買い物しながら
車に一旦荷物を置いた後、康太たちは再び買い物を始めていた。いや買い物と称した魔術師の探索といったほうが正確だろう。
康太は先程と同じように荷物持ちに徹し平然としている。それ以外何もしないわけではなく、むしろ荷物持ち以外何もしないことこそが康太の仕事なのだ。
普通の買い物であると相手に思わせるためにも、相手の油断を少しでも誘うためにもこうして普通に買い物をしている体を装ったほうがいいというのはすでに理解している。
だからこそ康太も荷物持ちに徹していた。もちろん師匠である小百合に対する小言は継続するが。
対して小百合と文は買い物を装いながら周囲の索敵を続けていた。小百合は持ち前の第六感を使って、文は先程使っていたのとは別の魔術を使って索敵をしていた。
文が今使っているのは周囲にいる人間の特徴、というか性質の把握である。人間にはそれぞれ特有のパターンとでもいえばいいだろうか、そう言った特徴が存在しているのだ。
文が使っている魔術はそれを認識し記憶する魔術である。効果範囲は百メートル強、先程使っていた対魔術師用の索敵よりも範囲が広い代わりに魔力などではなくあくまで特徴そのものを捉えることができる。
もちろん人が多すぎるためにあくまで大まかな把握になるが、一人の人間に注目して索敵を行えば個人を顔などの外見的特徴ではなく内面的特徴によって認識が可能となる。
これもそれなりに有名な索敵魔術だ。もしかしたら今回の相手もこれを使っているのかもしれない。
小百合が視線を感じる一定区間の中にいる人間を特定し、そこから割り出しを行おうとしているのだ。
人間の視界は通常数十メートル程度しか見えない。個人を特定しようと思ったらそのくらいが限界になってくるだろう。
しかも町のように障害物の多い場所ならなおさらだ。有効視界範囲はせいぜい二十メートルあるかないかといったところだろう。
それでもむしろ十分すぎるほどだ。これが都心ならばさらにその視界範囲は狭まる可能性がある。
それでも小百合たちを捉えられているという事は本当に視界の開けた場所に位置している可能性がある。
今がゴールデンウィーク中と言っても、一部の業種の人間は普通に働いている。視界の開けた場所で、しかもずっと小百合たちの動向に気を向けていられるというのは少々妙な印象を受けた。
無職なのかそれとも偶々休みなのか、ただ単に仕事よりも小百合たちへの警戒を優先しているのか、それはわからないがとにかくこちらをすでに補足されていることだけは間違いない。
「これとこれと・・・これもいいな・・・あぁ・・・今見られているな・・・頼むぞ」
「了解です、今探します」
何気ない会話の中で小百合は文に指示を出して周囲の索敵をさせていた。場所を移動しながら見られるか見られないかのギリギリの場所を見極めて定点的に観測を行う事で、相手のいる場所を可能な限り把握しようと試みているのだ。もし個人の特定ができたのなら百メートル前後の中にいれば文がすぐに相手を発見できるようになる。
相手の方がこちらを確認している以上、個人の特定をしてようやくイーブンの状態に持っていける。今は相手の方が先手を打っている状態なのだ。早いうちに状況を対等のところまで持っていかなければ後々面倒なことになる。
今のところ魔術師の人数では勝っているはずだ。数的有利を活かすためにも相手がこれ以上アクションを起こす前に個人の特定をしたうえで戦いに持っていきたいところである。
このままでは一方的に攻撃されるだけになってしまう。夜になれば相手もまた動き出すだろう。日中の人が多い時間帯にこうして街に出ているのは囮になるだけではなく相手の動きを抑制する意味も含まれているのだ。
「どうだ?怪しいやつはいたか?」
「場所的にはある程度絞れました・・・けどまだ十人程度候補がいますね。もう少し検討させてください・・・あ、これなんかいいんじゃないですか?」
「これか・・・これは私の趣味じゃないな・・・」
買い物をしながらもしっかりと索敵の仕事をするあたり二人はしっかりとした魔術師なのだなと康太はいまさらながら二人の凄さを垣間見ていた。
小百合はいつもの仕草と何も変わらない。声音も対応もその表情も目線も全く変わったところがなく、今魔術師を探しているとあらかじめ言われなければただ買い物をしているようにしか見えないほど自然体だ。
文はまだぎこちなさが残るものの、徐々にではあるが自然なふるまいをしながらの索敵ができるようになってきている。
文に足りないものは唯一経験のみ。それさえ積めば彼女はその学習能力と才能の高さからどんなことでもできるようになるだろう。
小百合と一緒に行動することはむしろ彼女にとってもプラスに働くだろう。なにせ小百合と一緒にいれば面倒事には事欠かない。
敵が湧いて出てくると言っても過言ではないほどに小百合は敵視されているという、それなら一緒にいる事でそれらに対処していけば文はかなりの経験を積むことができるのは間違いないだろう。
もしやエアリスはそれが目的で文を自分たちに同行させたのではないだろうかとさえ思えてしまう。
弟子の成長のために小百合の敵の多さを利用した。それが正しいかどうかはわからないが、少なくとも現状が文の成長を手助けしているのは確かだ。
どんどん成長していく同盟相手であり同級生である魔術師を見て康太はもどかしさを感じていた。
荷物持ち以外できない自分の未熟さが今だけは恨めしかった。