部長も言ってましたよ。いっそのこと爆撃したいって。けどまぁ他国ってこともあってそのあたりは難しいっぽいですけどね」
「自然保護の観点からも許可が出る方が珍しいだろうな。まぁこういうことはよくあることだ。結局のところ現地に行ってどうにかするしかない。もっともやりようによっては爆撃に近いこともできなくはない」
「はい、俺や師匠、姉さんなら爆撃に近いことはできます。けど相手の位置がわかってないと難しいですよ。それにかなり周りを巻き込みます」
「あとで他の支部から文句を言われるのは間違いないだろうな。そこまでのことをするのは難しいか。とはいえ瀬戸際に立っているのは間違いないと思うがな」
一般人への目くらましの方法はいくらでもあるため、それこそ方法さえ確立できてしまえば爆撃も悪くない手だとは思う。
だが同時に他の支部や他の国の人間からの苦情は避けられないだろう。
ただでさえ協会の本部と支部の間で溝が生まれつつある状態で支部間においても溝を作るのは得策ではないというのが支部長の考えだ。
その通りだと思うし、康太も無駄に周りに敵を作りたいとは思わなかった。
ただ奏の言うように、一般人にばれる瀬戸際に立ってしまっているのも事実だ。ある程度覚悟を決める段階なのかもしれない。そのあたりはやはり支部長クラスの人間の思い切りの良さの違いだろう。
「あの人だったら本当にやばくなったらやるときはやるでしょう。というか師匠を投入している時点である程度覚悟はしてると思いますよ」
「確かに。あの子は昔から極端なやり方をしていたからな。この間の中国もずいぶんと派手にやったと聞いた。あれはあれで面白かったが」
「山が谷に変わっちゃったらちょっと笑えないですよ。中国支部の人間は後始末と情報統制にかなり手間をかけたんだとか聞きました。支部長が頭抱えてましたよ?」
「ははは。あの子に振り回されるのは相変わらずのようだな。少し安心した。あと十年はうちの支部は安泰だな」
「支部長の胃がもてばの話ですけど」
「大丈夫だ。心配されるほどあれも脆くはない。あれはあれでなかなか鍛えられているからな。多少のことでは体調不良も起こさんよ」
そういえば支部長が体調を崩しているところを見たことがないなと康太は思い返す。どんなに面倒な事案が浮かんできても、どんなに面倒ごとがやってきても結局は解決してしまう。しかも頭を痛めていても、抱えていても、支部長が体調を崩しているようなそぶりを見せたことはない。
さすが小百合と長年一緒にいるだけあって精神面も体力面もタフなのだなと感心してしまっていた。
「ところで康太、話は変わるが今日はどうしてお前ひとりなんだ?文はどうした?」
アリスからちょくちょく康太と文の間柄を聞いている奏からすれば、二人がそろっているタイミングでいろいろと聞きたいことがあったのだが、今日は康太しか来ていない。
これではからかうこともアドバイスすることもできないなと奏は少し残念に思っていた。
「あぁ、実は文は今アリスといろいろやってまして」
「いろいろ?」
「はい、今度の攻略作戦で敵の中央拠点に向かう移動手段をどうしようかって話してたら、アリスがいろいろと思いついたらしくて、文はその手伝いをしてるんです」
アリスと文が今一体何をやっているのかは康太も理解していない。アリスも最近小百合の店にいないことが多くなった。おそらく文と一緒に何かをやっているのだろう。
それが物理的な準備なのか、魔術的な準備なのかはわからないが。
「なるほど、アリスと一緒か・・・いったい何をやっているのやら・・・変なことをしていなければいいが」
「それは大丈夫じゃないですかね。変なことをしたら文が止めますよ」
文が止めるということに関しては奏も同意見だったが、文は文で流されやすい性格であるということも理解しているだけに複雑な気分だった。
文は一見常識人だが、特定の条件がそろうと途端に流されやすくなってしまう。それを利用してアリスが変なことをしていないとも限らない。
もっとも今回はまじめな案件だ。アリスがふざけるようなこともないと思うが、アリスは本当に何をするかわからないという欠点がある。
そういう意味では奏は心配もしてしまうというところだ。
「まぁいい。お前としてはどうなんだ?あの子が近くにいないといろいろと不安ではないのか?」
「んー・・・まぁ今までも別行動とかしてましたからそこまで不安ってことはないですけど、ちょっとそわそわしますかね。ずっと一緒にいるのが当たり前になってたので」
康太としても文が一緒にいない状況というのはあまりない経験だっただけに少し落ち着かない感じがあるのも事実だ。
本人は気にしていないのだが、どうしてもどこか落ち着かない。あるべきものがあるべき場所にないような、そんな違和感を覚えてしまう。
「拠点では一緒にいるんだろう?一緒に居られる時間を大事にしなさい」
「そうですね・・・あぁそうだ拠点で思い出した。奏さん、実は折り入ってお願いがありまして」
「なんだ?家具などであれば融通できるが」
「近いけどちょっと違います。実は俺たちで新しく部隊を新設することになりまして。支部長直轄の部隊なんですけど」
「あぁ、そういえばアリスがそんなことを言っていたような・・・それで?どんな部隊を作るんだ?」
「とりあえず俺が使えるなと思った魔術師やら精霊術師を集めて何でもできる部隊を作ろうかと・・・で、その拠点を作りたいんですけど」
「なるほど、私の会社で所有している物件の中でよさそうなものを見繕ってほしいわけだな?」
さすがに話が早いと康太は大きくうなずく。奏の会社が所有している不動産の中で良いものがあれば、それを購入することも康太はやぶさかではなかった。
もちろんすでにあるものを購入するとなればいろんな意味で不具合もあるだろうが、そのあたりはゆっくりと調整していけばいいだけの話である。
「だが部隊丸ごとの拠点となるとそれだけ大きくなるぞ?ビル一棟買うつもりか?そうすると安くても億単位になるんじゃないか?まぁ場所によるが」
「そうですね。土地代と建物代を含めて億単位になると思ってます。そのあたりはまぁ支部長に金を借りるなりなんなりしますけど」
「金を借りるなら私にしなさい。無金利で貸してやる。まぁそれはさておいて・・・どんな建物がいい?」
「一つダミー用の店舗を入れることを考えてます。一階、二階部分辺りにマウ・フォウさんの探偵事務所を。本人からも結構肯定的な意見をいただいてますね」
「なるほど。調査系の訓練のためにも探偵か・・・実戦訓練はそれこそ依頼で・・・地下や上層階にいろいろと積んでいくということだな?」
「そうなります。地下二階か三階あればいいかなと。地下に訓練施設とかを作れば多少暴れても騒がれませんから」
小百合の店の地下のように、ある程度戦闘をしたところで特に苦情をもらうということもない。
そういう意味では地下にそういった空間を置くのは必須といってもよかった。
とはいえ都合よく地下に空間があるような建物はなかなかない。
「少し待て・・・上の階はともかく地下階層は作れといわれてポンと作れるものでもないからな・・・部隊は何人編成位にするつもりだ?」
「そのあたりはまだ何も考えてないんですよね。支部長曰く紹介したい・・・というか部隊に入れたい人間が何人かいるようなんですけど」
「支部も今や人手不足や実戦不足の人間を抱えているからな。そういう意味では必要な手段ではある。場所は都内がいいのか?」
「今支部長に門をつないでもらう交渉をしてるところなんですよね。支部にしか繋げられない劣化型の門の設置をお願いしてるんです」
「なるほど。まぁ支部長直轄の部隊であればそれで用は足りるな。となれば龍脈の上が好ましいか・・・場所のくくりがなくなったが、かなり調査が必要になるな」
門を使うとなれば当然大なり小なり龍脈が必要になってくる。必要な場所に必要なものを作るとなればそれなりに準備と調査が必要だ。
「そこで、朝比奈さんの禁術の出番ですよ。多少ずれていても龍脈から力を移動できるんじゃないかって考えてまして」
「朝比奈さん・・・あぁあの人か!随分懐かしい名前が出てきたな。私ももうしばらく会っていないが・・・」
朝比奈、術師名ジャンジャック・コルト。方陣術のエキスパートで、多量の魔力の伝達を可能にした術式を開発した人物でもある。
もっともその術式は禁術扱いされてしまっているのだが。
「ほう、さすがというところか。そんな術式を開発していたとは・・・だが禁術ということであれば利用するのは難しいのではないのか?」
「もうすでに流出しちゃってますから、どさくさに紛れて俺が使っても文句は言われませんって。てか言わせませんよ」
「お前も逞しくなったものだ・・・であれば多少龍脈に近ければ何とかなりそうだな・・・問題はどの程度近くならいいのかと、どの場所につなげるかという話か・・・さて、そうなると時間がかかるぞ?」
「えぇ、無理は言えません。よさそうなのを見つけたらでいいので教えていただければと。あとは支部長辺りにも聞いてみますよ、よさげな物件がないかとか」
「そうだな。支部であれば龍脈地点にあってよさげな土地や物件を押さえていても不思議はない。よく相談して決めることだ。あと、その拠点に店、というか事務所を構えるということであればマウ・フォウへの相談も怠るな。本人の了承が得られないと面倒なことになるぞ」
「わかってます。そのあたりはつつがなく行って行きますよ。あとは必要物資ですかね。家具やらロッカーやら、そのあたりも買っていきたいですね」
「そのあたりは私の方で何とかなるだろう。うちの方で使っていたものもあれば、新しく購入するものもある。つてがあるからそのあたりは上手く使いなさい」
「ありがとうございます。いつもご迷惑をかけてすいません」
「なに、この程度の事はたいして迷惑でもない。時折こうして手伝いに来てもらっているこちらの方がよほど迷惑をかけているんだ。気にするな」
そう言いながら薄く笑みを浮かべ、コーヒーを飲む奏はまさにできる大人という印象だった。
ちゃぶ台の上で煎餅をかじりながらパソコンをいじっている自分の師匠とは大違いだと、康太は内心涙していた。
なぜこの人が自分の師匠ではなかったのだろうかと強く、心の底から強く思ってしまっていた。
なぜこのようなできた大人の女性の弟弟子が、あのように自堕落を極めたかのような生活を送るダメな女性になってしまったのか。
奏曰く小百合の方が貯金額は圧倒的に多いらしいが、それでも限度というものがある。
「それよりも康太、体の方はもう大丈夫なのか?」
「体?別に怪我とかはしてませんけど・・・?」
「怪我はしていなくとも、妙なことになっているんだろう?アリスから聞いたが、日常生活に支障はないとは言ってもいろいろと不便な点もあるだろう」
奏の言葉に、康太は自分の体が人外のそれになってしまったということを言っているのだとようやく理解する。
確かに奏の言うように、日常生活に支障はない。今のところこれといった問題も起きていないと思いたいが、それでも不安はある。
「まぁそうですね。多少不安はあります。この体が暴発したりだとかするのが一番不安ですね」
そう言って康太は体を変質させて神化状態へと移行する。人ではない神としての姿。奏に見せるのは初めてだったため、奏も少し驚いていたがそれほど大きな動揺はなかった。
その辺りはさすがだというべきだろうか。
「その状態でいるのは疲れるのか?」
「今はだいぶ慣れましたんで平気ですね。最初は維持するのに苦労してましたけど、最近はそこまで意識してません」
一度ちゃんとできるようになってからは、康太はこの神化状態はそこまで意識しなくてもできるようになっていた。
もちろん長時間維持するとなるとぼろが出てしまうが、それでも十分、二十分程度であれば問題はない。
アリスに言わせると、一度体が覚えて、徐々に存在が安定してきているということらしい。わかりやすく言うと、一度泳ぎ方を覚えてしまえばあとは簡単に泳げるようになるのと同じ理屈なのだとか。
体が覚えて存在が安定するというのも妙な話だと思ったが、康太の場合は人間と人外のハーフ&ハーフのような状態だ。
そのような話になっても不思議はないのだろう。
「ならあとは文との生活で、互いに気を付けながら生活すれば問題はないだろう。あの子を大事にしてやりなさい。あの子はよくできた子だ」
「はい、そう思います」
「子供ができたら見せに来なさい。しっかりいい写真を撮ってやる」
「気が早いですよ。その前に結婚とかいろいろあるでしょう」
「それもそうだな。式を挙げる時は言いなさい。私がいろいろと手配してやろう」
奏の少し大げさな気遣いに康太は苦笑しながらも、それでもうれしかった。
親の前にまず奏に話を通すところからしなければいけないのかなと思いながらも、康太としては大事にされているという印象が強く、嬉しかった。
魔術師ではない両親と違い、奏は魔術師であり相談にも乗ってくれる。康太からすれば非常に頼りになる存在だった。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




