腐っても彼女は
「それはいいですけど、まさか俺たちだけに任せたりはしないでしょうね?」
「僕だってそこまで鬼じゃないよ。供給点の攻略班にはうちの精鋭を連れて行ってもらう。そして攻略が終了した時点で、すぐに移動して発動点の攻略の手伝いに向かってほしいんだ」
簡単に言ってくれるが、発動点と供給点の距離がどの程度離れているのかにもよる。
それこそ飛んでいけばすぐにたどり着けるような距離にあるのであればよいのだが、おそらくそこまで近い位置にはないだろう。
「その供給点と発動点の距離はどれくらい距離があるんですか?」
「概算で・・・五十から百キロってところかな。正確なところはわからないけどね」
あまりに雑すぎる距離感覚に康太はめまいがしていた。百キロというと東京から茨城の県庁所在地の水戸まであることになる。
旅客機などで移動できれば、十分程度で移動できる距離かもしれないが、相手が妨害工作をしていた場合そう簡単にはいかない。陸路での移動が確実になる。
仮に車で順調に移動できても、一時間半程度はかかってしまう。しかも場所を考慮するに、今回移動するのはジャングル地帯だ。そんな場所を移動するとなればさらに時間がかかってしまう。
支部長の言うように一種の賭けだ。供給点を破壊し、発動点に移動するまでの間に相手が術式を発動しないという、かなり分の悪い賭けだ。
「もし支部長が相手側だとして、供給点が破壊されたらどうしますか?」
「僕なら発動を急ぐね。とにかく発動してしまえば目的が達成できるなら、魔力を徹底的に注ぎ込んで一秒でも早く発動しようとするよ」
「発動まで少し足りないって時に、敵影が見えたら?」
「多少無茶でも発動しようとするね。長年の目的がかなうとなれば発動しようとするだろうさ」
「・・・分が悪い賭けですね」
「そうなんだよ。そこが難しくてね・・・本当に爆撃して辺り一帯を焦土にしたい気分だよ」
さすがの支部長もここまで分の悪い戦いをしたくないのだろう、舌打ちを隠そうともしていない。
ただ自棄になっていないという点ではまだましというべきだろうか。
「だから、本隊が敵拠点にたどり着くときには雲よりも高いところから一気に急襲するほかない。相手がこちらを認識するよりも早く、攻撃を仕掛けて発動できないようにする必要があるのさ」
「なるほど、本隊は雲の上から突入すると」
「そういうこと。でもさすがに直上に至るまでにでかい嵐を作られてると近寄れないからね。最低でも周りの掃除が終わっていないと・・・」
「でもそれなら地上部分から誘導も必要ですね。上から落ちる時って地上のことほとんど見えませんから、光か何かで誘導しないと」
「そうなの?さすが上から攻めることが多いだけあってアドバイスが具体的だね。となるとやっぱり地上部隊も必要かぁ・・・厄介だなぁ・・・」
支部長としてもこれだけの規模の攻略を行うのは経験が少ないのか、迷っているようだった。
支部長自身そこまで攻略作戦に参加したことがないために、どうしても手段で作戦を立ててしまう。
その手段に必要な手順を知っていても、その手段に必要な知識が欠如しているために的確な内容を考えるのに時間がかかってしまうのだ。
先ほどのように上空からの攻略をする場合、攻略地点に何かしらのマーキングをしていないと、上空からではどこが目標地点なのかもわからない。
かつて康太もアリスに場所を示してもらったのだ。そういったことをしないと誘導することは難しいだろう。
「地上部隊で接近するには供給点を攻略するか、攻略中にすり抜けて隠密行動をとるしかない・・・厄介ですね・・・時間もかかるし危険も多い」
「あぁ、やりたがる人間は少ないだろうね・・・相手も本気で索敵網を敷いている。そんな状態でできるとは思えないし・・・」
支部長と康太が悩んでいる中、二人は本部から出て支部にたどり着いていた。この時点で姿を消していたアリスは姿を現し、何かを思いついたかのように手を叩く。
「支部長、その方法、私に任せてもらえるか?」
「何かいい手段でも思いついたのかい?」
「あぁ。まだ机上の空論だが、不可能ではない。それに・・・」
アリスは康太の方を見て小さくため息をつく。そして、ゆっくりと大きく伸びをしながら快活に笑って見せた。
「それに?なんだい?」
「いやなに、たまには魔術協会の人間らしく、無法者を退治するのを手伝ってやろうと思っただけの話だ」
「らしくないこと言ってるよ。どういう風の吹き回しだ?」
「そういうな。せっかく出てきたやる気がそがれてしまうだろう。とにかく、その手段については私に任せろ。あとベルの協力もほしいな。しばらく借りるぞ。支部長はそれまで準備を進めておくがいい。後のことは私に任せろ」
珍しくやる気になっているアリスに、康太と支部長は不安で仕方がなかった。具体的な方法も示してもらっていないうえに、普段の行動が行動なだけに何をやらかすかわからないために心配なのである。
目の前にいるこの少女は、腐っても封印指定なのだから。




