誘導 足止め
「・・・来たわね・・・」
小百合に言われた通り、文は町南部での工作活動に勤しんでいた。
工作活動と言ってもやることは簡単だ。相手を誘導できるように魔術を使う程度の事である。
そしてその内容はそこまで派手なものではない。むしろ至極地味なものであると言えるだろう。
小百合の車に追われながらこちらにやってくる車を確認したところで文は魔術を発動した。
発動したのは光属性の魔術。その魔術によって変化したのは信号機の点灯部分だった。
よくある信号機だがその状態が問題である。先程まで青信号だったものを赤信号ではあるが右折だけはできるように点灯している形へと変化させている。
魔術師といえど日の高いうちに違反行為を連発することはできない。直進も左折もできないのであれば右折するしかない。
魔術師を乗せた車は文の思惑通りに勢いよく右折しそのまま直進していった。
文にできるのは今はここまで、後は小百合に上手く誘導してもらうほかない。
とりあえず車の方向と別荘までの道へ続く道でできることがあるかもしれないと、文はすぐさま走り出す。
『こちらジョア、今駅に到着しました。これから別荘方向に向かいます』
車が走っていくのが見えると同時に電話の向こう側から真理の声が聞こえてくる。どうやら最寄り駅には到着したようだ。
「ジョアさん、今クラリスさんが目標を追っています。順調にいけばもうすぐ追い込めます。お早目に」
『わかりました。ビー、そちらの準備は大丈夫ですか?』
『問題ないです。トラックでも止めて見せますよ』
文たちが行動している間康太も行動し続けていた。
自分がいる方向に車が逃げて来てもすぐに迎撃できるように準備を進めていたのだ。
すでに準備は万端。あとは車がこちらにやってくるのを待つばかりである。
『了解、ビーはそのまま待機していてください。師匠、誘導の方はどうですか?』
『今やっている!グダグダ言わずに少し待っていろ!ライリーベルはこっちのフォローだ!』
「了解!今行きます!」
どうやら車で相手の進行方向を変えるのもだいぶ苦労しているようだった。当然と言えば当然だろう。映画のようなカーチェイスをするにも車を直接ぶつけなければいけない。
だがそんなことをすれば車は大きく損傷してしまうだろう。
車が汚れただけで激怒していた小百合がそんなことができるとも思えない。
車の進行方向と魔術のみで相手を誘導しなければいけないあたりかなり苦労するのは当たり前だろう。可能な限り自分がフォローしなければならないと文は周囲の高い建物に登り小百合の車がすぐに見える場所に位置どっていた。
「こちらライリーベル、クラリスさんの車を確認しました。フォロー開始します」
『派手にやれ、相手が動揺してスリップしたらそれはそれでいい!ただしばれないようにな!』
「了解です」
派手にやりながらもばれないようにというのはなかなかに難しい注文だったができないわけではない。
文は短く集中してからその進行方向を妨げるように歩いている人を顕現させた。正確には光の魔術によってそれらしい人影を作り出しただけだ。
もちろん細部を見ればかなり雑な部分もあるし何より歩き方も若干不自然だが高速で動いている相手からすれば十分驚愕に値するだろう。
相手を思った方向に向かわせるというのも技術の一つだ。これができるのは今のところこの場に文しかいないだろう。
小百合の追跡と文の誘導によって魔術師を乗せた車はうまく誘導されていき、徐々に別荘の方向へと向かっていた。
そうこうしている間に文はそれを見た。
丁度別荘に向かうまでに続く道に入る車と、それを追おうとしていた小百合の車が唐突に停車した瞬間を。
誘導には成功した。だがなぜか小百合の車はそれ以上動くことはなかった。
「クラリスさん、どうしたんですか?トラブルですか?」
『あぁ、してやられたようだ・・・車への細工だろうな、まったく反応がない・・・やってくれたな・・・!』
自分の愛車に細工をされたのが気に食わないのだろうか、電話の向こう側から聞こえてくる小百合の声は今にも人を殺しそうなほどだった。
一体どんな方法を使ったのかは知らないが、小百合の車は交差点に差し掛かるより少し手前で停車してしまっていた。
どうやらエンジンそのものに細工をしたのか、それとも駆動系に細工でもされたのか、それ以上動くことは無くなっていた。
「ビー、ジョアさん、そちらに車を追い込みました。あとは任せます。クラリスさんを回収したら私達もすぐに向かいます」
『了解、足止めは任せろ。とりあえずぶっ潰す!』
『ビー、可能な限り足止めしてください、すぐにそちらに向かいます』
既に康太は戦闘準備に入っている。だがどうやらまだ真理は到着していないようだった。
康太一人でどこまで相手を押さえこめるかが重要なところだろう。
康太自身はやる気満々のようだったがそれでも不安はぬぐえない。
なにせ康太はまだ半人前以下なのだ。一人前の魔術師相手にどれくらい立ちまわれるかは未知数なのである。
文たちがそんな不安を抱えている中、康太は迎撃の準備を終えタイミングを見計らっていた。
あらかじめ用意しておいた装備の中でも最も威力のあるものを撃つつもりで既に準備を進めていた。
