犯人は師匠?
「・・・な・・・なんじゃこりゃぁあ!」
いつも通り支部にたどり着き、少々騒がしい中を歩いていって支部長室にたどり着いた康太の第一声がこれだった。
何人かの魔術師が片づけを行っているが、壁は斬り崩され、扉も破壊され、完全に支部長室がさらされている状態になってしまっていた。
なにやら部屋の中には血痕も見受けられる。これを見て何も起きていないと認識するものはいないだろう。
しかも部屋の中に残されている血痕の量は、致死量に達していても不思議はないほどのものだった。
少なくとも動脈が切れていなければこれほどの量の出血は起きないであろうことがうかがえる。
支部内も騒がしくあちらこちらで魔術師が行きかっている。支部長室の中を見ても片づけを行っている魔術師しかおらず、この部屋の主である支部長の姿は見受けられない。
「いったい何が・・・?ビー、私はちょっと事情を聴いてくるわ」
文が真っ先に近くに居た魔術師たちに話を聞きに行っている間、康太たちは斬り崩された支部長室を観察していた。
「随分と派手に壊されてるな・・・っていうかこの切口・・・もしかして・・・」
部屋の壁と扉を斬り裂いているその破壊痕を見て康太は目を細める。この切口とでもいえばいいだろうか、そういった部分に見覚えがあったのだ。
そしてその痕跡に見覚えがあったのは康太だけではなかった。
「えぇ、師匠のものですね」
「やっぱり・・・!師匠がこれを・・・ひょっとして・・・あの人ついに支部に反旗を翻したんですかね・・・!?」
「まさかそんなことはと思いたいですが・・・ですがあの人なら・・・いや、むしろ今までよくおとなしくしていたというべきでしょうか・・・?」
本来ならば真っ先に師匠の無実を信じるべき弟子二人が真っ先に自分の師匠の凶行を疑う中、冷静さを保てている春奈は状況を把握しようと努めていた。
小百合ならば確かにそのようなことをしても不思議はないが、今まで支部長と小百合の関係を見てきた春奈からすれば、二人の推理は少々強引なものだ。
突然の支部の騒乱に冷静さを保てていないのだろうと、春奈は二人をなだめようとする。
「落ち着け二人とも。いくらあいつでもそんなことはしないだろう。支部に喧嘩を売ってもいいことはない」
「本当にそう思いますか?俺らの師匠ですよ?」
「他の人が相手ならいざ知れず、支部長が相手ですよ?」
「・・・さすがに・・・でも・・・いや・・・まさか・・・」
春奈も小百合の今までの行動を思い返して否定しきれなくなってしまったのか、わずかに冷や汗を流しながらうろたえ始める。
支部長と小百合は昔からの仲だ。悪態をつきあいながら今まで何とか穏便に事を進めていたが、かつては敵として戦ったことだってある。
そんな小百合が支部長に対しての堪忍袋の緒が切れて、凶行に至った可能性は否定しきれない。
それに、少し前の話になるが前支部長を引退に追い込んだのはほかならぬ小百合なのだ。同じようなことが起きないと誰が保証できるだろうか。
あの時の話は春奈も知っている。前支部長の時は小百合がすべて悪いとは言えなかった。前支部長は小百合を毛嫌いしていたし、あまりにも口が過ぎた。
現支部長と前支部長とでは人間関係という意味では比べ物にならないが、前例がある人間が同じことをしないという保証はないのだ。
目の前にいる弟子二人が全く師匠の凶行を疑っておらず、堂々と、そして自信満々に言い切るその姿に春奈は揺れてしまっていた。
「まさかそんな・・・いくらあいつでもそんなに頭のネジが外れているようなことはないと思うが・・・」
「重ねて聞きますが、俺らの師匠ですよ?ほかでもないデブリス・クラリスですよ?何やらかしても不思議じゃないですよ」
「きっと、きっと支部長が師匠の逆鱗に触れてしまったのでしょう・・・あぁなんてことでしょうか・・・前支部長だけに飽き足らず・・・!私が、私がついていればこのようなことには・・・!」
春奈はまだ小百合が凶行に至ったということを疑っているが、弟子二人はもうすでに小百合が支部長を攻撃したという仮説を信じてしまっている。
騒がしい支部内、そして斬り崩された支部長室、支部長室の中にある血痕。そしてその部屋の破壊痕が小百合のものであるという事実から、弟子二人はもはや小百合の凶行を疑いもしなかった。
「まさかそんな・・・あいつとうとうやってしまったのか・・・」
「エアリスさん、うちの師匠がこれだけのことをしたんです。たぶんものすごく師匠を怒らせたんだと思います。何か心当たりはありませんか?」
「支部長と師匠の間に、なにかこう・・・許せないような確執があったとか、そういう話は聞いていますか?」
「・・・いや、あいつらは基本的に昔からほとんど関係を変えていない。私もそうだが、無茶を言う私たちにいつも振り回されるのが、支部長になる前からのあいつの立ち位置だった」
「ということは・・・カッとなってやった可能性も・・・いいえ、だとしたらこの切口は綺麗すぎますね。怒った師匠ならもっと荒々しく壊すはずです・・・いったいあの二人の間に何が・・・?」
真理が真面目に考察している中、事情を周りの魔術師たちに聞いていた文が戻ってきていた。




