矛先は今
その光景を見て、康太は目を見開いていた。
自分が拷問した、自分が傷つけた肉体がそこにある。
すでにかなりの血を流し、完全に息絶えた魔術師がそこにいる。
自分が、殺したいと、心の底から思ったその魔術師の死体がそこにある。
自分の行動を捻じ曲げてまで生かすと決めたその魔術師は、どこの誰かも知らない第三者によって殺されたという事実がそこにある。
その事実に、康太は一瞬、怒りが振り切れた。
その体が神化し、電撃と同化して人ならざる者になった瞬間、全員が警戒するが、その神化状態はすぐに収まり再び人の姿へと戻る。
「支部長、こいつをやったのはどこの誰ですか?」
予想していたよりもずっと落ち着いた、抑揚のない声に支部長はわずかに寒気を覚えていた。
それは、小百合が殺意を抱いたときの声音に、少し似ていたのが原因だろう。
「・・・クラリスが倒して・・・いま、情報を洗い出しているところだけれど・・・確実なのは・・・例の組織の人間だってことだね」
「なぜ殺したのかはわかりますか?」
「・・・口封じだと、言っていたよ。かつて門の管理をしていた神父を殺したのと、同じような手口だった」
「・・・そうですか・・・そうですか・・・」
今までの記憶と、そして自分の中でため込まれ、行き場を失っていた怒りと殺意が再び湧き上がってくるのを康太は感じていた。
そしてその殺意は、周りにいる人間すべてが感じ取れるほどに強くなっていく。
「・・・そうか・・・」
その言葉が告げられた瞬間、春奈でさえも冷や汗をかいてしまっていた。康太から放たれる殺気が、尋常ならざるものになっていることに気付き、このままではまずいと感じたのだろう。
冷たく、鋭く、奥深くまで突き刺さるような殺気に、支部長は冷や汗を止められなかった。
「すまない、君に殺すなと、殺されないようにしろと言われていながらこの様だ・・・本当にすまない・・・この詫びは」
「必要ありませんよ。支部長がやることもやらずにざる警備を敷いていたとも思えません。なら、相手の方が上手だったというだけの話でしょう」
相変わらず抑揚のない声で康太はそういう。すでに死んで冷たくなりつつある魔術師の肉体を触りながら、漏れ出る殺気を隠そうともせずに目を細めている。
「あぁ・・・それにしても・・・連中は俺を不快にさせるのが本当にうまいな・・・本当に・・・あぁ、本当に腹が立つ」
康太の口から漏れ出る言葉から、まるで怒りと恨みが漏れ出るような、腹の底に響くような声にその場の多くの者が戦慄した。
自分が殺したかった、殺せなかった相手を、どこの誰とも知らない人間に殺される。しかもそれを見せつけるかのように死体を置いていった。
康太はとにかく不快でしょうがなかった。
怒りも覚えているし恨みもある。殺意を押さえられず、今すぐにでも誰かにぶつけたい、そんな感情を抱いてしまっている。
だが康太は所かまわず暴れるほど考えなしではなく、配慮ができないわけでもなかった。
「支部長」
「な、なんだい!?」
「例の組織の情報が上がってきたら、すぐに俺に知らせてください。今後、大規模な攻略作戦が行われると本部で聞きました。おそらく、その情報がいずれか来るはずです」
それがどういうことを意味するのか、その場の全員が理解していた。
殲滅するつもりだ。その場に行って、その場のすべてを。
やる気がないという風に言っていた康太はもはやいない。今の康太は自分を不快にさせた魔術師たちを叩き潰すことしか頭になかった。
「わかった。情報がきたらすぐに知らせるよ。本部と歩調を合わせるということで、いいんだね?」
「えぇ、さすがに相手の規模を考えると俺だけでは手に余します。本部と連携していかないとたどり着くことも難しいでしょうし」
康太の恐ろしいところはこういうところだ。相手の戦力を把握し、自分にできるかできないかを瞬時に判断している。
感情のままに突撃するのではなく、現実的にできるかどうかを考えたうえで攻略する。
感情的に戦うだけの魔術師だったらどれだけ楽なことだったか。康太の特性の中で最も警戒するべきところは相手の戦力をおおよそ正確に理解したうえで戦略が練れるところだ。
相手によって出方を変える。攻略の仕方を変える。単純なことかもしれないが、それができるだけでどれだけ相手が恐怖を感じるか、康太は理解していない。
「よいのかのビー?せっかくでなくてもよいかもしれないのに、わざわざ戦いに行くのか?」
「戦いに行く?何言ってるんだ。むかつくやつを殴りに行くだけだ」
「また面倒なことに巻き込まれるかもしれんぞ?」
「それがどうした。俺が不快だと思った魔術師は潰す。俺の基本方針だ」
それはかつて決めた方針だった。そしてその通りに康太は動こうとしている。
康太の言った言葉に、支部長と春奈は目を見開いてしまっていた。まるで小百合がそこにいるような錯覚を受けてしまう。
どのような教育をすれば弟子をこのように育成できるのかと、支部長と春奈は疑問視していた。
ただ、これだけは間違いなかった。
康太の中で滞っていた殺意の行方が、憎しみのぶつける先が、今決まってしまった。
日曜日なので二回分投稿、話数が変わるのでもう一回投稿します
これからもお楽しみいただければ幸いです