用意されているのは以前使った数珠やお手玉と原理は同じ。何度も金槌などで叩いて物理エネルギーを蓄積した鉄球だ。
目的としてはタイヤのパンクや駆動部分の破壊。車が動くために必要な部分を破壊できればそれでいいという考えだがその鉄球は以前使ったそれと比べるとワンサイズ大きい。
対物用の鉄球とでもいえばいいだろうか。数よりもその威力を優先したタイプのものである。
そしてその鉄球を収めているのは以前のようなお手玉や数珠ではない。タイルのような面に固定され、上面にのみ飛ぶように設定されたものだった。
目的の車が上を通った瞬間に蓄積を解除させればまるで地雷のように発動するタイプの仕掛けである。
『ビー、そろそろ車がそっちに行くと思うわ、きちんと止めなさいよ?』
「わかってるって、ちゃんと停車してもらうさ」
停車のやり方はちょっと乱暴になるけどなと康太は僅かに笑いながらその車の存在を確認していた。
こちらに走ってくる車。あらかじめ文から聞いていた通りの見た目だ。そして小百合とのカーチェイスの時にはずれたのか左のウィンカーがない。これも報告にあったとおりだ。
このまま通れば間違いなく逃がしてしまうだろう。それはできない。小百合をコケにしたのだからしっかり制裁を受けてもらわなければ自分たちにその怒りが飛び火しかねないのだ。そんなことになったら目も当てられない。
康太は周囲に自分以外の人間がいないのを確認しながら草陰に隠れながら集中を高める。
相手の速度はおおよそ六十キロほどだろうか。直線道路だから出そうと思えばもっと速度は出せる。だがあの速度を維持してくれているのはありがたかった。
まだ余裕をもって反応できるだけの速度だ。
「こちらブライトビー、足止め開始!」
仕掛けた場所に車が乗ったと同時に康太は仕掛けを発動させた。
道に敷いてあった鉄球はすべて車に叩き付けられ、金属音と軋んだ音を響かせながらその車体に大きなダメージを与えていた。
車のエンジン内部に入り込んで動きを止める程度のつもりだったのだが、放たれた鉄球は車の薄い装甲を易々と貫通して天井から飛び出し思い切り上空へと飛翔していた。
その鉄球による衝撃と直撃により駆動系にダメージを与えたのか、車は大きくスリップした後で道を外れて近くの木に正面衝突してしまっていた。
道路から放たれた鉄球は車に全体的に着弾していた。エンジンなどの積まれている車体前面、そして人を乗せる座席、そして荷物を置いておく車体後部、どこにもまんべんなく直撃しているその様は凄惨というほかない。
まさに地雷のような着弾の仕方に康太はしまったと口元を抑えていた。
止められればいいくらいの気持ちで使った鉄球だったが思ったよりも威力が大きすぎたようだ。あれでは生きているかどうかも定かではない。
やってしまった。康太は若干後悔しながら自分が使った攻撃の危険性を大まかにではあるが理解していた。
蓄積された物理エネルギーが大きすぎて威力が上がりすぎたのだ。蓄積の魔術は蓄積する物理エネルギーの量ではなく、加算する力をかける時間によって魔力を消費する。
その為金槌で叩くと言った瞬間的な力の蓄積ならばほとんど魔力を消費しないのだ。
そういう背景もあって康太はかなり念入りに鉄球に物理エネルギーを蓄積し続けた。その結果がこれである。
もしかしたら初めて人を殺してしまったのかもしれないと康太はかなり動揺しながら草陰から車の様子を眺めていた。
この時康太はまだ理解していなかった。魔術師という人種がどのような人間なのかを。
ただ車を止めた程度で、軽く事故を起こした程度で死んでくれるような生易しい存在ではないという事を。
『ビー、どうですか?止められましたか?』
「・・・姉さん・・・俺前科者になったかもしれません・・・車が事故りました・・・!やばいやばいやばい!」
自分の口から今の状況を話すとその危険度の高さが理解できる。この状況なら救急車を呼ぶべきなのだろうかと一般市民的な考えが浮かんでしまう。
こんなことをするつもりはなかったんだという言い訳的な考えも浮かぶ中、真理は康太の様子を声から判断していた。
『警戒してください、相手はまだ生きています。逃がしてはいけません!』
「え?でもあれじゃあさすがに・・・」
ほぼスクラップですよといいかけた瞬間、康太はそれを見た。
ひしゃげた車体をさらに大きく変形させながら強引にその中から出てくる一人の人間。
僅かに腕を負傷しているのか、僅かに服の袖部分に血が滲んでいるがそれ以外に目立った外傷はない。
あれだけの事故を起こしておいてほぼ無傷というのはどういうことだと康太は眉をひそめてしまっていた。
この時康太はようやく気付く。自分が相手にしているのは魔術師なのだ。それも小百合という敵から逃げるために最大限まで警戒していた状態の。
それこそ遠方からの狙撃だって反応してみせたかもしれない中、康太のトラップ程度で死ぬようなはずがない。康太は今になって自分がただの人間ではなく魔術師を相手にしているのだという実感がわいてくる。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




