ところかわって
上空で待機している康太はその光を見ていた。上空にいる康太だけが見ることができるであろう赤い光。
高い指向性をもって上空に届けられたその光を見て康太はウィルと準備を進める。
「行くぞウィル。とりあえず天井からこっそり侵入する」
康太の意志をくみ取ったのか、ウィルは手を作り出すと親指を立てて見せる。そしてパラグライダーの状態を解除し、康太の体に一気にまとわりつくと鎧の姿へと変化していた。
空中に浮く手段をなくした康太は、ゆっくりと加速し、落下していく。
アリスが放っているであろう場所に到着できるように若干位置を調整しながら加速していく。
今のところこちらを監視しているような気配は感じられない、おそらくこちらに近づいてきているだろうがどのくらい時間がかかるかは正直わからなかった。
あと十秒もすれば建物に突入できるというタイミングで、康太はそれを感じ取った。
視線だ。誰かが自分を見ている。いや、誰かが自分を見つけたというべきだろうか。
その視線の先にいる誰かがいったい何者なのか、康太には判別できない。まだ距離が遠すぎるせいでどこにいるのかも、どのような人間がいるのかもわからない。
だが確実に康太の姿を捉えていた。そしてわずかな敵意がその視線に含まれていることも康太は感じ取ることができた。
時間的な余裕はないと思っていいだろうと、康太は即座に行動に移すべく、暴風の魔術を駆使して減速していく。
噴出の魔術のように急加速急減速はできないが、暴風の魔術によってもわずかな加減速程度ならば可能だ。
しかも噴出の魔術と違って目立たない。これは大きな利点だった。
建物の屋上にたどり着くと同時に、康太は即座に屋上から飛び降りて最上階の窓を遠隔動作の魔術によって開け、中へと侵入する。
すでに戦闘が行われているらしく、康太が行った索敵にも何人かの魔術師の存在が確認できる。
そのうちの数人は文たちだ。一階部分に倉敷と真理がいることまで把握した時点で、康太は即座に魔術師のいるであろう場所へと走る。
上層階には魔術師、関係者などしか立ち寄ることができないということもあって康太は悠々と駆け下りていく。
そんな中、唐突に壁が砕けて一人の人物が突入してくる。
その瞬間、康太は槍を構え臨戦態勢に入りながら噴出の魔術を発動しその魔術師に急接近してその体をそのまま押しのけ、壁に叩きつける。
「いきなり・・・ご挨拶だな・・・!」
相手の言葉が理解できるということに、日本語が通じているわけではなく、アリスの翻訳がこの場でも効いているのだということを察して康太は眉を顰める。
階下の文たちが心配ではあるが、この場でこの魔術師を押さえたほうがいいだろうなという結論に達する。
「相手をしてる時間はないんだ。悪いがあとにしてくれないか?」
「残念だが・・・こっちもガキの使いできてるわけじゃないんだ・・・!」
康太の体を弾き飛ばしながら魔術師は即座に射撃系魔術によって康太の動きをけん制していく。
康太は魔術を回避しながらその時点でようやく相手の体躯などを正確に把握していた。
身長は百八十後半、筋肉質。魔術師の外套を羽織っており、亀の甲羅のような仮面をつけているのが特徴的だった。
そして康太はその外套が本部の人間のものであるということに気付く。
「お前副本部長の部下か」
「そうだといったら?」
康太はわずかに思案する。文と春奈は現状優勢に戦っているようだ。この状況を変えることができる可能性があるのはこの場にこの目の前の魔術師だけ。
副本部長の手のものがこんなに早くやってくるとは予想外だったが、おそらく康太たちに常に張り付いている魔術師がいたのだろう。そして早い段階でやってこられるこの魔術師だけが駆け付けたというところだろうかと康太は思案していた。
ここでこの魔術師を自分が押さえておいたほうがいいだろうと思いながら、康太は目を細め深呼吸する。
「予定変更だ。俺の相手をしてもらうぞ。ついでにさっさと潰れてくれると助かる」
「そうこなくちゃ・・・お初にお目にかかるブライトビー、自己紹介は必要か?」
「必要ない。どうせすぐに喋れなくなるだろ」
康太が放つ殺気に、わずかに気圧されたのか、魔術師は引きつった笑いを浮かべながらわずかに後退する。
「やばいやばい、マジでやばいな・・・こりゃしんどいわ」
しんどいなどと言いながらも、康太は相手がこちらの戦力をほぼ正確に把握できているということに気が付いていた。
副本部長の部下ということもあっておそらくレベルはかなり高い。油断していたら負けるのはこちらかもしれないなと康太は気を引き締めた。
「ローラローを押さえるのが俺の目的だが・・・共闘する気はないのか?」
「ない。競争だって副本部長には伝えられてるからな。はっきりと俺の敵と宣言したんだ。そのあたりは覚悟してるだろ」
構えられた槍から放たれる鈍い光が康太の殺意をさらに鋭いものにさせていく。
甲羅の仮面をつけた魔術師は心底いやそうな声をだしながら、康太を牽制し続ける。
康太が襲い掛かるまで、あと数瞬もなかった。




