納得 目標 追跡
「あの師匠・・・正直俺もベルを単独行動させた方がいいと思うんですけど」
「何を言う、足止めならお前の方が適任だ」
「その根拠って何ですか?能力的にもベルの方が上なのに・・・まさか勘とか言わないですよね?」
「わかっているじゃないか・・・と言いたいところだが今回はちゃんと理由がある。まぁとにかくやれ。異論は認めない」
自分にこれ以上小百合を説得するのは無理だなと康太は大きくため息をつく。隣では文が難しい顔をしながら自問自答を繰り返している。
確かにこの精神状況では万が一危険があった時に怪我をするかもしれない。小百合はわざと文に揺さぶりをかけているような節がある。それがエアリスに頼まれたことなのかそれともただ単に彼女がそうしているだけなのか、それは定かではないが康太と文を比較することが多いのは確かだ。
「とにかく急ぐぞ。相手がこちらの行動に気付いていないとも限らん。いつでも連絡を取り合えるようにする」
小百合は携帯を操って康太と文、そして真理と同時に通話回線を開きいつでも行動可能な状態にした。
イヤホンを耳に繋ぎ、簡易式のマイクを付けて両手が開いた状態で通話が可能にした時点で互いの通信感度を確認していた。
「ジョア、聞こえているな?」
『はい、どうしたんですか?今そっちに向かってます。まだ時間かかりますよ?』
「いや、これから行動を開始する。可能な限り早く来い」
『はい!?まだ時間かかりますって!私が行くまで待っててくださいよ!』
真理の反応はひどく普通のものだった。てっきり四人そろった時点で攻勢をかけると思っていただけに自分抜きで行動を開始しようとしているというのは彼女にとっては予想外な状況だと言えるだろう。
相手が単独か複数かもまだわかっていない中で戦力は少しでも多い方がいいことくらい小百合だってわかっているはずなのだ。
「お前が帰ってくるのを待っていたら行動開始は夜になる。相手の位置を確認できているうちに仕掛けておきたい」
相手の行動範囲を知り、なおかつ文の索敵でそれを捉えた時点で小百合はすぐに攻勢をかけられるようにするつもりだった。
今はまだ夕方、相手も活動的に動くことはしないだろう。だが夜になれば相手だって動き出す。だからこそ今のうちに捕捉しておく必要があるのだ。
『それはそうですけど・・・でもそっちにはビーとベルさんもいるんでしょう?あまり無茶な行動は・・・』
「安心しろ、ライリーベルは私と一緒に行動する。足止めはビーに任せる。文句はないだろう?」
『ビーに・・・足止めですか・・・』
先程までの議論であれば康太と文どちらに足止めを任せるかという内容だったが、小百合の中では既に康太に足止めをさせる気満々のようだった。
ここは小百合を唯一止められる人間として真理にも何かしらの意見が欲しいところである。可能なら文に足止め役を交代させるような意味で。
「ビーかライリーベル、どちらかに足止めを任せる。その場合私はビーが適任であると判断した。一応お前の意見を聞いておこうか?」
恐らく康太と文が何かしら真理に意見を出してほしいと思っているのを理解したのだろう。小百合はわざと真理にその話題を振ってみせた。
これで真理からどのような意見が出るか、それによっては足止め役を変更することも考えているような節がある。
『・・・私も足止め役はビーが適任だと思います。ベルさんでは少々不安が残りますね』
「どうしてですか?何で私じゃダメなんですか?私よりまだビーの方が上なんですか?」
真理の言葉を聞いていた文は思わず声を出してしまった。共通回線を開いているためにその声も向こうに聞こえている。
自分より康太の方が優れていると感じた文は強い憤りを感じていた。
まだ自分は康太に負けている。そう思えるような会話の内容だったからだ。
『勘違いしないでください、実力的に見れば貴女の方が圧倒的に上です。技術も素質もあなたはビーより何倍も何十倍も優れた魔術師です。もしかしたら今回相手にする魔術師よりも上かも知れない』
「・・・それならどうして・・・?どうして今回は私は・・・」
何故自分に足止めの役割を任せてくれないのか。相手よりも上の可能性があるのであれば自分が足止めをした方が圧倒的に成功率が高い。
なのに何故自分を選ばないのか。それが疑問で仕方がなかった。
『私は貴女の師匠ではありませんからそれを教えることはできません・・・いえ、むしろエアリス・ロゥなら自らそれを気づかせるはずです』
自分の師匠なら教えるよりも確かに気づかせる方を優先するはずだ。文はそれを理解している。だからこそこれ以上このことを聞くのはいけないことだと思っていた。
だがそれを簡単に納得できるかと言われればそうではない。文だって疑問を解消したいという気持ちはあるのだ。
いくら考えても分からないことがあるのなら誰かに聞くほかない。子供の様かもしれないが時には教えてほしいとも思ってしまうのだ。
『・・・ですが一つだけヒントを。貴女は優秀です、とても優秀です。戦えば誰にでも勝てる素質を持っています。それが今回貴女が足止めを任せられなかった理由です』
さすがに何も教えずに突っぱねたのではあまりにも可哀想だと思ったのか、真理はそのことだけを文に告げていた。優秀だからこそ選ばれなかった。その言葉の意味を文は理解できていない。
優秀ならなおさら選ばれるべきだと思っているのだ。その考えこそが間違っているものであると文は理解できていなかった。
「とにかく行動開始だ。ライリーベル、相手を捕捉しに行くぞ。集中しろ」
「・・・はい・・・」
自分の中で納得できないことがあろうと、決して理解できないことがあろうと、そして自らの中に疑問があろうと魔術師は来る時が来たら集中しなければならない。
どうやら文は精神を治める術を持っているらしく、数秒かけて自らの中にある疑問や不満をおしこめて集中を始めていた。
すぐに相手を探せるように、そしてすぐに敵を認識できるように。
「ビー、お前は別行動だ。別荘の方向に追い込む、お前は先行していつでも対応できるように準備しておけ」
「了解です。そっちも気を付けてくださいね」
康太が走り去る前に文は康太の方をわずかに見ていた。その視線に一体どういう意味が込められているのか康太はなんとなく理解している。
嫉妬、いやそんな後ろめたい感情ではない。純粋な疑問だ。
観察することで小百合たちのいう自分にはない何かを見ようとしたが、それが外見的なものではないことを彼女だってわかっている。それでも見ずにはいられなかったのだ。
「ビー、あくまで足止めだ。その所忘れるな」
「わかってます、無茶はしませんよ!」
康太は小走りでその場から立ち去っていく。その手の中には仮面に外套などが含まれている。
人気が少なくなったら魔術師としての装束を身に着けることも視野に入れて康太は行動を開始していた。
「ここから見えるあの建物、あそこが主に件の魔術師が根城にしている場所だそうだ。先に使った魔力探知と併用して探索しろ。私がプレッシャーをかける」
「・・・了解しました。何か動きがあればすぐに教えます」
相手がその中にいるのであれば魔術師としての行動を起こせば当然相手も反応する。居場所がばれたのがわかっていながらその場から動かないのははっきり言って間抜けのやることだ。
自らの実力で勝つことができるのならそれでもいいが、それができないからこそあんな回りくどい手を使っているのだ。
まして相手は破壊の権化たるデブリス・クラリス。真正面から戦って勝てる相手だと思うほど相手も楽観的ではないだろう。
「一般人に見られたときの対応は任せる。できるな?」
「大丈夫です。侵入から三十秒後に結界を張ります」
「それは何より」
索敵魔術を二つに加え、まだ結界の魔術を張れるだけの余裕がある。三種類の魔術を同時発動できるだけのスペックを持ち合わせている、これが平常時における文の魔術師としての性能だ。
状況さえよければいくつも魔術を同時発動できるだろう。小百合と一緒にいる事によって自らの身の安全が確保されているという状態であるために文のスペックはいかんなく発揮されていた。
ある意味彼女を小百合に付けたのは正解だったということになる。
その建物は何かの会社の事務所を兼ねたものだった。正面から入ると受付があり、受付の女性が来客が来たと思いその視線を小百合と文に向けていた。
「任せる、私は上へ」
「了解です」
小百合がエレベーターの方に向かい、文は受付の女性の前に立つ。その表情は柔和であり、敵意などないように見えた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「いえ、大した用はありません。これから先も『ここには何も起きません。誰も来ないし異常もない』いつも通りで結構ですよ?」
文が魔術を発動するとその効果は如実に表れていた。
受付の女性は不意に周囲を見渡すように首を左右に振ると首を傾げてから座って再び業務に戻っていった。
これで受け付けはクリア。あとは内部にいる人間の確認をするべきだ。
「クラリスさん、現在内部にいる人間は二階に五人、三階に七人、四階に二人です。今から結界を張ります。あとはお好きにどうぞ」
『了解した。それじゃあ上から順に行くか』
既にエレベーターで移動し始めている小百合の声が聞こえてくると同時に文は小さくため息をつく。
魔力探知と特徴観察の魔術はすでに発動してある。あとはこの建物内部にいるものを確認しながら結界を張ればいいだけだ。
「まぁ・・・こんなのビーには無理か・・・」
今にして思えば自分がこの場所を任されたのはある意味適任だったのかもしれないと文は思い始める。
人の目の集まる場所で小百合と康太を一緒にしてもただ暴れる事しかできない。それに対して康太を一人足止めに郊外へと向かわせ、文をこの場所に配置すれば隠蔽工作も同時に行うことができる。
そう考えるとこの配置は非常に正しいものだ。自分が康太にまだ劣っているところがあるというのは正直認めたくないことだったが。
結界の魔術を発動すると同時に文はその人物を見つけていた。
上の階で僅かに音が聞こえると同時に魔力を装填したものがいるのだ。
「見―つけた」
小百合が行ったのは実にシンプル。康太が以前行ったのと同じことだ。
分解の魔術を使って蛍光灯を外し落下させる。照明が一気に落ちることで一瞬室内の光量が変わり、なおかつ落下して割れた蛍光灯の音がパニックを誘発する。
『クラリスさん、目標を確認しました。二階北側の窓から飛び降りようとしています』
「了解した。その尊顔をしっかり拝んでおこう」
小百合は四階からその様子を眺めようとしていた。四階北側の窓から軽く下の方を見ると確かにその人物を目にできた。
とっさに携帯を取り出してムービー撮影を開始する。二階からだというのにその人物は楽々と着地しその場から走って立ち去ろうとしていた。
「なるほど、案外地味な顔つきだな。もう少し狡猾そうな顔をしていると思ったが・・・ライリーベル、あいつを追跡できるな?」
『問題ありません、今追ってます。クラリスさんも早く来てください』
「あぁ、恐らく相手は車を使おうとするはずだ。私も先回りして車を回しておく。位置情報の伝達を忘れるな?」
小百合はそう言い残した後ですぐに階段から一階へと駆け下りていく。相手が自分たちの存在に気付いた時点でこの場所から離れようとするのはあらかじめ分かっていた。すでに車はこの近くに持ってきている。
今既に文が追っているという事も相手は気づいているはずだ。それを気づかせたうえでうまく別荘の方向へ誘導しなければならない。
「さて、うまく羊を誘導できるかな・・・?ビー、今からそっちに追い込むぞ、準備はできているな?」
『問題ありません。もし車で来たらそれごと潰しちゃっていいですよね?』
「あぁ、スクラップにしてもかまわんぞ」
『問題ありまくりです。ビー、ちゃんと手加減しなさいよ?あとで面倒よ?』
『わかってるって、それじゃ誘導頼みますよ』
康太の方は問題なく準備を完了しているようだった。これで十分状況は整った。あとは真理の現在位置を確認するくらいである。
「ジョア、今の位置は?」
『もうすぐ最寄駅です。私は到着したらすぐに別荘方向に進路を取ってビーのフォローに回ります。誘導はお任せします』
「わかった、早く来い。でないと到着する頃にはすべて終わっているかもしれんぞ」
正直その方がありがたいんですけどねと笑っている。実際彼女からすれば面倒に巻き込まれるよりちょっと遅れて到着したほうがずっと楽だろう。だがそう言うわけにもいかないのだ。少なくとも今彼女の弟弟子が危険にさらされようとしている。
師匠である小百合ならまだしも康太の危機となれば真理も見てみぬふりはできない。全力でその場に向かう必要がある。
小百合は車に乗り込むと再び意識を文に向けた。
「ライリーベル、目標の現在位置は」
『現在大通りから外れて行動中。恐らく近くに止めてある駐車場に向かうと思われます』
「車を使うのは止められるか?」
『さすがに人が多くて大っぴらに魔術は使えません。このままだと車には乗られてしまいますね・・・』
「ならお前はうまく車を誘導できるように細工をしろ。私が直接追う。余計な手出しはしなくていい」
『了解、工作活動に専念します』
文の強みは単純な魔術の強さだけではなくその多さや精密な操作にある。仮に出力で負けるような相手に出会ってもその魔術の引き出しの多さと操れるだけの実力が備わっているのだ。まともな魔術戦さえすれば大抵の相手には負けないだろう。
小百合は車のエンジンをかけると同時にアクセルを踏み、タイヤをスリップさせながら急発進させる。
相手を余計に動かさずに早めに誘導したいところだ。もちろん相手だってそう簡単に誘導されてはくれないだろう。
魔術師として負けているのであれば別のところで戦おうとする。最悪この車に傷がつくかもしれないなと悠長なことを考えながら小百合はにやりと笑う。
『クラリスさん、目標が車に乗りました。北部に向けてメインストリートを移動を開始しています』
「了解した。一度南部の方に移動させる。そのあたりで工作活動しておけ」
『了解しました、お願いします』
相手が車で移動を開始したら人間の速度では追いつけない。そうなった時のために車を用意していたのだ。
ここで真理がいればバイクと車の両方で追えるのだがと考えたところで今回はバイクを持ってきていなかったんだと思い返し、小百合は小さくため息をつく。
法定速度を守ることなど考えない速さで小百合が大きく回り込むと、こちらに向かってくる車が一台。そしてその中で運転している男の顔には小百合も覚えがあった。
先程建物の二階から飛び降りていたあの男だ。良くも悪くも平凡な顔立ち。そしてややしょうゆ顔。
小百合の満面の笑みを見たからか、それとも前方に突然車が現れたからか、走ってきた車は急ハンドルを切ってカーブを曲がっていく。
中々のハンドルさばきだと小百合は口笛を吹きながらその車を追っていく。
楽しいカーチェイスの始まりだと言わんばかりに小百合は車内の音楽をかけ始めた。
アップテンポの音楽は小百合のテンションを一気に上げていく。リズムに乗りながら鼻歌交じりにハンドルを切る姿はかなり様になっていた。
誤字報告を五件分そして日曜日なので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです