彼女にないもの
そんな買い物しながらの索敵をどれだけ重ねただろうか、すでに日は傾き始めている。
途中昼食をはさみながらも延々と周囲を歩き続け周辺の店全てを網羅したのではないかと思える程になったところで康太の携帯が震えだす。
どうやら誰かから電話がきたようだった。だが康太は今両手がふさがってしまっていてその電話を取ることができなかった。
多くの店を回った代償として康太はその両腕にそろそろ抱えきれなくなるほどの荷物を持っている。
一つ一つはそこまで重くはないのだが多くの店を回っただけあって相当の量になってしまっている。これを長時間支えている康太の腕もそろそろ限界に近づいていた。そんな中でやってきた着信、康太はとることもできずにもだえていた。
「文・・・!文・・・!頼む!俺のズボンの左ポケットから携帯取ってくれ!」
「なによ、そんなの自分で・・・ってできないのか・・・」
文は仕方ないわねと呟いてから康太のズボンの左ポケットに手を入れようとして一瞬ためらう。女子が男子に触れるということに関して若干思うところがあったのかもしれないがそれも今さらかと思い直しすぐにそのポケットの中から携帯を取り出した。
「着信ね・・・相手は・・・あぁ、真理さんからだわ」
その電話の相手は今情報収集に協会支部へと足を運んでいる真理からだった。そしてそれを知るや否や小百合は文が取り出した携帯を取り上げるように奪うと通話を開始する。
「私だ」
『あれ?何で師匠が?康太君の携帯にかけたんですけど・・・』
「あいつは今手がふさがっていてな、代わりに私が出ただけの話だ」
嘘は何一つ言っていない。実際康太は手がふさがっている。最も忙しいという意味ではなくただ単に物理的に手がふさがっているだけなのだが。
真理からすれば康太に電話したのはただ単に小百合と文が索敵を担っているため一番余裕があり、なおかつ暇そうだったからにすぎないのだが、小百合が最初に通話に出たのは正直心臓に悪かった。
悪いことは何もしていないのに咎められそうな気がするのは今までの小百合の教育のせいもあるのだろうが今はそんなことはどうでもよかった。
「それで、用件は何だ?」
『一応ある程度候補を絞ることができました。その周辺で今大人数を操れるだけの魔術師は三人だけです』
「三人か・・・現実的な数字だな」
『はい、それもそのうちの一人は先程この協会内で確認しました。直接本人に確認しましたがほぼ確実に白です』
直接本人に『お前が犯人か?』と聞いて素直に答えるはずもないだろうが、それを聞いたのが真理であるのであればという事で小百合は納得していた。
彼女は基本的に優秀だ。それも本気になった時はそれなり以上、協会内でも指折りと言ってもいいほどに。
その真理がほぼ確実と言っているのだ。その確認できた三人のうちの一人は今回は無関係だと考えていいだろう。
「そうか、それでその二人の名前は抑えたのか?」
『はい、術師名は抑えました。あと潜伏場所、というかその二人が良く利用している場所に関しても調べがついてます』
「でかした、すぐに教えろ」
小百合が一体どんな内容の話をしているのか康太と文は知る由もないが、二人は小百合の表情がほんのわずかに変化していることに気付いていた。
その表情は先程までは自然体そのもの、ただ買い物に来た女性客以上の印象を持てなかったが今は違う。
小百合の表情が『魔術師』のそれになっているのだ。
そのわずかな変化に気付けたのは近くにいた康太と文、そして電話で直接話している真理だけだっただろう。それほど微細な変化だった。
『今のところ今言ったくらいしか情報は得られませんでした。師匠、これくらいで十分ですか?』
「あぁ、上出来だ。お前はすぐにこっちに戻って来い。ネズミ狩りを始めるぞ」
その言葉を聞いていた全ての人間が理解した。すでに小百合は事を起こすつもりなのだと。
相手が魔術師である以上加減はいらない。むしろ自分たちに手を出したことを後悔させてやるというつもりでいるのがよくわかる。
殺気立っているというほどではないが、今すぐにでも動き出したいというのがよくわかる表情と声音だった。
「一度荷物を置きに行くぞ。それが終わったらお前達にもやってもらうことがある。各々準備をするように」
「・・・了解しました」
「まだ日が落ち切ってませんが・・・良いんですか?」
「そのあたりも含めて準備をしろ。可能な限りばれないようにな」
日が暮れ周囲がオレンジ色に染まりつつある中、魔術師としての行動を開始するというのはいろいろリスクが高い。特にまだ一般人もうろついているような時間帯なのだ。余計な行動は可能な限り避けるべきなのだ。
そう、相手だってそう思っているからこそ動かないのだ。逆に言えばうまくいけば先手を打てるチャンスでもある。
リスクの裏にチャンスあり。小百合は今この時こそ動くべきであると考えたのだ。
「なんか師匠すごく楽しそうですね」
「あぁ楽しみだ、すごくすごく楽しみだ。っと・・・あまり顔に出すのはいかんな」
自らを戒めながらもその表情はあまり変わっていない。まるで獲物を見つけた肉食獣のようだ。いやその表現は正確ではないかもしれない。
これは相手をいたぶることしか考えていない表情だ。肉食獣のそれとは根本からその意味が違うだろう。
康太たちは一度車に戻り荷物を置くと同時に自らの魔術道具を取り出していた。
康太は仮面と外套に加え槍をベルトに仕込み、自らが作り出した装備品、かつて使用していた鉄製の数珠やお手玉に加えて新装備も加えてすべて体のどこかしらに仕込んでいた。
文も同じように仮面と外套、そして方陣術用に紙をいくつか懐に入れる。彼女もまた戦闘準備は万端なようだった。
そして小百合は仮面と外套、そして小型のナイフに加えいくつか棒状のものを取り出していた。それは康太の槍に酷似していたが、微妙にその構造は異なっていた。
思えば小百合が魔術師として戦う際にどのような武器を使うのか康太は知らない。
今まで小百合が自分の訓練で使う武器はそれこそ木刀や槍、こん棒にトンファーなどその種類に際限はなかった。
恐らく彼女はありとあらゆる武器を使うことができるのだろう。それはきっと彼女の師匠から教わったものであり、彼女がとにかく攻撃に特化した魔術師であるという証明でもあった。
「姉さんは間に合いますかね?今こっちに向かってるんでしょう?」
「どうだろうな・・・今回は相手が逃げるのを私たちが追いかけることになる。うまく足止めを含めて追い込みたいところだが・・・」
「ここから一番近い教会だと・・・ちょっとかかりますよね。ちょっとギリギリじゃないですか?」
「だとしてもやることは変わらない。相手を徹底的に叩き潰す。お前達もそれだけを考えていればいい」
相手を叩き潰す。小百合がよく多用する言葉だ。これだけ彼女の言葉の節々から敵意と殺意が伝わってくるとどれだけ相手に対して苛立ちを覚えているかがよくわかる。それだけ車を汚されたのが気に食わなかったのだろう。
貴重な戦力である真理がいないのは正直つらいところだが、こちらは三人。多対一で戦えば十分に勝てる可能性はある。
特にこちらには小百合がいるのだ。まず間違いなく勝つことはできるだろう。問題はどのような過程になるかというところだ。
「どういう風に動きますか?三人で一緒に行動するのじゃちょっと効率悪いですよ?」
「・・・私とライリーベルが組んで相手を追い詰める。ビーは相手の動きに対して常に先回りして相手の足止めだ」
小百合が術師名で二人を呼んだことで、今から自分たちは魔術師として行動することになると二人は悟った。
だが小百合の意見に対して二人は正直承服しかねていた。
「え?俺が足止めですか・・・?」
「そうだ・・・一応こいつは預かっている身だからな。単独行動はさせられん」
文は康太たちと行動を共にしているものの、今回は客人に近い扱いなのだ。
エアリスからその身柄を預かっている以上、下手に負傷させるわけにも、危険な役割を与えるわけにもいかない。
こういってしまえばなんだが、小百合と行動を共にするのはお守りに近い意味が含まれているのだろう。
そして文もそのことを理解しているのか少々不満そうな表情をしていた。なにせ自分より圧倒的に未熟な康太が単独行動するというのに文は小百合に守られるような形での戦いになるのだ。
自分の立場を考えれば当然だというのはわかる。だが立場を無視してでもここは実力差を考えた配置をするべきなのではないかと思えてならなかった。
そしてそれは康太も同意見だった。未熟な自分が戦うよりも文が戦ったほうが上手く立ち回れるのではないかと思えるのだ。
正面切っての戦闘を行ったときの康太の戦闘能力ははっきり言って文の実力の半分にも満たない。足止めをするにしても戦力が少しでも上の人間がやるべきなのではないかと思えてならないのだ。
「・・・不満か?」
文の不満そうな表情を見たからか、小百合は眉をひそめて彼女の方を見る。文は不満そうな表情を隠そうともせずにうなずいてみせた。
「・・・ビーより私の方が上手く戦えます。私が単独で動いた方が確実です」
「だろうな・・・だからお前は私と行動させるんだ」
小百合の言葉に文は眉をひそめた。
康太より文の方が実力が上であるという事を認識したうえでこの采配をしている。その意味が理解できなかったのだ。
それは康太も同じ、単独行動は危険がつきもの。より実力のあるものが行うべきであるというのは誰でも理解できることだ。
もちろん文がゲストであり、危険な目に遭わせられないというのも十分理解できることだが、魔術師戦においてそこまでの事を考えられるだけの余裕があるかと聞かれると微妙なところだ。
文は小百合が康太の実力を誤認している、あるいは自分の弟子だから大丈夫という認識でいるのではないかと思えてならなかった。
「私じゃ力不足ですか?まだビーの方が上だとでも?」
「いいや、実力も魔術も素質も、そして才能もお前の方が上だろう。だがお前にはまだ足りないものがある。それをビーがもっているだけの話だ」
まだ自分がもっていないものがある。そして康太がそれを持っている。その言葉に文は頭の中で延々と自問自答を繰り返していた。
修業を共にして自分が魔術師として、いや戦いそのものの経験が少なく対応力にかけるものがあるのはすでに理解している。康太と自分の差があるとしたらそのくらいだと思っていたのだ。
だがまだ自分は康太に負けている点がある。その事実が文の中に深く突き刺さっていた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです