行動開始の声
現地時間の夜、康太たちは魔術師装束を身にまとい、いつでも行動できるようにしていた。
すでに現地には調査要員兼確認要員としてマウ・フォウを配置し、康太は別の場所に移動して空路を確保している状態である。
「さすがにこっちは住宅街でも暗いわね・・・街灯も少ないし」
文の言うようにやってきた場所は街中、住宅街であるにもかかわらず道路が薄暗い。日本の住宅街のそれとはまた違い、街灯の間隔が広いためにどうしても暗く感じてしまうのである。
ただこの暗さは隠れて行動したい文たちからすれば好都合だった。
「土地が広大な分間隔があいているからな。マウ・フォウ、ルートの確保は問題ないだろうか?」
「えぇ、問題ありませんよ。ただ一応念のため言っておきますが、まだ一般人に効果は表れていません。そのあたりは大丈夫なんですか?」
「問題ない。ここからは私の仕事だ。ジョア、フォローを頼むぞ」
「任せてください。適度に苦しめるように調整しましょう。とはいえ、仕込まれていないものにはあまり効果はありませんよ?」
「それでもかまわない。一般人が無駄に動かなければいいんだ。ビーとの連絡はとれているか?」
「現在上空にいるようですね。航空機から脱出して、高高度でパラグライダー中だそうです。合図と目印が欲しいようなことを言ってます」
「確かに上からではこちらは点でしかないからな。アリス、頼めるか?」
「ふむ、その程度ならば力を貸そう。しっかり見えるように目印を作ってやる」
「頼む。トゥトゥ、お前は少し引いて全体を確認しながらついてきなさい。状況に応じてフォローを入れるのを忘れずに。ただお前の役目は地下の制圧だ。そのあたりを忘れないように」
「わかってます。いざって時は任せてください」
「ベル、お前は私と一緒に正面を突破する。できるな?」
「はい、大丈夫です」
「よろしい。では全員一度深呼吸だ。これから攻め入るということもあって緊張するだろうが、無理だけはするな」
突入まであと少しというのに、春奈は非常に落ち着いて全体に指示を飛ばしていた。今まで多くの戦闘をこなしてきただけのことはあるということだろうか、信頼できる人間が周りにいるおかげか、任せるということがしっかりできている。
全てを抱え込んで何もできなくなるのではなく、適材適所で人員を割り振り、しっかりと部隊として機能させているように見える。
こんな風に指揮できればいいのだがなと、文は自分の師匠の姿を見ながら感心してしまっていた。
「エアリスよ、ビーの突入タイミングはどうするのだ?」
「こちらが攻略を開始して、一階を制圧して、地下階層を制圧し始めたあたりで突入だ。合図は任せる。相手が混乱してきた段階で一気に上層から攻め入ってもらう。あの子の速度なら一気に制圧可能だろう」
康太の機動力と戦闘能力を信頼しての役割分担に文は舌を巻いていた。重要なのはそのタイミングだ。
同時に攻め込み、相手に対応させるのではなく、相手の意識を文たちに集中させた瞬間に突入させる。
伏兵の存在に気付いた相手は間違いなく混乱するだろう。
攪乱と相手の殲滅を同時にこなせるタイミングだ。
「師匠、万が一ローラローが逃げ出した場合はどうしますか?」
「もちろん追跡だ。私たちの目的はあくまでローラローとその仲間の確保。万が一にも逃げられないようにしたい・・・相手がここをどのように考えているかが重要だな。正直に言えばそのあたりもう少し時間をかけたかったが・・・副本部長の部下も動いているとあっては下手に時間はかけられない・・・」
康太と副本部長の間でローラローの確保の競争を行ってしまっている時点でこちらに残された猶予時間はあまりない。
幸運にも情報戦において相手に先んじることができたためにこうして先手を打てているものの、相手の情報収集能力や部下の多さですぐにひっくり返されてもおかしくないような状況なのだ。
相手がわずかにでも混乱している間に攻め入る以外に康太たちの陣営が副本部長の陣営を出し抜くことができる可能性は低い。
「相手がこちらを正確に認識するよりも早く攻略を開始する。タイミングが重要だ。ジョア、カウントは任せるぞ」
「了解です。それではあと一分後に突入しましょう。アリスさん、ビーへの合図を送るタイミングはお任せします。ベルさん、エアリスさんは正面をお願いしますね。トゥトゥ君は討ち漏らしを頼みます」
春奈と同じかそれ以上に堂々とした真理の姿に、文たちは内心安堵してしまっていた。
頼りになる先輩が近くに居るというのは何とも安心させられる。
今までもそうだったが、味方が頼りになるというのは本当にありがたい。文は今回の件で心底そう思っていた。
「ではマウ・フォウさん、万が一の時は連絡してください。周辺の警戒と索敵をお願いしますね」
「わかったよ。気を付けてね」
「はい、ではそろそろ行きましょうか」
まるで買い物にでも行くかのような気軽さで真理は言う。一切気負いのない、これが日常であるかのような声音に文はわずかに背筋が寒くなっていた。




