一種の賭け
「して、支部長よ。南アメリカに行くのはいいが、具体的にはどのように移動するのかの?」
今まで姿を消していたアリスが不意に支部長に話しかける。姿は消えたままなので、唐突な声に支部長も少しだけ驚いたが、もはや慣れたものであるのか、特に気にした様子も無く話を始めていた。
「うん、南アメリカの支部長に掛け合って軍の空港を一つ借りようと思ってるんだ。こっちの戦力を空輸する」
「そんなつてまであるのか・・・さすがというかなんというか・・・」
「伊達に支部長をやっていないよ。支部長同士のコミュニティは大事だからね。こういう時に横のつながりがあるとすごく助かるんだ。クラリスの件で結構周りに迷惑をかけてしまうからね」
「なるほど、迷惑をかける分横に繋がりを太くしておけば・・・ということか」
どのように行動するかわからない、そんな駒を手の内に入れている以上、他の支部や他の魔術師に迷惑をかけるのはある意味必定となる。
そんな中で良好な関係を築くには、普段から横のつながりを強く太く保っていないと支部同士での争いにまで発展しかねない。
それを防ぐために支部長は今まで尽力してきたのだ。小百合が自分の下につくとなった時から、支部長は横のつながりをとにかく大事にしてきたのである。
「南アメリカの、今回日本支部で担当する攻略箇所は?」
「全部で四カ所。術式発動箇所が一つ、そしてそこに魔力を供給する箇所が三つ。そしてそれらをつなぐラインがそれぞれできてる・・・全部壊すとなると・・・なかなか骨が折れるよ」
「四カ所同時攻略・・・それは確かに並大抵のことではないな・・・戦力はどう分配するつもりだ?」
四カ所同時。相手が正副予備の三系統の魔力供給を行っているという時点で、最低でも三か所同時に攻略しないと術式を発動される可能性が非常に高くなる。
相手が直接魔力を供給することを視野に入れて、必然的に四カ所同時に攻略しなければならないだろう。
となれば、当然日本支部の戦力を四つに分けなければいけない。
「四カ所に分かれてるだけならともかく、今回、魔力の供給箇所が周囲に展開されてて、いやな感じに発動点にたどり着けなくなってる感じなんだよね」
「なるほど、最初に三か所のどこかしらを攻略しないといけないということか・・・」
地図上で確認できる場所では、大雑把な形ではあるにせよ、発動点は三か所ある魔力の供給源に囲まれるように配置されている。
相手の防御網がどのように配置されているのかは不明だが、形を見る限りどれか一か所を攻略しない限り本隊のところに突貫するのは難しいと支部長はにらんでいた。
「いくら防御網を敷いているといっても、すり抜けるくらいはできるのではないか?」
「相手は本気だよ?その気になったら抜けられない様に天候を操るくらいするだろうさ。場所が場所だけに、航空機での移動ができないとたどり着けない。そこに嵐でも作られたら、移動するのも一苦労だ」
支部の人間が場合によって雨を降らせたりするように、同じような手を相手だって使えるのだ。
単純な雨ではなく、それこそ嵐を起こして航空機などを近寄らせないようにすることだってできるだろう。
もし支部長が防衛側であったのなら、間違いなく嵐を起こして地上移動以外できなくする。
相手も同じだ、同じ魔術師だからこそ相手がやろうとすることがわかるのだ。だからこそ厄介でもあるのだが。
「今回は、いろんな意味で賭けに出ようと思ってるんだよね」
「賭け?」
「四カ所となれば、こっちも取れる手段は限られるってことさ。うちの戦闘部隊・・・主力本隊を温存して、まずはクラリスとエアリスを同じ個所に投入する」
「え・・・師匠とエアリスさんを・・・?」
犬猿の仲の二人が素直に従うとも思えなかったが、アリスはなるほどと小さくつぶやく。
かつて聞いた奏の言うことが真実であるのであれば、小百合の戦闘能力が最も高くなるのは春奈が一緒にいる時だ。
所謂最高戦力を投入するということでもある。それは支部長が本気であるということを示していた。
「なるほど。他のところには?」
「ジョアとアマネ、そしてブライトビー、ライリーベル、などを投入する。三か所を攻略して、攻略が早く済んだところで、本隊を発動点に送り込む」
戦闘能力が高いメンバーを外周部分の魔力の供給点に一斉に送り込み、三か所のどれか一か所でも攻略できれば、防御網にできた穴から一気に支部の戦闘専門の魔術師たちを送り込む。
取れる手段の中では最も早く攻略が可能な手段でもあり、同時に相手に多少なりとも猶予を与えてしまう内容でもある。
「確かに賭けだな。三か所の攻略に手間取れば、それだけ相手に発動の猶予を与える。いっそのこと一点集中するのも・・・いや、そのほうが危険は増すか」
「そう、供給点を一つでも残しておくと面倒なんだ。だから三か所は同時に攻略しなきゃいけない。確実に攻略できる要員を配置するとなると」
「確かに、先に言ったメンバーを配置するのが確実か。一番早く済みそうなのはクラリスとエアリスコンビか」
「その二人に任せるくらいならいっそのこと爆撃でもしたいけどね・・・さすがによその国に爆撃をするわけにもいかないし・・・」
支部長もなかなか過激な発想をするのだなと思いながらも、実際のところそういった方法がとれないわけではない。
今回の場所は自然豊かな場所であるために難しいが、ただの荒野が広がっているような場所であればそういった科学兵器を使うことは十分考慮に値する。




