もはや手遅れ
「となれば、私たちも準備をしておかなければいけませんね。この間のような小規模な戦闘ではなさそうですし」
「姉さんも本気の装備をしておいたほうがいいと思います。念のためではありますが・・・何が起きるかわかりませんから」
「わかっていますよ。油断するようなことはしません」
真理はそう言いながら地下の自分の装備の確認に向かっていた。真理は基本的に打撃系の攻撃を好む。
三節棍を用いた変幻自在の攻撃が彼女の得意とする攻撃の一つだ。
それ以外の戦い方もあるのだが、康太は少なくとも真理の本気の戦い方というものを見たことはない。
真理の場合、たいてい康太を助けるためだったり、援護するためだったりの戦い方しかしてこなかったために康太の前では本気で戦うということをしてこなかったのだ。
いや、周囲に破壊してはいけないものなどもあったために、本気で戦えなかったというのが正直なところかもしれない。
今回も森林地帯を破壊してはいけないという制限があるものの、状況によっては真理が本気を出すことができる環境がそろう可能性は高い。
「お前、あいつに本気を出させるのがどういうことか理解しているのか?」
「どういうことです?」
「・・・いや、わかっていないのならそれでもいい。困るようなことはないだろうからな」
真理の本気を見たことがない康太にとって、小百合の発言は非常に意味深なものだったが、少なくとも本気を出して困るような状況になるというのはなかなかない。
何せ今回は相手もかなり気合を入れているであろう状況だからだ。相手を甘く見ればこちらが逆に壊滅させられかねない。そういった状況であるために高い戦力をそろえておくのは何ら損ではない。
「姉さんが本気で戦ったところってあんまり見たことありませんけど、どんな感じなんです?」
「どんな感じといってもな、状況によりけりとしかいい難い。あいつは基本何でもできるからな。射撃系で制圧することもあれば近接戦で突撃することもある。搦手を使うこともあれば、暗殺じみたこともする」
「暗殺ですか」
「お前と違ってあいつは殺気を消す技術を身に着けているからな。特に相手の隙を突くのが上手い。急所を狙うのも的確、相手にすると厄介だぞ」
真理の術師名の通り器用貧乏などという意味とはかけ離れている。彼女は良い意味で万能なのだ。
何でもできる、どのような手段でも取れる。そのためどの状態が本気の彼女の戦い方なのかが測りにくい。
対応力の高さ、変幻自在の攻撃、高い近接戦闘能力、優秀な素質。どれをとっても魔術師の戦闘において必要なものばかりだ。
「師匠とやったらどっちが強いですか?」
それはかつて奏とアリスがした話だった。奏とアリスはあくまで客観的な観点から見た場合の戦いの結果を想定した。
だがこの問いの答えは小百合の主観によるものだ。どのような結果をもたらすのか、康太は少し興味があった。
「あいつの戦闘能力もかなり高くなってきている。近接戦はまだ私の方に分があるが、それ以外ではあいつの方が圧倒的に上だ」
「じゃあ・・・総合戦闘では姉さんの方が上ですか?」
「まだ負けん・・・と言いたいが、あいつがなりふり構わなくなれば私の方が分が悪い」
「なりふり構わないっていうのは・・・」
「正攻法搦手何でもありだ。そういう状況のあいつの方が強い。残念ながら私は直接戦うくらいしか能のない魔術師だ。まともにやりあおうとしないやつとは相性が悪い」
小百合の素質面の問題か、それとも小百合の性格上の問題か、小百合は戦おうとする魔術師に対しての相性は非常にいいが、逃げようとする、あるいは戦おうとしない魔術師に対しては相性が悪い。
アマネなどがその典型だろう。
もし真理が正面から小百合と戦おうとすれば、まだ小百合が勝てるかもしれない。だがもし真理が戦おうとせず、小百合を仕留めるためだけの戦いをすれば、その結果はわからなくなる。
奏が言った康太と真理がいれば小百合に勝てるというのはそういう意味も含まれている。
康太が正面で小百合と戦い、その間に真理が小百合に対して攻撃を行いながら、決して小百合と直接戦おうとしない。
そういった戦いをした場合、小百合は康太を仕留めることはできても真理を仕留めることができないまま攻撃されるままになる。
確実な防御手段をほとんど持たない小百合と、その事情をすべて理解している康太と真理であれば、小百合の攻略法は自然と見えてくる。
「姉さんって、ひょっとして毒とかそういうの扱うのって慣れてるんですか?」
「あぁ、あいつはそういったこともできるぞ。その気になれば大抵の毒は思いのままに操れる。薬も同じだが」
薬と毒は表裏一体だ。強すぎれば毒となり、適切に使えば薬となる。真理は人体を壊すうえで毒の扱い方を心得、人を治すうえで薬の扱い方も心得たのだろう。
さすがは我が兄弟子と康太は尊敬の念を強くしたが、この場に文などがいればドン引きしていたことだろう。
高い素質に高い近接戦能力、制圧能力も持ちながら搦手も使えるという万能さに、戦いを挑むのがどれだけ危険なことなのか、多くの者が知らないままでいる。
「なるほどねー・・・全面攻勢作戦か・・・」
「そ、お前も来いよ?もう戦力に数えてるんだからな」
「はいはい、もう今更過ぎて反論する気も起きねえよ」
康太は学校で倉敷に今度行われる攻勢作戦のことを話していた。南米に行くということもあって少々遠出になるが、いつも通りのメンバーをそろえておくつもりでいた。
倉敷ももはや康太の発言に突っ込むのも面倒くさくなったのか、特に何の反論もせずにジュースを飲みながら呆れた顔をしている。
「今度の場所は四カ所、俺らが魔力供給の三か所を攻略して、その攻略が済み次第中央の発動点を攻略するって感じ」
「ふぅん・・・その話鐘子にも伝えたのか?なんか最近春奈さんの修業場に来てないみたいなんだけど」
「あぁ、文は文でアリスとなんかやってるよ。中央の発動点にどうやって行くかって話になって、アリスがなんかいい事を思いついたらしくてな。その手伝いをしてる」
「何やらかすかわからないからすっげぇ不安だな。大丈夫か?隕石落としたりとかしない?」
アリスの実力であれば隕石を指定の場所に落とすくらいのことは問題なくできそうだから怖いところである。
それなりに苦労するかもしれないが、隕石を落とす程度の事であれば彼女ならばできるだろうと康太は考えていた。
それ故に、高い素質と処理能力を持ち、なおかつ高い実力と技術を持つ文を手伝わせているのがなお恐ろしさを加速させる。
「やらかしそうで怖いんだよなぁ・・・でもぶっちゃけ隕石落としっていい案じゃないか?自然災害だし、その場所全部ぶっ壊せるし、でかい破壊になっても何も問題ないし」
「自然破壊という観点で問題がありすぎることに気付いてくれねえかなぁ・・・?しかも海外だろ?南米のジャングル地帯にそんなの落としたってなったら南米の支部から滅茶苦茶文句言われるだろ」
「当方は関与しておりません。隕石はあくまで自然災害でありまして、うちの封印指定とは何ら関係ありませんで押し通せないかね?」
「無理だな、日本支部が攻略するってわかってる場所にピンポイントで隕石が降ったら間違いなく疑われる。ただでさえ日本支部他の支部から目をつけられてるっぽいんだから勘弁しろよな」
日本支部がほかの支部から目をつけられているというのは初耳だった。もっともそうなるだけの背景があるだけに、そういわれても納得するしかないのだが。
「お前ってそういう情報どこから仕入れてくるんだ?」
「他の魔術師から聞いてるんだよ。実験とかで一緒になる人が海外でも活動してる人が多くてな。そういう人が海外で活動してると妙に心配されるんだと」
「心配?」
「あなたは遺跡とか建物とか自然とかを壊したりはしませんよねとかそんな感じで。お前のところで結構いろいろやってるからな」
「なるほど、でもうちだけだろ?そういう迷惑かけてるの。他の魔術師までそういうこと言われるか?」
「お前の師匠だけだったらあの人だけが特別って感じでよかったんだろうけどな。お前っていう第二の存在が現れたことで日本支部全体にそういうことやるんじゃないのかっていう空気ができ始めてるっぽいぞ。まぁまだまだそういう確認をされてる人は今のところ少ないけど・・・」
「俺の部隊を作ったらそうもいかなくなりそうだな。日本支部はやばい奴の巣窟みたいな見方をされるのも時間の問題か」
「主にお前のせいでな」
確かに康太のせいで日本支部の人間が危険人物扱いされるのは心が痛い。だが康太からすれば反論の一つや二つないわけではない。
「そうは言うが倉敷君、君も立派に俺と同レベルの危険人物扱いされ始めていることはご存知かね?」
「は?待て待て、なんで?俺普通の精霊術師じゃん」
「いやいや、魔術師一個小隊くらいなら相手にできる君が普通なわけがないだろう」
「一個小隊は無理。二人か三人なら・・・」
「その時点でおかしいのだよ。君はもう俺たちと同じステージに上がってしまっているんだ。ちょっと視界に入っただけで『あ、あいつ噂のヤベェ奴だ』って見られるようになってるんだよ!」
「な・・・!?」
今まで確かに康太と一緒に行動していることで少し危険人物なのではないかと噂されることはあった。
だがそこまで大げさなものではなかったはずなのだ。
せいぜい康太に振り回されて強くなった精霊術師程度のはずだったのだ。それがいつの間にかなぜそこまでの評判になったのかと疑問符が止まらなかった。
「今までの数々の戦い、本部に俺の話が通る際に一緒にいる文や君の話も当然噂と一緒に集められていた。その際君が精霊術師でありながら俺たちの戦闘についていけるどころか、一人の戦力として数えられているというところがかなり強調されて伝わったんだ」
「まさか・・・そんな・・・!」
「あきらめろ。お前はもう俺と同類という未来しか歩むことはできんのだ・・・!」
平穏な精霊術師生活を送りたかった倉敷からすれば、この宣言は死刑宣告に等しいものだった。
確かに精霊術師の中では高い戦闘能力を有しているが、それがまさか本部にまで伝わっているとは思わなかったのである。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




